(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月2日18時10分
静岡県御前埼南南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八日光丸 |
総トン数 |
119トン |
全長 |
37.70メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
742キロワット |
回転数 |
毎分540 |
3 事実の経過
第八日光丸(以下「日光丸」という。)は、平成11年2月に進水した、かつお一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社製造の6N280―EN2型と称するディーゼル機関を装備し、クラッチを内蔵した逆転減速機を介してプロペラ軸を駆動し、操舵室及び同室上部の暴露甲板(以下「上部甲板」という。)から遠隔操縦装置により主機及び同減速機の運転操作が行えるようになっていた。
主機は、連続最大出力2,059キロワット同回転数毎分720の原機に負荷制限装置を付設して計画出力853キロワット同回転数毎分560として登録されていたが、平成12年12月に同装置の設定値が変更されて第1種中間検査を受けたものの、その後、同装置が取り外され、航海全速力前進の回転数を毎分720までとして運転されていた。そして、各シリンダに船尾側を1番として6番までの順番号が付され、各シリンダごとにボッシュ式燃料噴射ポンプ(以下「燃料噴射ポンプ」という。)を備え、1番シリンダ船尾側の架構上に過給機が設置され、A重油が燃料油に使用されていた。また、主機左舷側船首方に発停ハンドル、エアランニング用ハンドル及び調速機が取り付けられ、発停ハンドルを、停止、運転及び始動の各位置のうち、運転の位置に置くことによって前示遠隔操縦装置による主機及び逆転減速機の操作が行えるようになっていた。
主機の遠隔操縦装置は、電気空気式で、操舵室または上部甲板の操縦ダイヤルによって主機の回転数が設定され、設定に応じた4から20ミリアンペアの直流電気信号が0から6キログラム毎平方センチメートルの空気圧信号に変換されて調速機に伝達され、調速機出力軸に接続した主機燃料制御リンク装置を介して燃料加減軸を回転させ、同軸に連結する各シリンダの燃料噴射ポンプのラックを動かし、主機の回転数を制御するようになっていた。そして、同ダイヤルを中立位置に設定することにより、逆転減速機を中立にし、停止回転とすることができるようになっていた。
また、主機には、過速度及び潤滑油圧力低下時並びに緊急に手動停止させる必要が生じたときのために、過速度停止装置、潤滑油圧力低下停止装置及び非常停止装置などの保護装置が設けられ、いずれも、前示遠隔操縦装置に使用される圧縮空気の一部を電磁弁で制御し、停止シリンダ内に供給された圧縮空気が停止ピストンを押し、レバーを介して燃料加減軸を強制的に停止位置まで引き戻すとともに、機関室、操舵室及び上部甲板の各操縦場所で警報を発するようになっていた。
ところで、主機燃料制御リンク装置は、調速機出力軸と燃料加減軸との間に、ばねを内蔵した円筒形の連結桿(かん)があり、同桿の厚さ10ミリメートルの端部の中央に開けられたねじの呼びがM10のめねじ部に、ねじ部長さ29ミリメートルの調整ねじの一方がねじ込まれ、同ねじの同桿にねじ込む量を加減することによって、調速機から燃料噴射ポンプのラックに至る同リンク装置の調整が行われ、調整後、同ねじは、固定用ナットを締め付けて同桿に固定されていた。そして、同ねじの他方がリング状になっていて、調速機出力軸にレバーを介して接続されていたが、前示ばねの緩衝作用によって、前示保護装置の作動時、同軸の動きに影響されずに同リンク装置が作動し、主機を停止することが可能になっていた。また、同リンク装置は、一方が燃料加減軸に固定された負荷制限装置用レバーの下端に、他方が架構にそれぞれ取り付けられたばねで、燃料加減軸に常に燃料噴射量を減少させる方向へ回転させる力を作用させ、同リンク装置の接続部のあそびを吸収するとともに、運転中、同リンク装置が外れ、調速機による回転数制御ができなくなった場合、同ばねによって主機が停止するような機構になっていた。
日光丸は、毎年12月から越えて1月中旬を休漁期とし、入渠して船体及び機関の定期整備を行い、その後3月にかけて小笠原群島付近で、4月から7月にかけて伊豆諸島付近で、8月から11月にかけて金華山沖合で操業を繰り返していたところ、主機運転中、調速機及び発停ハンドル付近に生じていた振動によって、連結桿の調整ねじの固定用ナットが緩み、同ねじが同桿から抜け出すとともに、ねじ部が摩耗し始めていた。
A受審人は、平成13年1月に一等機関士として乗り組み、同年4月から機関長として主機の運転及び保守管理に当たり、主機始動前には主機燃料制御リンク装置の各部に手差し注油を行っていたものの、それまで主機の回転数制御に支障がなかったので大丈夫と思い、同リンク装置のねじ部の締付けに緩みが生じていないかどうかを確認するなど、定期的に同リンク装置の点検を十分に行うことなく、連結桿の調整ねじの固定用ナットが緩み、同ねじが同桿から抜け出して同リンク装置の調整に狂いが生じるとともに、ねじ部が摩耗し始めていたことに気付かないまま主機の運転を続けていた。
こうして、日光丸は、A受審人ほか19人が乗り組み、操業の目的で、船首2.1メートル船尾3.6メートルの喫水をもって、同13年6月1日14時00分静岡県御前崎港を発し、翌2日01時00分伊豆諸島付近の漁場に至り、その後主機を毎分回転数500にかけ、9.5ノットの対地速力で魚群探索中、連結桿からの調整ねじの抜出しが進行し、主機燃料制御リンク装置の調整に生じていた狂いが増大し、18時09分半少し過ぎ主機回転数が変動し始めるようになった。上部甲板で操業の指揮を執っていた漁労長が、主機回転数の異変に気付き、操縦ダイヤルを中立位置まで戻したところ、調速機出力軸が減速の方向に動いて連結桿の調整ねじが急激に引っ張られ、同ねじが同桿から抜け出して摩耗が進行していたねじ部でくの字状に折れ曲がり、同桿が固着して同出力軸の動きが燃料加減軸に伝わらなくなった。そして、燃料噴射ポンプのラック位置が変わらないまま逆転減速機が中立となって無負荷状態となり、主機の回転数が急激に上昇して過速度停止装置が作動したものの、連結桿が固着していて主機燃料制御リンク装置の動きが阻害されて同加減軸が動かず、操舵室及び機関室で警報を発しただけで主機を停止できないまま、18時10分北緯33度28分東経138度41分の地点において、主機が過回転を起こして異音を発した。
当時、天候は晴で風力3の西風が吹いていた。
日光丸は、漁労長が操舵室に赴き、主機の非常停止装置の押しボタンを押すとほぼ同時に連結桿から外れかかっていた調整ねじが外れ、同桿の固着で燃料加減軸までのリンク装置の動きが阻害されていたのが解放され、負荷制限装置に取り付けられていた前示ばねによって、同加減軸が停止位置の方向に回転させられ、燃料噴射ポンプのラックが同位置に戻されて主機が停止した。
甲板上で周囲の見張りに当たっていたA受審人は、異音に気付いて機関室に赴き、主機の停止とほぼ時期を同じくして、発停ハンドルを運転の位置から停止の位置に戻し、主機の停止を確認したのち、各部を点検したものの、異状な箇所を特定できず、ターニングを行っても特に異状がなかったことから再始動を試みたが、回転数が上昇しないことから運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
日光丸は、僚船により静岡県焼津港小川地区に引き付けられたのち、主機を精査した結果、主機のクランク軸歯車の焼ばめ部にすべりが生じ、吸気及び排気各弁並びに同弁用プッシュロッドに曲損が、さらに、カム軸のカム及びカムローラに変形や欠損などの損傷がそれぞれ生じていることが判明し、のち損傷部品などの取替えが行われた。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理に当たる際、主機燃料制御リンク装置の点検が不十分で、調速機と燃料加減軸とを接続する連結桿に取り付けられた調整ねじの固定用ナットが振動で緩み、同ねじが同桿から抜け出すとともに同桿が固着し、主機の回転数制御が不能となっていたところに逆転減速機が中立となり、無負荷状態となった主機が過回転を起こしたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、主機燃料制御リンク装置の連結桿の調整ねじの固定用ナットが振動で緩むと同ねじが同桿から抜け出し、同リンク装置の調整に狂いが生じるおそれがあったから、主機運転中に調速機による回転数制御に支障が生じることのないよう、同リンク装置のねじ部の締付けに緩みが生じていないかどうかを確認するなど、定期的に同リンク装置の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、それまで主機の回転数制御に支障がなかったので大丈夫と思い、定期的に同リンク装置の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、連結桿の調整ねじの固定用ナットが緩み、同ねじが同桿から抜け出して同リンク装置の調整に狂いが生じるとともに、ねじ部が摩耗し始めていたことに気付かないまま主機の運転を続け、同ねじが同桿から抜け出して摩耗が進行していたねじ部でくの字状に折れ曲がり、同桿が固着して主機の回転数制御が不能となって過回転となる事態を招き、主機のクランク軸歯車の焼ばめ部にすべりを、吸気及び排気各弁並びに同弁用プッシュロッドに曲損を、さらに、カム軸のカム及びカムローラに変形や欠損などの損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。