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平成13年神審第111号
件名

貨物船安洋丸岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年6月20日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(内山欽郎、阿部能正、上原 直)

理事官
安部雅生

受審人
A 職名:安洋丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:安洋丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(旧就業範囲)

損害
船首右舷下部を圧壊

原因
主機逆転減速機の遠隔操縦機構の点検不十分、クラッチの作動確認不十分

主文

 本件岸壁衝突は、主機逆転減速機の遠隔操縦機構の点検が十分でなかったことと、主機遠隔操縦ハンドルを操作した際のクラッチの作動確認が十分でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年4月18日06時30分
 兵庫県姫路港

2 船舶の要目
船種船名 貨物船安洋丸
総トン数 97トン
登録長 30.18メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 551キロワット

3 事実の経過
 安洋丸は、平成6年11月に竣工した船首部にランプウェイドアを有する船尾船橋型鋼製貨物フェリーで、機関室中央部にディーゼル機関を主機として据え付け、主機の船尾側に、株式会社神崎高級工機製作所が製造したYC−850型と呼称する油圧式逆転減速機(以下「クラッチ」という。)を装備し、船橋内の主機遠隔操縦ハンドル(以下「操縦ハンドル」という。)で主機の回転数制御とクラッチの遠隔操縦ができるようになっていた。
 クラッチの遠隔操縦機構は、空気・機械式で、操縦ハンドルを中立位置である垂直から前方または後方に倒すことにより、コントロール弁からの操作空気を空気シリンダに導いてピストンを移動させ、同ピストンの動きをピストンロッド先端のフォーク継手を介してレバーに伝達し、同レバーでクラッチの前後進油圧切換弁を切り換えるようになっており、クラッチの作動は、操縦ハンドルの左側に設けられたクラッチ位置表示灯(以下「表示灯」という。)で確認できるようになっていた。
 ところで、クラッチ遠隔操縦機構のフォーク継手とレバーとは、一端に脱落防止用の座金及び割りピンが挿入された連結ピンで連結されており、点検が容易なクラッチの左舷側上部に取り付けられていた。
 A受審人は、昭和53年I貨物株式会社に船長として入社し、安洋丸には平成13年2月から乗り組んでいたもので、自身の操船中は、専ら空気シリンダのピストンが切り換わる際に発する操作空気の放出音によってクラッチが作動したことを確認していたので、普段から表示灯はあまり注意して見ていなかった。
 B受審人は、I貨物株式会社の社長であるとともに機関及び航海の両免状を受有し、安洋丸には就航時から機関長として乗り組んでいたもので、長年にわたる機関長としての経験から、クラッチの遠隔操縦機構については、フォーク継手とレバーとが連結ピンで連結され、同ピンの一端には脱落防止用の割りピンが挿入されていることを知っていた。
 安洋丸は、就航以来、兵庫県姫路港から同県家島港への生活物資等の定期輸送に従事し、1日1往復の運航を周年にわたって繰り返していたところ、クラッチ遠隔操縦機構のフォーク継手とレバーとを連結する連結ピンに挿入された割りピンが、繰り返し曲げられて脆くなっていたものか、いつしか、同ピンの片方が折損するなどして、抜け出すおそれのある状況になっていた。
 B受審人は、普段、家島港出港前に、潤滑油量、冷却水量及び油水の漏洩などを点検するとともに、船橋でクラッチの作動テストを行っていたほか、機側で、ほぼ1箇月に1回ぐらいクラッチの作動テストを行っていたが、その際、就航以来クラッチの遠隔操縦機構に不具合が生じたことがなかったので大丈夫と思い、同機構の点検を行っていなかったため、フォーク継手とレバーとを連結する連結ピンに挿入された割りピンが抜け出すおそれのある状況になっていることに気付かなかった。
 こうして、安洋丸は、A及びB両受審人ほか1人が乗り組み、フォークリフト1台を載せ、船首0.8メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、同13年4月18日05時30分家島港を発して姫路港飾磨区第1区の飾磨岸壁北端にある岸壁(以下「飾磨北端岸壁」という。)に向かい、主機を回転数毎分840の全速力前進にかけて約9ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で航行するうち、いつしかクラッチ遠隔操縦機構のフォーク継手とレバーとを連結する連結ピンに挿入された割りピンが抜け落ち、間もなく連結ピンが脱落してクラッチの遠隔操作が不能となった。
 A受審人は、06時19分半飾磨東防波堤灯台から345度(真方位、以下同じ。)330メートルの地点において、同速力のまま針路を025度に定め、甲板員を船首配置に就け、飾磨岸壁に沿って続航したのち、同時25分飾磨東第2防波堤灯台(以下「第2防波堤灯台」という。)から012度550メートルの地点に達したとき、針路を飾磨北端岸壁に向く015度に転じ、主機を回転数毎分350の微速力に減じて、4ノットの速力で手動操舵により進行した。
 06時27分A受審人は、飾磨北端岸壁までの距離が250メートルほどになったところで、操縦ハンドルを前進から中立に操作したが、いつもどおり操作空気の放出音がしたのでクラッチが中立に切り換わったものと思い、直ちに表示灯でクラッチの作動を確認しなかったので、クラッチが前進側にかん合したまま進行していることに気付かなかった。
 一方、船橋にいたB受審人は、A受審人が操縦ハンドルを中立に操作したのを見て着岸準備のために船首に赴こうと船橋を出たところ、音と振動とでプロペラが回転していることに気付き、急いで引き返してA受審人に代わって数回操縦ハンドルを操作し、クラッチが操作不能であることを認めたので、06時28分主機を危急停止ボタンで停止させ、右回頭すると着岸中の他船に衝突するおそれがあると判断したことから、そのままの針路で直進した。
 安洋丸は、緊急投錨や機側でクラッチを操作する時間的な余裕がないまま惰力で進行したのち、B受審人が船首を岸壁に直角になるよう操舵して間もなく、06時30分第2防波堤灯台から014度1,120メートルの飾磨北端岸壁に、その船首部が1ノットばかりの速力でほぼ直角に衝突した。
 当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
 衝突の結果、岸壁は鉄板が張られていたので損傷がなかったものの、安洋丸は、船首右舷下部が圧壊し、のち修理された。

(原因)
 本件岸壁衝突は、飾磨北端岸壁に向け入航中、クラッチの遠隔操縦機構の点検が不十分で、フォーク継手とレバーとを連結する連結ピンが脱落して、クラッチの遠隔操作が不能になったことと、着岸するにあたって操縦ハンドルを前進から中立に操作した際、クラッチの作動確認が不十分で、クラッチが前進側にかん合したまま、岸壁に向首進行したこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、飾磨北端岸壁に着岸するにあたって、操縦ハンドルを前進から中立に操作した場合、クラッチが正常に作動していることが確認できるよう、直ちに表示灯でクラッチの作動を確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、いつもどおり操作空気の放出音がしたので、クラッチが正常に作動しているものと思い、直ちに表示灯でクラッチの作動を確認しなかった職務上の過失により、クラッチが前進側にかん合したままであることに気付くのが遅れて岸壁に衝突する事態を招き、安洋丸の船首右舷下部を圧壊させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、クラッチの運転及び保守管理にあたって、定期的に機側でクラッチの作動テストを行う場合、クラッチの遠隔操縦機構に異常がないか確認できるよう、同機構の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、今までクラッチの遠隔操縦機構に不具合が生じたことがなかったので大丈夫と思い、同機構の点検を行わなかった職務上の過失により、フォーク継手とレバーとを連結する連結ピンの割りピンが抜けかけていることに気付かないままクラッチの運転を続けて、連結ピンが脱落して飾磨北端岸壁着岸時にクラッチの遠隔操作が不能になる事態を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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