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平成14年門審第12号
件名

引船幸成丸引船列押船日向丸被押台船YK−2001衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年5月16日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西村敏和、千手末年、河本和夫)

理事官
今泉豊光

受審人
A 職名:幸成丸船長 海技免状:四級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:日向丸船長 海技免状:五級海技士(航海)

損害
幸成丸引船列・・・台船の右舷船首部構造物を損傷
日向丸押船列・・・バージの左舷船首部に破口を伴う凹損

原因
幸成丸・・・横切りの航法(避航動作)不遵守(主因)
日向丸・・・動静監視不十分、警告信号不履行、横切りの航 法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、幸成丸引船列が、前路を左方に横切る日向丸押船列の進路を避けなかったことによって発生したが、日向丸押船列が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年10月16日19時20分
 瀬戸内海クダコ水道北口

2 船舶の要目
船種船名 引船幸成丸 押船日向丸
総トン数 143トン 98トン
全長 37.90メートル  
登録長 31.04メートル 24.46メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 882キロワット 882キロワット

船種船名 台船1001 バージYK−2001
総トン数   約1,800トン
全長 73.50メートル 75.56メートル
24.30メートル 15.00メートル
深さ 4.87メートル 6.00メートル

3 事実の経過
 幸成丸は、鋼製作業船兼引船で、A受審人ほか4人が乗り組み、クローラクレーン及び小型作業船など作業用資機材を載せて船首尾とも1.0メートルの喫水となった6,000トン積み台船1001(以下「台船」という。)を、幸成丸の曳航用フックに取った直径90ミリメートル長さ62メートルの曳航索と、台船の船首部両端からV字型に取った直径32ミリメートル長さ25メートルのワイヤロープとを繋いで、幸成丸の船尾から台船の後端までの距離を約146メートルの引船列(以下「幸成丸引船列」という。)とし、船首1.8メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成11年10月16日09時00分関門港を発し、岩手県久慈港に向かった。
 A受審人は、船橋当直を自らと甲板員2人による4時間交替の単独3直制としたものの、船舶がふくそうする海域を航行し、久慈港までの航海時間が長いことから、事故防止のため、前直者又は次直者を当直交替前後の各1時間在橋させて当直者の補佐に当て、自らも常時在橋して操舵室後部のソファで休息をとり、いつでも操船の指揮を執ることができる体制を採っていた。
 幸成丸引船列は、周防灘を東行し、14時40分山口県祝島南端に並航して平郡水道に向かい、16時00分A受審人は、平郡水道に入ったところで船橋当直に就き、前直者を在橋させて、同水道からクダコ水道に至る推薦航路線の右側をこれに沿って東行し、17時00分山口県沖家室島の南東方約1海里を通過したところで、前直者が降橋して単独で船橋当直に当たり、操舵装置の後方でいすに腰を掛け、機関を回転数毎分340の全速力前進にかけ、自動操舵により愛媛県二神島北方の二子瀬戸に向けて進行した。
 ところで、台船には、灯火の設備として、株式会社ゼニライト製作のゼニライトD−2型と呼称する、乾電池を電源とした光達距離4キロメートルの日光弁付き小型標識灯が、船首端から後方約11メートルのところの両舷側及び船尾中央部に、それぞれ舷灯及び船尾灯として設置されていたほか、同社製の白色点滅灯が両舷の各4箇所並びにクローラクレーン及び小型作業船の頂部の合計10箇所に、いずれも発航前に乾電池が新替えされたうえで取り付けられていた。
 A受審人は、日没時刻となったころ、幸成丸にマスト灯3個、両舷灯、船尾灯及び引船灯を表示したほか、マスト頂部に黄色回転灯を点灯し、台船の各灯火が自動点灯していることを確認して続航し、18時30分二子瀬戸を通過してクダコ水道南口に差しかかったところで、いつものように愛媛県クダコ島と怒和島との間の水道に向けて北上した。
 18時45分A受審人は、クダコ島灯台から282度(真方位、以下同じ。)480メートルの地点において、針路を044度に定め、風潮流の影響を受け、右方に3度圧流されて047度の実航針路及び6.4ノットの対地速力で、クダコ水道から愛媛県安居島北西方の安芸灘北航路灯浮標に至る推薦航路線の右側をこれに沿って自動操舵により進行した。
 19時00分A受審人は、風切鼻灯台から117度1,600メートルの地点において、怒和島北東端を通過したとき、次直者が昇橋し、台船の灯火が正常に点灯している旨の報告を受けた。
 19時10分A受審人は、歌埼灯台から245度2.7海里の地点において、右舷船首方に日向丸及びバージYK−2001(以下、「バージ」という。)の表示する白、白、紅、紅4灯を初めて視認し、その状況から押船列(以下「日向丸押船列」という。)であることを知り、レーダーを3海里レンジに切り換えて右舷船首10度2.7海里のところに同押船列の映像を確認した。
 19時12分A受審人は、歌埼灯台から247度2.5海里の地点において、日向丸押船列が右舷船首10度2.0海里のところとなり、その方位に明確な変化がなく、前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近していることを知ったが、いずれ同押船列が台船を曳航中の自船を避けてくれるものと思い、十分に余裕のある時期に右転又は減速して同押船列の進路を避けることなく、いすに腰を掛けたまま同押船列の動静を監視しながら続航した。
 A受審人は、その後も日向丸押船列が自船を避けてくれることを期待していたところ、19時16分少し前歌埼灯台から251度2.1海里の地点に達して、同押船列が方位に明確な変化のないまま1.0海里のところに接近したので、いすから離れて操舵室前面の窓際に立ち、目視により同押船列の動静を注視していたものの、依然として同押船列の進路を避けることなく進行した。
 19時18分半A受審人は、歌埼灯台から255度1.9海里の地点に達し、同押船列が右舷船首10度540メートルのところに接近したとき、同押船列が両舷灯を見せるようになって衝突の危険を感じ、自ら手動操舵に就いたが、もはや右転して同押船列の進路を避ける時機を失していたので、右舷を対して通過しようと考え、針路を4度だけ左に転じて040度とし、曳航索の弛みと台船の惰力とを考慮しながら徐々に減速を始めた。
 こうして、A受審人は、19時19分日向丸押船列が両舷灯を見せたまま300メートルのところに接近したので、機関を半速力前進から停止とし、同時20分少し前、同押船列が台船に接近する状況となったことから、左舵一杯をとって台船を左に回頭させ、同押船列との衝突を避けようとしたが、及ばず、19時20分歌埼灯台から257度1.7海里の地点において、幸成丸引船列は、台船が左に25度回頭して015度を向いたとき、その右舷船首部が、約3ノットの残存速力で、日向丸押船列のバージの左舷船首部に後方から60度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、視界は良好で、付近には0.6ノットの南西流があった。
 また、日向丸は、コルトノズルラダーを装備した2基2軸の鋼製引船兼押船で、B受審人ほか5人が乗り組み、空倉で船首1.3メートル船尾2.4メートルの喫水となったバージの船尾凹部に船首部を嵌合させてピストンで圧着し、全長約88メートルの日向丸押船列として、愛媛県越智郡吉海町所在の造船所での整備を終え、回航の目的で、船首1.8メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、同日17時00分同造船所を発し、山口県下関市六連島沖合に向かった。
 ところで、日向丸押船列は、バージの船首部にジブクレーンを備えていたことから、日向丸の操舵位置からは船首方の両舷にそれぞれ約3度の範囲で死角を生じていた。
 B受審人は、船橋当直を自らと甲板員3人による4時間交替の単独4直制とし、出港操船に引き続いて船橋当直に就き、来島海峡の津島北方を通過して同海峡を西行した後、安居島の南東方に向け、日没時刻となったころ、日向丸にマスト灯2個、両舷灯及び船尾灯を、バージには船首マストのマスト灯を表示せずに両舷灯をそれぞれ表示し、18時40分安居島灯台から147度0.4海里の地点において、針路を240度に定め、機関を回転数毎分330の全速力前進にかけ、風潮流の影響を受けて、左方に2度圧流されて238度の実航針路及び9.0ノットの対地速力で、クダコ水道北口に向けて手動操舵により進行した。
 18時54分B受審人は、歌埼灯台から045度2.3海里の地点において、左舷船首方に幸成丸引船列の白灯を初めて視認し、12海里レンジとしたレーダーにより、左舷船首6度6.6海里のところに同引船列の映像を確認し、その後、同灯火の状況からクダコ水道を北上中の引船列であることを知った。
 19時12分B受審人は、歌埼灯台から287度1,330メートルの地点に達したとき、左舷船首6度2.0海里のところに幸成丸の白、白、白、緑4灯及び台船の緑灯をそれぞれ視認し得る状況で、その後方位に明確な変化がなく、衝突のおそれのある態勢で接近したが、このころ、同引船列の後方を2ないし3隻の船舶がいずれも左舷灯を見せて北上しており、自船と左舷を対して通過する態勢であったことから、同引船列とも左舷を対して通過できるものと思い込み、同引船列の舷灯や方位の変化を確認するなり、レーダーを有効に活用するなどして動静監視を十分に行わなかったので、このことに気付かずに進行した。
 19時16分少し前B受審人は、歌埼灯台から255.5度1.2海里の地点に達したとき、幸成丸引船列が同方位1.0海里のところに、衝突のおそれのある態勢で接近したが、漫然と船橋当直を続け、依然として動静監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かず、警告信号を行うことなく続航した。
 こうして、B受審人は、幸成丸引船列と間近に接近したが、衝突を避けるための協力動作をとることもせずに進行し、19時19分少し過ぎ幸成丸が左舷船首約230メートルのところに迫ったとき、ようやく同船の右舷灯に気付いて衝突の危険を感じ、右舵一杯をとるとともに機関を後進一杯とし、汽笛で短音を連続吹鳴するなどしたが、及ばず、日向丸押船列は、右に75度回頭して315度を向き、ほぼ行きあしが止まったとき、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、幸成丸引船列は、台船の右舷船首部構造物に損傷を生じ、日向丸押船列は、バージの左舷船首部に破口を伴う凹損を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
 本件衝突は、夜間、クダコ水道北口において、互いに進路を横切り、衝突のおそれのある態勢で接近中、幸成丸引船列が、前路を左方に横切る日向丸押船列の進路を避けなかったことによって発生したが、日向丸押船列が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、クダコ水道北口において、台船を曳航中、前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近する日向丸押船列を認めた場合、十分に余裕のある時期に右転又は減速するなどして同押船列の進路を避けるべき注意義務があった。しかるに、同人は、自船は台船を曳航しているので、日向丸押船列の方で自船の進路を避けてくれるものと思い、同押船列の進路を避けなかった職務上の過失により、日向丸押船列との衝突を招き、幸成丸引船列の台船右舷船首部の上部構造物に損傷を、日向丸押船列のバージ左舷船首部に破口を伴う凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、夜間、クダコ水道北口において、幸成丸引船列を認めた場合、衝突のおそれの有無について判断できるよう、動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、同引船列の後方を2ないし3隻の船舶がいずれも左舷灯を見せて北上しており、自船と左舷を対して通過する態勢であったことから、同引船列とも左舷を対して通過できるものと思い込み、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同引船列が右舷灯を見せ、前路を右方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず、警告信号を行うことも、衝突を避けるための協力動作をとることもせずに進行して同引船列との衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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