(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年5月24日18時00分
北海道納沙布岬東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一大安丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
21.19メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
558キロワット |
回転数 |
毎分1,400 |
3 事実の経過
第一大安丸(以下「大安丸」という。)は、昭和60年4月に進水した、さけ・ます流し網、さんま棒受け網及びはえなわの各漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、平成9年4月にヤンマーディーゼル株式会社が製造した6N160−EN型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の架構中央部に排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を装備していた。
主機は、各シリンダに船尾側を1番として6番までの順番号が付されており、前方の動力取出軸にゴム弾性継手を介して3相交流電圧220ボルト容量50キロボルトアンペアの船内電源用発電機(以下「発電機」という。)を駆動していた。
主機の排気弁及び吸気弁は、シリンダヘッドの船首方及び船尾方の左右両側にそれぞれ2個が直接組み込まれ、いずれも全長223ミリメートル(以下「ミリ」という。)弁棒軸部直径11.5ミリ弁傘部直径55ミリの耐熱鋼製きのこ弁で、弁座との当たり面の弁傘部と弁棒頂部とにステライト盛金が施され、また、動弁注油系統の潤滑油がロッカーアーム軸受の油穴を経て各弁の弁棒と弁案内を潤滑していた。
一方、過給機は、石川島汎用機械株式会社が製造したRU140型で、ラジアル式タービンと遠心式ブロワとを結合したロータ軸、タービンケーシング、ブロワケーシング及び軸受ケーシング等から構成され、主機の各シリンダの排気が排気マニホルドを経てタービンケーシングに導かれていた。
ところで、主機は、各シリンダのシリンダヘッド排気出口側に温度計が取り付けてあり、同出口側の排気温度が摂氏455度(以下、温度は摂氏とする。)の限界値に制限されていて、これに達している場合には異常箇所の調査及び整備を行うことが取扱説明書で指示されていた。
大安丸は、北海道花咲港を根拠地とし、例年5月から7月までがさけ・ます流し網漁、8月から9月までがさんま棒受け網漁、10月から翌年4月までがはえなわ漁の各操業を行っていたが、平成12年4月中間検査受検整備の際に主機のシリンダヘッドの開放やピストンの抜出し等が行われたのち各操業を繰り返し、同年12月はえなわ漁の操業を切り上げて休漁した。大安丸は、翌13年4月さけ・ます流し網漁の出漁準備の際、同受検整備以降延べ4,200時間を運転していた主機のシリンダヘッドが取り外されないまま、業者による燃料噴射弁及び過給機等の定期整備が行われた。
A受審人は、平成7年5月以来、同12年を除き、毎年大安丸のロシア連邦200海里経済水域内漁場におけるさけ・ます流し網漁の出漁期間のみ機関長として乗り組み、主機の運転保守にあたり、同13年には、前示定期整備に立ち会い、5月1日にいつものとおり雇入れされた。
ところが、主機は、根拠地での係留中や漁場での停留中に発電機を駆動する目的で、長時間クラッチを中立として停止回転数にかけた状態の低負荷運転が繰り返されているうち、排気弁と吸気弁の同時に開いている間における排気の吹き返しによる燃焼生成物のカーボンがシリンダヘッドの吸気側に付着して詰まり始め、負荷が増加した際に給気不足で燃焼が阻害され、排気温度が著しく上昇したことから、動弁注油系統の潤滑油が排気弁の弁棒の周りで炭化して同カーボンと加わり付着し、同弁棒が弁案内に次第に固着する状況になっていた。
しかし、A受審人は、同月10日出漁前の主機の海上試運転を行って航海全速力前進の回転数毎分1,400(以下、回転数は毎分のものを示す。)にかけた際、燃焼の悪化に伴い3番シリンダの排気温度が限界値を超えていたが、同温度が他シリンダより著しく高いことを認めたものの、これまで無難に運転されているから大丈夫だろうと思い、3番シリンダの異常箇所を調査しなかったので、シリンダヘッドの吸気側や排気弁などのカーボンの付着による汚れに気付かず、その後、漁具等の積込みのため、連日昼間に発電機を駆動して主機の低負荷運転を繰り返した。
こうして、大安丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、船首0.9メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、同月15日09時00分花咲港を発し、択捉島東方沖合のロシア連邦200海里経済水域内漁場に至り操業を行って漁獲物を満載し、越えて23日帰航の途に就き、主機を回転数1,400にかけて11.0ノットの対地速力で同港に向け航行中、3番シリンダのシリンダヘッドの汚れが進行していたところ、排気弁の弁棒の1個が開弁したまま弁案内と固着し、翌24日18時00分北緯43度32分東経147度27分の地点において、同弁棒の弁傘底面がピストン頂面にたたかれて下部が折損し、脱落した弁傘部がピストンとシリンダヘッドとに挟撃され、主機が異音を発した。
当時、天候は霧で、風力2の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船室で異音に気付いて機関室に急行し、主機を停止した後、3番シリンダのプッシュロッドの曲がりを直して始動したが、主機の異音を聞いて運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
大安丸は、海上保安部に救助を要請し、巡視船等により花咲港に曳航され、主機を精査した結果、3番シリンダの排気弁及び吸気弁の各弁棒の折損、脱落した弁傘部の破片によるシリンダヘッド、ピストン、シリンダライナの各燃焼室面及び過給機タービン部の損傷並びに熱ひずみによる排気マニホルドの亀裂等が判明し、のち各損傷部品が新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、主機排気温度が著しく高いシリンダの異常箇所の調査不十分で、シリンダヘッドがカーボンの付着により汚れるままに運転が続けられ、漁場から帰航中、排気弁の弁棒が弁案内と固着し、弁傘底面がピストン頂面にたたかれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、出漁前の主機の海上試運転中に他シリンダより著しく高い排気温度のシリンダを認めた場合、同温度が限界値を超えていたから、これを適正にする措置がとれるよう、同シリンダの異常箇所を調査すべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで無難に運転されているから大丈夫だろうと思い、同シリンダの異常箇所を調査しなかった職務上の過失により、シリンダヘッドのカーボンの付着による汚れに気付かないで運転を続け、漁場から帰航中、排気弁の弁棒と弁案内との固着を招き、同弁のほか吸気弁、シリンダヘッド、ピストン、シリンダライナ、過給機タービン部及び排気マニホルド等の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。