(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年3月2日11時00分
北海道函館港
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第三十二丹羽丸 |
総トン数 |
67トン |
全長 |
23.95メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
736キロワット |
回転数 |
毎分604 |
3 事実の経過
第三十二丹羽丸(以下「丹羽丸」という。)は、昭和63年4月に進水した、起重機船の曳航等に従事する鋼製引船で、主機としてダイハツディーゼル株式会社が製造した6DSM−26AFS型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機は、間接冷却方式で、機関室右舷側の船底に位置する冷却海水系統のこし網付きシーチェストから船体付弁、こし器を介して直結渦巻式冷却海水ポンプに吸引された海水が、空気冷却器、潤滑油冷却器、清水冷却器を順次通過してそれぞれを熱交換した後、同舷側の排出口を経て船外に至り、また、冷却清水系統には、容量470リットルの冷却清水膨張タンクが架構上方に設けられていて、同タンクと電動渦巻式冷却清水ポンプの吸引管との間を連絡する配管があり、同ポンプに吸引された冷却清水が主管を経てシリンダジャケットやシリンダヘッド等を冷却した後、集合管で合流して清水冷却器に導かれ同吸引管に還流しており、集合管の冷却清水温度が摂氏72度を超えると冷却清水温度上昇警報装置が作動し、操舵室及び機関室の警報ブザーが鳴り、同室の警報灯が点灯するようになっていた。
主機の潤滑油系統は、容量230リットルの油だめから直結歯車式潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が、こし器、潤滑油冷却器を経て主管に入り主軸受、カム軸受やカム軸駆動歯車等に分岐し、ピストンとシリンダライナとの摺動面をはねかけにより注油し、各部を潤滑あるいは冷却したのち油だめに戻り循環する一方、同ポンプに吸引された潤滑油の一部が別置きタンクに至り、同タンクのあふれ油が油だめに戻るように配管されていた。
ところで、主機は、シリンダヘッドに清水冷却方式の排気弁2個が取り付けられ、同弁の弁箱と弁座とがはめ合いで接合されており、同接合部の4箇所の冷却清水連絡孔に合成ゴム製のOリングが装着されていた。
A受審人は、平成10年4月から丹羽丸の一等航海士として乗り組み、同12年8月に職務が機関長に変更され、越えて12月28日以降北海道古平漁港係船中に4日ないし5日間隔で船体の雪かきや見回り等を行いながら主機を暖機する目的で、クラッチを中立位置として2時間ほど停止回転数毎分350(以下、回転数は毎分のものを示す。)にかけ保守運転を繰り返した。
ところが、主機は、海水とともにビニール製のごみが吸引されて冷却海水系統のシーチェストのこし網に詰まり始め、冷却海水量が不足して清水冷却器の熱交換機能が低下し、翌13年2月16日昼前に冷却清水温度が高温となって冷却清水温度上昇警報装置が作動した。
しかし、A受審人は、機関室の警報ブザー音を聞いて主機の冷却清水温度上昇警報装置が作動する状況を認めたが、停止回転数で運転しているから大丈夫と思い、冷却海水の船外排出状態を見るなどして異常箇所を調査しなかったので、冷却海水量が不足していることに気付かず、その後、同装置の電源スイッチをオフにしていた。
丹羽丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、北海道内浦湾の工事現場に起重機船を曳航する目的で、船首1.5メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、同月23日12時50分古平漁港を発し、北海道函館港に向け回航中、主機を回転数約600にかけているうち冷却海水量が不足して冷却清水温度が著しく上昇した状態で航行し、翌24日10時50分函館港中央ふ頭南船だまり防波堤灯台から真方位163度200メートルの同港海岸町物揚場岸壁に右舷付けで係留した。その後丹羽丸は、曳航の準備が整うまでの間、連日主機の保守運転が行われていたが、前示回航中に冷却清水温度が著しく上昇したために3番及び4番シリンダの排気弁のOリングが損傷して水密不良の状態となり、弁箱と弁座との接合部から冷却清水が徐々に漏洩し、停止後に漏水がクランク室に落下して潤滑油に混入した。
ところが、A受審人は、同月28日朝主機の始動前に冷却清水膨張タンク水量が減少していることを認めたものの、クランク室を開けるなどして漏水の有無を点検しないで同タンクに冷却清水を補給し、排気弁の漏水に気付かなかった。
こうして、丹羽丸は、越えて3月2日08時10分A受審人がいつものとおり主機を始動して停止回転数にかけ保守運転中、漏水の混入量が増加して潤滑油の性状が著しく劣化し、3番及び4番シリンダのピストンとシリンダライナとの摺動面の潤滑が阻害され、11時00分前示係留地点において、ピストンとシリンダライナが焼き付き、主機が異音を発して自停した。
当時、天候は雪で風力2の北西風が吹き、港内は穏やかであった。
A受審人は、甲板上で異音に気付き、機関室に急行して主機のクランク室を点検したところ、漏水を認めて運転を断念した。
主機は、業者により精査された結果、前示ピストンとシリンダライナのほか全シリンダのクランクピン軸受、クランクピン及び主軸受等の損傷が判明し、中古機関と換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却清水温度上昇警報装置が作動した際の異常箇所の調査が不十分で、回航中に冷却海水量が不足して冷却清水温度が著しく上昇した後、排気弁のOリングの水密不良により冷却清水が漏洩したこと、及び冷却清水膨張タンク水量が減少した際の漏水の有無の点検が不十分で、漏水が潤滑油に混入するまま運転され、同油の性状が著しく劣化して潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、古平漁港において主機を暖機する目的で保守運転中、冷却清水温度上昇警報装置が作動する状況を認めた場合、海水とともにごみが吸引されて冷却海水系統のシーチェストのこし網に詰まるから、冷却海水量が不足して清水冷却器の熱交換機能が低下しないよう、冷却海水の船外排出状態を見るなどして異常箇所を調査すべき注意義務があった。しかるに、同人は、停止回転数で運転しているから大丈夫と思い、異常箇所を調査しなかった職務上の過失により、冷却海水量が不足していることに気付かず、回航中に冷却清水温度が著しく上昇した後、排気弁のOリングの水密不良により冷却清水が漏洩して潤滑油に混入し、同油の性状が著しく劣化して潤滑が阻害される事態を招き、ピストン、シリンダライナ、クランクピン軸受、クランクピン及び主軸受等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。