(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年10月26日08時21分
瀬戸内海 伊予灘北部
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船シーマックス |
総トン数 |
284トン |
全長 |
39.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル16シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
8,090キロワット |
回転数 |
毎分1,950 |
3 事実の経過
シーマックスは、平成10年1月に進水した、航行区域を沿海区域とする最大搭載人員209人の4基2軸を備えた双胴型軽合金製旅客船で、愛媛県松山港と関門港を約2時間30分で結ぶ毎日上下各2便の定期旅客運送に従事し、主機として、株式会社N鐵工所原動機カンパニーO工場(以下「O工場」という。)において同9年に製造された、16V16FX型と称する連続最大出力2,022.6キロワットのV形ディーゼル機関を機関室両舷側に各2基ずつ前後に配置しており、年間の主機運転時間は約3,700時間であった。
主機は、右舷側から1号機、2号機、3号機及び4号機と呼称し、2基1軸の組合わせで、それぞれクラッチ式逆転減速機を介してウォータージェット推進装置を駆動し、操舵室に備えられた遠隔操縦装置によってすべての運転操作ができるようになっており、クランクケースで形成されるシリンダ列が60度の角度に配置され、左舷側をA列、右舷側をB列と呼び、各バンクのシリンダには船尾側から1番から8番の順番号が付されていた。
主機の連接棒は、大端部が斜め割りで、連接棒キャップとの合わせ面がセレーション加工され、1シリンダにつき上下各1本の連接棒ボルトが同キャップの各リーマ穴に下方から通されて大端部セレーション面のねじ穴に締め込まれるようになっていた。また、連接棒ボルトは、ニッケルクロムモリブデン鋼製で、全長120ミリメートル(以下「ミリ」という。)、リーマ部径21ミリ及びねじ部の長さ26ミリで、ねじの呼び径20ミリ、ピッチ1.5ミリの六角リーマボルトが使用され、締付けについてはいわゆる角度締めで締め付けるようになっていた。
指定海難関係人O工場設計室第1グループ(以下「第1グループ」という。)は、主として舶用ディーゼル機関の開発、設計に関する業務を担当しており、平成2年から高速船に対応した小型軽量・高出力機関で、船内でのピストン抜きなどの開放整備を可能とするFXシリーズの基本設計に着手し、V16FX型機関については同5年4月に1号機を納入した。
その後、第1グループでは、シーマックス以前に建造された船舶に搭載のV16FX型機関において、同10年3月ごろから連接棒セレーション部の摩耗とボルト穴周辺にヘアクラックが生じるようになり、調査の結果、ピストンの慣性力によってセレーション部に滑りを生じていることが判明したことから、セレーション角度を55度から90度として連接棒ボルト穴位置を変更するとともに、連接棒ボルトの締付け力を上げるために、材質をクロムモリブデン鋼として材料強度を高め、肌付き後の締付角度を60度から70度に増加するなどの設計変更による改良を行った。そして、O工場内の関係部門のほか、開放整備等のアフターサービス業務を担当する関連会社のニイガタ原動機サービス株式会社(以下「ニイガタ原動機サービス」という。)などと調整のうえ、すでに納入済み機関の連接棒仕組を順次改良品に取り替えることとした。
ところで、第1グループは、連接棒を組み立てる際の連接棒ボルトの締付け要領について、整備工場等でクランクピンメタルを取り外した状態とし、ねじ部と座面に固体潤滑剤を塗布したうえ、5キログラムメートルの締付けトルクで肌付きまで締め、角度ゲージを使用して所定角度まで締め込んだのち、連接棒キャップに打刻されたマークに合わせてボルト頭部側面に合いマークを入れておき、主機に組み込む際に合いマークが合致するまで締め付けるよう規定していたが、同ボルトのねじ部や座面への異物噛み込みなどによる過大な締付け状態を放置しないため、締付けトルクが規定値以下であることを確認するよう、前示関係先などに指示していなかった。
そして、シーマックスについては、改良された連接棒仕組の納期の関係から、O工場及びニイガタ原動機サービスの作業員も加わって2度に分けて取替え工事が実施されることになり、同11年1月の第1回中間検査時に、主機4基を陸揚げしたうえで60シリンダのうち24シリンダの連接棒仕組が取り替えられた。次いで同年7月の合入渠中、主機を機関室に据え付けたまま残りの40シリンダについて連接棒仕組を改良品に取替え、すべての連接棒ボルトが合いマークの合致する所定角度まで締め付けられたものの、トルクレンチによる締付けトルクの確認が行われなかったので、1号主機A列4番シリンダの上側連接棒ボルトが、ねじ部に異物などを噛み込んでかじりを生じたまま過大なトルクで締め付けられ、ねじ部に局部的な引張応力による微細な亀裂を生じ、その後航海を繰り返すうち、繰返し応力の作用で同ボルトの亀裂が徐々に進行し始めた。
こうして、シーマックスは、船長及び機関長Bほか4人が乗り組み、乗客39人を乗せ、船首1.75メートル船尾2.10メートルの喫水をもって、翌12年10月26日07時50分松山港を発し、乗組員全員が操舵室で操船や機器の遠隔操作に当たり、主機の回転数をいずれも毎分1,820ばかりに定めて伊予灘北部を西航中、1号主機A列4番シリンダにおいて、上側連接棒ボルトの前示亀裂が進行してねじ部が破断し、ほどなく下側連接棒ボルトも折損して連接棒キャップが外れ、08時21分沖家室島長瀬灯標から真方位132度1,500メートルの地点において、ピストンが落下してクランク腕バランスウェイトに叩かれ、連接棒がクランクケースを突き破った。
当時、天候は曇で風力2の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
B機関長は、操舵室の機関室監視用テレビモニタで1号主機の周辺に白煙が立ち昇っているのを認めてほどなく、同機の冷却清水圧力低下、潤滑油圧力低下の各警報が発生し、続いて同機が同油圧力低下によって危急停止したため、他の主機3基とも回転数を毎分800ばかりに減じ、機関室に急行させた一等機関士から1号機A列4番シリンダの連接棒が飛び出しているとの報告を受け、自らも機関室に赴いて損傷状況を調査したのち、定時運航が不能である旨を船長に報告した。
シーマックスは、2号、3号及び4号主機を運転して松山港に戻り、乗客全員を降ろしたのち修理工場に回航し、1号主機を陸揚げして点検した結果、A列4番シリンダのピストン及びシリンダライナの破損に加え、B列4番シリンダのピストン、シリンダライナ及び連接棒の損傷、オイルパンの破孔などが判明し、両シリンダの損傷部品、クランク軸及びクランクケースなどを新替えして修理された。
第1グループは、事故原因の究明にあたり、破断した上側連接棒ボルトの亀裂が発生したねじ部に、かじりを生じた場合に見られる白色変質層が認められ、かじりを生じた箇所が過大なトルクで締め付けられたものと判明したことから、V16FX型機関については、締付けトルクが設計計算上の値にトルクレンチの誤差30パーセントを見込んだ、45キログラムメートル以下であることを同レンチで確認するよう関係先に周知徹底するとともに、組立時に同ボルトの倒れを防止するためにリーマ部を1箇所から2箇所に形状変更するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
(原因)
本件機関損傷は、機関製造業者が、納入済み機関の連接棒仕組を設計変更した改良品に順次取り替えるにあたり、社の内外に対して、連接棒ボルトを所定角度まで締め付けたのち、締付けトルクが過大となっていないことを確認するよう十分に指示していなかったことから、主機の同ボルトがねじ部に異物などの噛み込みによるかじりを発生したまま角度締めされて同部に微細な亀裂を生じ、航海を繰り返すうち、同亀裂が徐々に進行したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
第1グループが、V16FX型機関の連接棒仕組を設計変更し、納入済み機関の同仕組を改良品に順次取り替えるにあたり、社の内外に対して、連接棒ボルトを所定角度まで締め付けたのち、ねじ部のかじりなどにより締付けトルクが過大となっていないことを確認するよう十分に指示していなかったことは、本件発生の原因となる。
第1グループに対しては、事故原因を究明し、連接棒ボルトの締付けトルクが規定値以下であることをトルクレンチで確認するよう関係先に周知徹底するなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。