(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年3月28日07時30分
北海道襟裳岬北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一源榮丸 |
総トン数 |
160トン |
全長 |
38.12メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,618キロワット |
回転数 |
毎分720 |
3 事実の経過
第一源榮丸(以下「源榮丸」という。)は、平成元年5月に進水した、沖合底びき網漁業等に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラを有し、主機として同年4月に阪神内燃機工業株式会社が製造した6MUH28A型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機は、負荷制限装置の付設により計画出力956キロワット同回転数毎分605(以下、回転数は毎分のものを示す。)として登録され、同出力におけるプロペラ翼角が22.2度であったが、航海全速力前進時に回転数690及びプロペラ翼角20度までとして運転されていた。
主機のピストンは、直径280ミリメートルの一体型で、球状黒鉛鋳鉄製のピストンヘッドとピストンスカート、浮動式ピストンピンなどで構成され、ピストンヘッド内部に油冷却を目的とする空洞部(以下「冷却油室」という。)が設けられていて、システム油系統の油主管から各シリンダの油枝管に分岐した潤滑油が、主軸受、クランクピン軸受、ピストンピンを順次通過してそれぞれを潤滑した後、ピストンピンボス部の油入口から上方に噴出して冷却油室に至り、ピストンヘッド下部の油出口からクランク室に落下するようになっていた。ピストンの冷却油室は、ピストンヘッド下部に4箇の掃除用穴が開けられていて、右舷船首側穴には、油出口の六角開口部を有するプラグが装着され、他の穴には、ねじの呼び径36ミリメートルの炭素鋼製プラグ(以下「冷却油室プラグ」という。)がいずれも取り付けてあった。また、シリンダライナは、合金鋳鉄製で、ピストンとの摺動面がシステム油のはねかけにより潤滑されていた。
源榮丸は、青森県八戸港を根拠地としており、毎年8月1日から択捉島周辺の漁場できちじ漁、9月1日から11月末まで同港付近の漁場でいか漁、12月1日から翌年5月15日まで再び択捉島周辺の漁場できちじ漁の操業をそれぞれ続けたのち休漁し、7月末にかけ船体や主機の定期整備が行われていた。
A受審人は、平成10年6月から源榮丸の機関長として乗り組み、同12年の休漁中に例年どおり主機の定期整備を行うこととし、指定海難関係人K機械金属株式会社舶用部(以下「K機械金属舶用部」という。)に全シリンダのピストン抜出し整備、ピストンヘッドの点検掃除等を注文した。
K機械金属舶用部は、K機械金属株式会社の機関整備業務部門で、同2年以降毎年源榮丸の主機の定期整備を行っており、舶用部長Mが責任者として前示注文による整備工事を管掌し、同12年6月20日社員が全シリンダのピストンを抜き出して工場に搬入し、ピストンヘッドの点検掃除等を行うこととした。
ところで、主機は、長期間運転されているうち2番シリンダのピストン(以下「2番ピストン」という。)においてピストンヘッド下部左舷船首側の冷却油室プラグがたまたま緩みを生じ、これが次第に進行していた。
しかし、K機械金属舶用部は、全シリンダのピストンのピストンピンを開放した際、ピストンヘッド下部の油出口付近が汚れていなかったことから冷却油室プラグを取り外さないまま、2番ピストンの同プラグを増締めするなどの整備工事を適切に行わなかった。
一方、A受審人は、K機械金属舶用部の工場におけるピストンの整備工事に立ち会った際、ピストンピンの開放状態を目視したものの、冷却油室プラグが緩むことはあるまいと思い、同プラグの締付けなど組立状況の確認措置をとらなかったので、2番ピストンのピストンヘッド下部左舷船首側の冷却油室プラグが緩みを生じていることに気付かなかった。
主機は、越えて6月27日全シリンダのピストンが復旧され、前示冷却油室プラグが緩みを生じたままに整備工事が終わり、操業再開後に運転が続けられていた。
こうして、源榮丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、操業の目的で、ロシア人オブザーバー1人を乗せ、船首1.6メートル船尾5.0メートルの喫水をもって、同13年3月27日17時00分八戸港を発し、択捉島周辺の漁場に向け主機の回転数640及びプロペラ翼角15度として航行中、2番ピストンのピストンヘッド下部左舷船首側の冷却油室プラグが緩んで脱落したことによりその掃除用穴から潤滑油が漏洩して冷却油室に行き渡らないでいるうち、ピストンヘッドが冷却不良となって過熱し、翌28日07時30分北緯42度13分東経144度10分の地点において、同ピストンとシリンダライナとが焼き付き、プッシュロッド部から白煙が噴出した。
当時、天候は晴で風力5の西風が吹き、海上には白波が多かった。
A受審人は、自室で休息中に機関当直者から白煙の噴出を知らされ、機関室に急行して主機を停止した後、クランク室を点検したところ2番ピストンとシリンダライナとの焼付きを認め、主機が運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
源榮丸は、海上保安部に救助を要請し、巡視船等により北海道十勝港に曳航された後、主機が精査された結果、前示焼付きのほか連接棒及びクランクピン軸受等の損傷が判明し、各損傷部品が新替えされた。
また、K機械金属舶用部は、同種事故の再発防止措置として、ピストンの冷却油室プラグの確実な締付け実施を徹底した。
(原因)
本件機関損傷は、主機ピストンの整備工事における組立状況の確認措置が不十分で、冷却油室プラグが緩みを生じたままに運転が続けられ、同プラグの脱落により潤滑油が漏洩してピストンヘッドが冷却不良となったことによって発生したものである。
機関整備業者が、主機ピストンの整備工事を適切に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人の所為)
A受審人は、主機のピストンの整備工事に立ち会った場合、ピストンピンが開放されてピストンヘッドの点検掃除等が行われていたから、不具合箇所の見落しがないよう、冷却油室プラグの締付けなど組立状況の確認措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、冷却油室プラグが緩むことはあるまいと思い、組立状況の確認措置をとらなかった職務上の過失により、操業再開後同プラグが緩みを生じたままに運転を続け、これの脱落により潤滑油が漏洩してピストンヘッドが冷却不良となる事態を招き、ピストンとシリンダライナとが焼き付き、連接棒及びクランクピン軸受等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
K機械金属舶用部が、主機のピストンのピストンピンを開放した際、冷却油室プラグを増締めするなどの整備工事を適切に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
K機械金属舶用部に対しては、本件後に同種事故の再発防止措置として、ピストンの冷却油室プラグの確実な締付け実施を徹底した点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。