(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年2月10日06時25分(船内時刻)
北大西洋
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十八錦正丸 |
総トン数 |
379トン |
全長 |
55.16メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分360 |
3 事実の経過
第十八錦正丸(以下「錦正丸」という。)は、平成3年6月に進水し、専ら北大西洋でのまぐろはえ縄漁業に従事する鋼製漁船で、株式会社新潟鉄工所製の6M28HFT型ディーゼル機関を主機として装備し、主機の船尾側架構上に、同社が製造したNR20/R型と呼称する輻流式排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を付設していた。
主機は、圧縮空気始動式で、各シリンダを船首側から順番号で呼称し、各シリンダヘッドには弁箱式の吸気弁及び排気弁を各1個装着しており、排気弁から排出された排気ガスで過給機を駆動するようになっていた。
また、主機の排気集合管は、呼び径350ミリメートルの鋼管をベローズ形の伸縮継手で連結したもので、1番、4番及び5番シリンダ用と2番、3番及び6番シリンダ用の2本で構成され、各シリンダの排気弁から排出された排気ガスを過給機に導くようになっていた。
一方、過給機は、単段のラジアル式タービンと単段の遠心式ブロワとがロータ軸で結合され、同軸中央部が浮動スリーブ式の平軸受(以下「浮動軸受」という。)で支えられていて、タービン入口ケーシングに流入した主機の排気ガスが、ノズルリングで加速され、タービン翼車に作用してロータ軸を回転させたのち、タービン出口ケーシングから煙突内の排気管を経て大気中に放出されるようになっていた。
錦正丸は、スペインのラスパルマス港やカナダのハリファックス港を主な基地として、乗組員が1年ないし1年半ごとに交代しながらまぐろはえ縄漁に従事しており、平成11年2月にラスパルマス港で第3回の定期検査を受検したのち、北大西洋で操業を繰り返していた。
A受審人は、同年10月29日アイスランド共和国レイキャビク港で錦正丸に機関長として乗り組み、主機については、全速力前進時の回転数を毎分350までとし、各シリンダの排気温度の上昇、最高圧力の低下及び給気管の発熱などの異常があれば、その都度、吸・排気弁を取り替えるなどしながら運転及び保守管理に従事していたところ、同12年1月10日13時30分(船内時刻、以下同じ。)2番シリンダの排気温度が上昇するとともに、給気管が発熱しているのを認めたので、主機を停止して同シリンダの吸気弁箱の取替え作業を行った。
ところで、A受審人は、吸気弁箱を取り外した際、同弁傘部が一部欠損しているのを認めたが、水揚地であるハリファックス港への入港を急いでいたうえ、吸気弁箱の装着孔からシリンダ内を点検して、ピストン頂部に損傷がなく、シリンダ内にも破片が残っていなかったので大丈夫と思い、伸縮継手を取り外すなどして排気集合管内の点検を行わなかったので、吸気弁の破片が伸縮継手などに残留していることに気付かぬまま、予備の吸気弁箱を装着して同作業を終了した。
こうして、錦正丸は、同日14時30分主機を始動してハリファックス港に向かい、翌々12日03時15分同港に入港して水揚げを終えたのち、A受審人ほかインドネシア人13人を含む26人が乗り組み、操業の目的で、船首2.0メートル船尾4.5メートルの喫水をもって、同月16日05時00分同港を発し、北大西洋の漁場に至って操業を繰り返していたところ、同年2月10日06時00分漂泊終了後の操業再開のために主機を始動し、無負荷で暖機運転を行ったのち、回転数を毎分250にかけて漁場を移動中、排気集合管の伸縮継手などに残留していた吸気弁の破片が始動時の圧縮空気で移動したものか、同片が排気ガスと共に過給機に侵入してノズルリング及びタービン翼車が曲損し、06時25分北緯37度57分西経65度46分の地点において、過給機が異音を発して主機の回転数が低下した。
当時、天候は曇で風力3の西風が吹き、海上にはうねりがあった。
自室で休息していたA受審人は、機関室当直者から過給機に異常が生じた旨の連絡を受けて直ちに機関室に急行し、06時30分主機を停止して過給機を開放し、ノズルリング及びタービン翼車が曲損しているのを認めたので過給機の運転は不可能と判断し、過給機をバイパスする措置を講じて主機の運転を試みたものの、回転数を上昇させると排気温度が上昇して黒煙が発生することから無過給運転を断念し、再度過給機を開放して修理業者の指示に従ってノズルリング及びタービン翼車等を応急修理したのち、主機を再始動して操業を再開した。
錦正丸は、同月22日空輸された部品を僚船経由で受け取ったのち、船内で損傷部品を新替えする修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理にあたり、欠損した吸気弁を取り替えた際、排気集合管内の点検が不十分で、同管内に残留していた吸気弁の破片が過給機に侵入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理にあたり、取り替えた吸気弁が欠損しているのを認めた場合、排気集合管内に吸気弁の破片が残留していると、同片が過給機に侵入して同機が損傷するおそれがあったから、同管内の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、水揚地への入港を急いでいたうえ、吸気弁箱の装着孔からシリンダ内を点検して、ピストン頂部に損傷がなく、シリンダ内にも破片が残っていなかったので大丈夫と思い、排気集合管内の点検を行わなかった職務上の過失により、同管内に吸気弁の破片が残留していることに気付かぬまま主機の運転を続けて同片が過給機に侵入する事態を招き、ノズルリング、タービン翼車等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。