(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年5月9日16時25分
福岡県藍島北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船飛翔丸 |
漁船広宣丸 |
総トン数 |
6.1トン |
4.2トン |
全長 |
13.80メートル |
12.83メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
250キロワット |
180キロワット |
3 事実の経過
飛翔丸は、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.5メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成12年5月9日15時50分山口県下関漁港を発し、福岡県沖ノ島東方海域の漁場に向かった。
ところで、飛翔丸の操舵室には、右舷後部に床面からの高さ約1メートルのいすが備えられ、その上部天井には高さ45センチメートル(以下「センチ」という。)幅及び長さがそれぞれ60センチの箱状の見張り窓が設置されており、A受審人は、操舵室内で座って操船すると、前部甲板上の送風機やいか巻きローラーなどの構造物で、前方に死角を生じることから、入出港時や船舶の多い海域では、いすの上に立ちあがって見張り窓から顔を出し、前方の死角を補う見張りを行いながら、操船していた。
16時02分半少し過ぎA受審人は、六連島灯台から040度(真方位、以下同じ。)370メートルの地点で、針路を310度に定め、機関を回転数毎分1,800にかけ、14.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)として手動操舵により進行し、その後、前路の大藻路(おもじ)岩灯標北方沖合で操業中の漁船群に接近する状況となったことから、いすの上に立ち上がって見張り窓から顔を出し、前方の死角を補う見張りを行いながら続航した。
16時20分A受審人は、藍島港寄ノ浦D防波堤灯台(以下「D防波堤灯台」という。)から352度3,070メートルの地点に差し掛かったとき、左舷船首2度2,100メートルのところに、北北西に船首を向けた広宣丸を視認できる状況であったが、前示漁船群が後方に替わったことから、もはや前路に他船はいないものと思い、前方を一瞥(いちべつ)しただけで、同船を見落とし、その後、いすに座って操船に当たり、死角を補う見張りを十分に行わず進行した。
16時24分A受審人は、D防波堤灯台から337度4,500メートルの地点に達したとき、広宣丸の方位が変わらず410メートルまで接近し、同船が漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げたうえ黄色回転灯2個を点灯し、ゆっくりとした速力で前進しながら揚網中であることを認めうる状況で、その後衝突のおそれがある態勢で接近したが、依然前路に他船はいないものと思い、いすの上に立ち上がって見張り窓から顔を出すとか、作動中のレーダーを活用するなどして、死角を補う見張りを十分に行っていなかったのでこのことに気付かず、同船の進路を避けないまま進行中、16時25分D防波堤灯台から335度4,900メートルの地点において、飛翔丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、広宣丸の右舷船首部に、後方から35度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力3の北西風が吹き、視界は良好で、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、広宣丸は、刺網漁業に従事する、モーターサイレンを装備したFRP製漁船で、B受審人が妻及び息子と3人で乗り組み、船首0.20メートル船尾1.25メートルの喫水をもって、同日14時30分福岡県藍島漁港を発し、藍島北西方沖合4,800メートルばかりの漁場に設置したひらめ、かれい底刺網の揚収に向かった。
ところで、B受審人の行う刺網漁は、藍島北西方沖合を操業海域とし、長さが約540メートルの網を水深約30メートルの海底に投入して一晩置き、翌日の揚網時には機関を中立運転とし、右舷前部に装備した揚網機を使用して同機の巻込み力でゆっくりと前進しながら、30分ほどで揚網を終え、漁獲物を取り込んだのち再び投入する漁法であった。
14時45分B受審人は、前示漁場に到着して1網目の操業を行ったのち北東方に移動し、16時00分D防波堤灯台から333度4,200メートルの地点で、機関を中立運転とし、漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げたうえ黄色回転灯2個を点灯して、船首を345度に向け、0.9ノットの速力で進行しながら揚網を開始し、同時20分同灯台から334.5度4,770メートルの地点に差しかかったとき、右舷船尾37度2,100メートルのところに自船に向首して接近する飛翔丸を認めることができる状況であったが、これに気付かなかった。
16時24分B受審人は、D防波堤灯台から335度4,870メートルの地点に達したとき、右舷船尾37度410メートルのところに飛翔丸を初めて視認し、その後、衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたが、いつも他船が漁ろうに従事している自船の進路を避けていたことから、いずれ飛翔丸も自船の進路を避けるものと思い、警告信号を行うことなく揚網作業を続け、同時25分少し前同船が至近に迫ってようやく衝突の危険を感じ、機関を微速力後進にかけたが、効なく、広宣丸は船首を345度に向けたまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、飛翔丸は左舷船首部外板に亀裂を、右舷船首部外板に破口をそれぞれ生じ、広宣丸は右舷船首部外板に破口を生じたほか揚網機等が損傷したが、のちいずれも修理された。
また、B受審人の妻が衝突時の衝撃で転倒し、外傷性頸椎傷並びに腰部、胸部及び右膝挫傷を負った。
(原因)
本件衝突は、福岡県藍島北西方沖合において、飛翔丸が、見張り不十分で、漁ろうに従事している広宣丸の進路を避けなかったことによって発生したが、広宣丸が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、福岡県藍島北西方沖合において、漁場へ向け航行中、操舵室内のいすに座って操船した場合、前方に死角が生じていたのであるから、接近する他船を見落とすことがないよう、死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、漁船群に接近したとき、死角を補うためいすの上に立ち上がり、操舵室天井の見張り窓から顔を出して見張りを行っていたものの、漁船群が後方に替わったことから、もはや前路に他船はいないものと思い、その後、いすに座って、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路を低速力で前進しながら漁ろうに従事している広宣丸に気付かず、その進路を避けることなく進行して同船との衝突を招き、飛翔丸の左舷船首部外板に亀裂を、右舷船首部外板に破口を、広宣丸の右舷船首部外板に破口を、揚網機等に損傷をそれぞれ生じさせ、B受審人の妻に外傷性頸椎傷並びに腰部、胸部及び右膝挫傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、福岡県藍島北西方沖合において、設置していた底刺網を揚収中、自船に向首して来航する飛翔丸を視認し、その後、衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めた場合、同船に対して速やかに自船の進路を避けるよう、装備したモーターサイレンにより警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、いつも他船が漁ろうに従事している自船の進路を避けていたことから、いずれ飛翔丸も自船の進路を避けるものと思い、警告信号を行わなかった職務上の過失により、同船との衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。