(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年12月16日07時54分
東京湾中ノ瀬北方
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船高嶋 |
漁船義恵丸 |
総トン数 |
199トン |
4.95トン |
全長 |
59.36メートル |
16.77メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
77キロワット |
3 事実の経過
高嶋は、雑貨類の運送に従事する船尾船橋型貨物船で、A受審人ほか2人が乗り組み、コンテナ貨物約610トンを積載し、船首2.2メートル船尾3.6メートルの喫水をもって、平成13年12月16日06時15分千葉港千葉区袖ヶ浦ふ頭を発し、香川県詫間港に向かった。
出航操船後A受審人は、針路を東京湾アクアライン風の塔灯(以下「風の塔灯」という。)に向けたところで一等航海士と船橋当直を交代して降橋し、朝食をとりながら千葉港港界付近で全速力前進とすること、東京湾東水路中央第3号灯浮標付近で中ノ瀬西方に向けることなどを操舵室の同航海士に大声で指示し、07時27分風の塔灯から209度(真方位、以下同じ。)1.6海里の地点に達したとき、再び昇橋して単独の当直につき、針路を237度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.5ノット(対地速力、以下同じ。)の速力で自動操舵により進行した。
定針後A受審人は、操舵スタンド後方に置いたいすに腰をかけて見張りに当たっていたところ、周囲に気になる他船を見かけなかったことから見張りがおろそかになり、07時40分横浜大黒防波堤西灯台(以下「西灯台」という。)から092度4.1海里の地点に至ったころ、正船首2.7海里に停留中の義恵丸を認め得る状況となったが、これを見落としたまま続航した。
07時51分A受審人は、西灯台から119度2.65海里の地点に達したとき、義恵丸に正船首1,100メートルまで接近し、同船が掲げる漁労に従事していることを示す形象物や、漁網の一部を船尾のやぐらに吊り上げて停留している様子から漁労中であることが分かる状況となり、その後衝突のおそれのある態勢で接近したが、前路に他船はいないものと思い、見張りを十分に行っていなかったため、同船の存在に気付かず、漁労に従事する義恵丸を避けることなく進行した。
そのころA受審人は、操舵室の掃除を思い立って床のぞうきんがけを始め、見張りを行わないまま続航中、07時54分わずか前機関音に気付いてふと立ち上がって前方を見たとき、船首至近に義恵丸を認め、直ちに操舵スタンドにかけよって右舵一杯としたが及ばず、07時54分高嶋は、西灯台から132度2.4海里の地点において、ほぼ原針路、原速力のまま、その船首が、義恵丸の船尾に後方から12度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は下げ潮の初期に当たり、視界は良好であった。
また、義恵丸は、小型底びき網漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、同日05時50分京浜港横浜区第2区本牧ふ頭D突堤南側の係留地を発し、中ノ瀬北方の漁場に向かった。
B受審人は、06時10分西灯台から157度2.3海里の京浜港港界付近において操業の準備にかかり、まもなく漁労に従事していることを示す形象物を掲げて北東方に約2ノットの速力で曳網を開始した。
ところで、義恵丸の漁法は、網口上側に浮子を、下側にチェーン製の沈子をそれぞれ取り付け、長さ10メートルの鉄管の両端を左右の各袖網の間に差し入れて網口を広げた漁網を、同管に取り付けた長さ5メートルの4本のチェーンを介し、船尾から延出した直径10ミリメートルのワイヤ製曳索で引くもので、当時、鉄管から袋網の先端までの長さが25メートル、曳索の長さが150メートルとなっていた。
また、揚網するときは、機関を中立として網口の沈子がウインチ付近に達するまで曳索を巻き取り、その後漁網の一部を海中に残しながら袋網を手でたぐり寄せ、同網をやぐらに吊り上げて漁獲物を甲板上に落としたのち、再び投網して次の操業にかかることにしていた。
07時10分B受審人は、東京湾中ノ瀬西方第3号灯浮標の北西方で反転して針路を南西方に転じ、07時25分前示衝突地点付近に達したとき機関を中立とし、225度を向首した態勢で停留状態となり、いつもの方法で揚網作業にかかった。まもなくB受審人は、袋網をやぐらに吊り上げて漁獲物を甲板上に落とし終えたが、僚船からの無線でこの付近の漁場が不漁であることを知ったため、獲れた魚を整理したあと漁場を移動することとし、漁網の一部を海中に残して袋網を吊り上げたまま、後部甲板に船尾方を向いて腰を下ろし、下を向いた態勢で作業を行っていたところ、周囲の見張りがおろそかになり、同時40分左舷船尾12度2.7海里に来航する高嶋を認め得る状況となっても、これを見落としたまま作業を続けた。
07時51分B受審人は、高嶋を左舷船尾12度1,100メートルに認めることができ、その後自船に向首し、衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが、漁獲物の整理に気を取られ、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、同船に気付かず、警告信号を行うことも、さらに接近して機関を前進にかけるなどの衝突を避けるための措置をとることもなく停留を続けた。
07時54分わずか前B受審人は、船首が波を切るような音を聞き、顔を上げた途端、間近に高嶋の船首を認め、直ちに操舵室に戻りクラッチを前進にかけたが及ばず、義恵丸は、225度を向首したまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、高嶋は、船首部に擦過傷を生じ、義恵丸は、船尾部が脱落して転覆し、のち廃船となった。また、B受審人は、衝突の衝撃で海中に転落したが、近くで操業中の漁船に救助された。
(原因)
本件衝突は、東京湾中ノ瀬北方において、高嶋が、見張り不十分で、漁労に従事する義恵丸を避けなかったことによって発生したが、義恵丸が、見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、東京湾中ノ瀬北方を南下する場合、前路で漁労に従事する義恵丸を見落とすことのないよう、見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、前路に他船はいないものと思い、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、義恵丸の存在に気付かず、漁労に従事する同船を避けることなく進行して衝突を招き、自船の船首部に擦過傷を生じさせ、義恵丸を転覆させて廃船とせしめるに至った。
B受審人は、東京湾中ノ瀬北方において漁労に従事する場合、自船に接近する高嶋を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、漁獲物の整理作業に気を取られ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、高嶋の接近に気付かず、警告信号を行うことも、機関を前進にかけるなどして衝突を避けるための措置をとることもなく操業を続けて同船との衝突を招き、高嶋に前示の損傷を生じさせ、自船を転覆させて廃船とせしめるに至った。