(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年9月23日08時00分
東シナ海北部
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十八悠久丸 |
総トン数 |
273.19トン |
登録長 |
43.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
823キロワット |
回転数 |
毎分580 |
3 事実の経過
第三十八悠久丸(以下「悠久丸」という。)は、大中型まき網漁業に従事する鋼製運搬船で、主機として、ヤンマーディーゼル株式会社が製造した6ZST−2型と称するディーゼル機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置及び警報装置を備えていた。
悠久丸は、年間を通じて対馬及び五島列島近海で月平均23日間操業に従事し、1回の操業時間が約10時間で、操業中は魚群探索に従事したり、待機したりしていた。
主機は、各シリンダが船首側から順番号で呼称されており、航海中は回転数毎分約550回転(以下、回転数は毎分のものとする。)で、待機中は中立の約420回転で運転され、2年ごとの法定検査時に開放整備が施行されていた。
主機各シリンダの吸気弁及び排気弁の各押棒並びに燃料ポンプの駆動部は、ローラー、ローラーピン、ローラーガイド、ガイドブッシュなどから構成され、カムで駆動されるが、その摺動(しゅうどう)部には、カム軸受への潤滑油給油管から分岐した潤滑油が、注油量調整弁を経て供給されるようになっていた。
主機の潤滑油は、重力タンクに約400リットル及びクランク室底部の油だまりに約400リットル入れられ、油だまりから直結駆動の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の各機器については「潤滑油」を省略する。)で吸引・加圧され、200メッシュのこし器を通って分岐し、一方が圧力調整弁を経て約4.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の圧力で主管に至り、主軸受、カム軸受などを潤滑して油だまりに戻り、他方がピンホールを通して重力タンクに送られ、同タンクをオーバーフローしたものが油だまりに落ちるようになっており、主管の圧力が3キロ以下に低下すると警報が作動するようになっていた。
ところで、潤滑油は、主機開放整備時にあわせて全量が新替えされていたものの、消費量分の新油補給では新陳代謝が追いつかず、また、清浄機や静置タンクが設置されていないことから、新替え間隔を短縮しないと主機開放整備前には汚損及び劣化がかなり進行する状況であった。
A受審人は、平成11年から悠久丸の機関長として乗り組んで機関の管理にあたっていたが、潤滑油の汚損状況などに注意を払わず、性状管理については、1箇月に1回程度こし器が詰まって潤滑油圧力が4.2キロに低下したときにこし器を掃除するのみであった。
主機は、翌12年7月定期検査工事でI鉄工造船株式会社に入渠(にゅうきょ)して開放したとき、潤滑油の劣化が進行して油だまり底部や系統中にタール状の劣化生成物が堆積(たいせき)する状況であり、特に6番シリンダの弁押棒及び燃料ポンプ各駆動部への注油量調整弁が閉塞寸前となっており、復旧にあたっては潤滑油系統を十分にフラッシングしないと、いずれ同弁が閉塞(へいそく)するおそれがある状況となっていた。
A受審人は、指定海難関係人I鉄工造船株式会社工務部機装課(以下「I鉄工機装課」という。)に整備を依頼して主機が開放された時点で、I鉄工機装課から潤滑油及び油だまり底部の汚損状況の報告を受けたが、I鉄工機装課に対して復旧の際にフラッシングするよう指示しなかった。
I鉄工機装課は、主機の整備を請け負って主機を開放した際、油だまり底部にタール状の潤滑油劣化生成物が堆積しているのを認め、A受審人に対して潤滑油の新替え時期を早めるよう進言したが、潤滑油系統のフラッシングを施行せずに新油を張り込み、電動の補助ポンプを運転して約1時間油通しを実施し、その間にクランク室ドアから潤滑油の落下状況を一見したのみで各部の注油量が適正であるか否かを確認しないまま整備工事を完了した。
A受審人は、油通しに立ち会ったものの、各部の注油状況を点検しなかったので、6番シリンダの弁押棒及び燃料ポンプ各駆動部への注油量が極端に減少していることに気付かなかった。
悠久丸は、出渠後主機6番シリンダの弁押棒及び燃料ポンプ各駆動部へは不十分ながらも少量の潤滑油が供給されていたので焼付きに至らなかったが、平成12年9月21日A受審人ほか7人が乗り組み、09時30分唐津港を発して東シナ海北部で操業に従事し、22日19時00分漁場を発して長崎県松浦港に向かい、回転数約550で主機を運転して航行中、前示注油量調整弁が完全に閉塞した。
こうして悠久丸は、同回転数にて続航中、6番シリンダの弁押棒及び燃料ポンプ各駆動部が焼き付いてピストンが弁に衝突し、同月23日08時五島白瀬灯台から真方位318度27.4海里の地点において、異音を発した。
当時、天候は晴で風力2の東北風が吹き、海上は穏やかであった。
船橋にいたA受審人は、機関室に急行して主機を停止し、各部を点検してピストンの破損などを認めた。
損傷の結果、悠久丸は、運航不能となって僚船により松浦港に引き付けられ、主機は前示損傷部のほか6番シリンダのシリンダライナ、シリンダヘッド、連接棒及びクランクピンメタル並びに過給機ロータなどが取り替えられて修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分であったばかりか、主機開放整備にあたって油だまり底部にタール状の潤滑油劣化生成物が堆積しているのが認められた際、潤滑油系統のフラッシングが実施されなかったこと、及び油通しの際に各部の注油状況が点検されなかったことにより、その後弁押棒及び燃料ポンプ各駆動部への注油量調整弁が劣化生成物で閉塞するまま運転が続けられ、同駆動部への注油が途絶したことによって発生したものである。
造船業者が、主機の整備を請け負い、復旧時の油通しの際、注油状況を十分に確認しなかったことは本件発生の原因となる。
(受審人の所為)
A受審人は、主機開放整備を発注した業者から油だまり底部にタール状の潤滑油劣化生成物が堆積している旨の報告を受けた場合、潤滑油系統のフラッシングを指示のうえ、油通しの際に各部の注油状況を点検すべき注意義務があった。ところが、同受審人は、潤滑油系統のフラッシングを指示せず、油通しの際に各部の注油状況を点検しなかった職務上の過失により、弁押棒及び燃料ポンプ各駆動部への注油量調整弁が劣化生成物で閉塞する事態を招き、6番シリンダのピストン、シリンダライナ、シリンダヘッド、連接棒及びクランクピンメタル並びに過給機ロータなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
I鉄工機装課が、主機の整備を請け負い、復旧時の油通しの際、注油状況を十分に確認しなかったことは、本件発生の原因となる。
I鉄工機装課に対しては、本件後、油通しの際に各部の注油状況を確認するよう改善したことに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。