(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年4月4日15時40分
北海道函館港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十二漁運丸 |
総トン数 |
138トン |
全長 |
38.39メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
回転数 |
毎分350 |
3 事実の経過
第十二漁運丸(以下「漁運丸」という。)は、平成3年1月に進水した、いか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6M26AFTE型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の架構後部に排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を装備していた。
過給機は、同社製造のニイガタ・M.A.N.−B&W NR20/R型で、ラジアル式タービンと遠心式圧縮機とを結合したロータ軸、タービンケーシング、圧縮機ケーシング及び軸受ケーシング等から構成され、同ケーシング内部のフローティングメタル(以下「軸受メタル」という。)を組み込んだ軸受装置がロータ軸中央部を支えていた。
過給機の潤滑油系統は、主機のシステム油が油だめから直結式潤滑油ポンプ又は電動の予備潤滑油ポンプに吸引されて潤滑油主管に入り、同主管後端の継手部から潤滑油枝管に分岐し、同枝管に設けられた圧力調整弁により1.9キログラム毎平方センチメートルの圧力に調圧された後、軸受装置の潤滑油入口部を経て軸受メタルとロータ軸との摩擦面に注油され、同油だめに戻るように配管され、また、主機後部の計器盤に同潤滑油入口部の油圧を示す過給機注油圧力計が取り付けられていた。
A受審人は、平成11年6月から漁運丸の機関長として乗り組み、機関の運転保守にあたり、平素、主機を始動する前には、システム油系統に潤滑油を行き渡らせる目的で、予備潤滑油ポンプの運転による同油のプライミングを行っていた。
漁運丸は、毎年5月から翌年1月の漁期終了までいか一本釣り漁の操業を繰り返しており、同13年1月末に休漁して北海道函館港西ふ頭岸壁に係船された後、船体等を整備するため、同港内の造船所に回航されることになった。
ところが、A受審人は、越えて4月4日回航前に主機の試運転を行う際、10時30分少し前予備潤滑油ポンプを始動したものの、長期間停止されているうちにシステム油が途絶えて過給機の軸受装置の潤滑油配管内部等が油切れになっていて、同装置の注油圧力が不足する状況であったが、同ポンプを運転しているから大丈夫と思い、主機の始動前に過給機注油圧力計を見るなどして潤滑油のプライミングを十分に行うことなく、同時30分主機を始動して回転数毎分270にかけクラッチを中立位置のまま30分間の運転を続けた。
過給機は、主機が始動された際、軸受装置の注油圧力の不足により摩擦面に油膜が形成されないままロータ軸が回転し、潤滑が阻害されて軸受メタルに肌荒れが生じた。
こうして、漁運丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、造船所作業員等3人を乗せ、入渠の目的で、船首1.2メートル船尾4.6メートルの喫水をもって、15時30分函館港西ふ頭岸壁を離岸して同港第3区の造船所に向け、主機を回転数毎分300にかけて港内を進行し、同造船所至近に至り回頭するために主機を増速したところ、過給機の軸受メタルの肌荒れ箇所にかじり傷が発生し、15時40分函館港北防波堤灯台から真方位106度1,940メートルの地点において、同傷が進行して軸受メタルとロータ軸とが焼き付き、過給機が異音を発した。
当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、港内は穏やかであった。
A受審人は、甲板上で異音に気付いて機関室に急行し、過給機の異状を認め、その旨を船長に報告して主機の減速措置をとった。
漁運丸は、そのまま入渠した後、過給機を精査した結果、軸受装置の軸受メタル等の焼損及びロータ軸の曲損が判明し、各損傷部品を新替えした。
(原因)
本件機関損傷は、主機始動前の潤滑油のプライミングが不十分で、始動の際に過給機の軸受装置の潤滑が阻害され、軸受メタルに肌荒れが生じたまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、休漁期の係船後に主機の試運転を行う場合、長期間停止されているうちにシステム油が途絶えて過給機の軸受装置の潤滑油配管内部等が油切れになるから、軸受メタルとロータ軸との摩擦面に油膜が形成されるよう、主機の始動前に過給機注油圧力計を見るなどして潤滑油のプライミングを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、予備潤滑油ポンプを運転しているから大丈夫と思い、主機の始動前に潤滑油のプライミングを十分に行わなかった職務上の過失により、始動した際に過給機の軸受装置の潤滑が阻害される事態を招き、軸受メタルに肌荒れが生じたまま運転を続け、同装置及びロータ軸の損傷を生じさせるに至った。