(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年1月3日15時45分
広島県鹿島
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船繁栄丸 |
総トン数 |
4.98トン |
登録長 |
10.60メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
15 |
3 事実の経過
繁栄丸は、昭和51年10月に進水し、A受審人が同61年に購入した木造漁船兼遊漁船で、甲板下のほぼ船体中央部に機関室が配置され、同室の船首側及び船尾側にいけすをそれぞれ設け、機関室上方が操舵室となっていた。
また、機関室は、操舵室床に敷かれた床板を外して入るようになっており、中央部にA重油を燃料とする主機を据え付け、主機の右舷側に蓄電池を、後部両舷側にいずれも容量約600キロリットルの鋼製燃料油タンクをそれぞれ備え、船底部や木製床板には長年の間にかなりの油分が染み込んだ状態になっていた。
A受審人は、船長として1人で乗り組み、広島県安芸郡倉橋町鹿島を定係地として日中にえびこぎ網漁業を繰り返すかたわら、月に3ないし4回釣客を乗せるようにしていたところ、平成12年6月ごろ、右舷側燃料油タンクの船尾底部に設けられた取出管の付け根部から燃料油がにじみ出ているのを認め、空き缶で漏油を受けるようにしていたものの、その後同所から漏油量が徐々に増えてきたため、同年12月末に新たに補修材を購入し、年明けに同タンクの漏油箇所を修理することにした。
ところで、A受審人が購入した補修材は、株式会社日本触媒製のエポラックG−772PTWTと称する、成分中に引火性の高い物質を多く含有する液状の不飽和ポリエステル樹脂で、硬化後に安定したプラスチックとなるものであり、容器には火気のあるところでの使用禁止など取扱い上の注意事項を詳細に記載したラベルが貼付されていた。
翌13年1月3日A受審人は、自ら右舷燃料油タンク取出管付け根部の修理を行うことにしたが、まさか火がつくことはあるまいと思い、補修材のラベルに記載された取扱い上の注意事項を確認することなく、翌日の出漁に備え、塗布した補修材の硬化を早めるためにガストーチで周辺を加熱することとし、14時30分ごろ倉橋港鹿島瀬戸防波堤灯台から真方位239度1,200メートルの防波堤に係留中の繁栄丸に赴き、機関室に入って同タンク内の残油を左舷燃料油タンクに移し、同管付け根部周辺を入念に清掃したのち、硬化剤を混ぜ合わせておいた補修材を十分に塗り付けた。
こうして、繁栄丸は、A受審人が甲板上に置いておいたガストーチとマッチを持って再び機関室に入り、右舷燃料油タンクに向いてかがみ、同トーチに点火しようとマッチを擦ったところ、その火が同管付け根部下方の床に垂れ落ちていた補修材の方に飛び、15時45分前示係留地点において、補修材が引火して火炎が床板などに広がり、機関室が火災となった。
当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、海上は穏やかであった。
繁栄丸は、煙に包まれたA受審人が甲板上に逃れ、発煙に気付いた同業者らが救援に駆け付け、僚船の海水ポンプで放水によって短時間のうちに消火され、機関室の右舷後部を焼損したほか、操舵室内の分電盤に濡損を生じたが、のちいずれも修理された。一方、A受審人は、煙を吸って病院に搬送され、1週間の入院治療を受けた。
(原因)
本件火災は、機関室において燃料油タンク取出管の漏油箇所を修理するにあたり、引火性補修材の取扱いが不適切で、塗布した補修材を加熱して硬化を早めようとし、ガストーチ点火のために擦ったマッチの火が漏油箇所下方の床に垂れ落ちていた補修材の方に飛び、補修材が引火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関室において燃料油タンク取出管の漏油箇所を新たに購入した補修材で修理しようとする場合、火災などを生じさせることのないよう、容器貼付のラベルに記載された注意事項を確認して、引火性補修材の取扱いを適切に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、まさか火がつくことはあるまいと思い、補修材の取扱いを適切に行わなかった職務上の過失により、漏油箇所付近に塗布した補修材を加熱して硬化を早めようとし、ガストーチ点火のために擦ったマッチの火で床に垂れ落ちていた補修材が引火して機関室火災を招き、機関室右舷後部を焼損し、操舵室内の分電盤に濡損を生じさせたほか、自らも吸煙によって病院に搬送されるに至った。