(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年3月20日11時30分
山口県笠戸島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船栄丸 |
漁船第二えびす丸 |
総トン数 |
4.99トン |
4.83トン |
登録長 |
10.92メートル |
10.31メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
15 |
15 |
3 事実の経過
栄丸は、小型機船底びき網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、妻を同乗させ、操業の目的で、船首0.25メートル船尾1.20メートルの喫水をもって、平成13年3月20日06時00分山口県徳山下松港第3区を発し、同県笠戸島西方沖合の漁場に向かい、07時00分目的の漁場に至り、所定の形象物を掲げて操業を開始した。
ところで、栄丸の漁法は、網口に幅3.5メートル高さ0.3メートルの桁を備えた長さ6メートルの漁網を、船尾両舷から繰り出す直径10ミリメートルのワイヤー製の引き綱2本に連結して投網し、左右の引き綱をそれぞれ約200メートル延出したところで、右舷側の引き綱を少し延ばし、左舷側のそれを少し縮めて舵中央の状態としたまま、機関を全速力前進にかけ、2.5ノットの曵網速力で右回りに直径500ないし600メートルの円を描きながら1回の曵網に約1時間を要したのち、揚網するものであった。
A受審人は、揚網を終えるたびに少しばかり東方に漁場を移して操業を続け、11時10分火振岬灯台から286度(真方位、以下同じ。)1.8海里の地点で、左右の引き綱の長さを調整のうえ、半径約550メートルの円を描くよう右旋回により曵網を開始し、2.5ノットの曵網速力で進行した。
間もなく、A受審人は、後部甲板において妻とともに漁獲物の選別作業に取り掛かり、11時27分火振岬灯台から281度1.6海里の地点に達し、282度に向首したとき、ふと顔を上げて周囲を見渡したところ、左舷船首3度170メートルのところに曵網中の第二えびす丸(以下「えびす丸」という。)を初めて視認し、その船尾方を航過する態勢で接近していたが、同船がそのまま北西方に直進するものと思い、えびす丸と無難に航過するまで、同船に対する動静監視を十分に行うことなく、直ぐに下を向いて再び漁獲物の選別作業を行いながら続航した。
11時27分半A受審人は、火振岬灯台から281度1.65海里の地点に至ったとき、291度に向首した自船の左舷船首5度160メートルに揚網作業を開始したえびす丸を認めることができ、同船が右転して新たな衝突のおそれがある関係を生じたものの、このことに気付かず、避航を促すための有効な音響による信号を行わず、更に大幅に転舵するなどして衝突を避けるための措置をとらないまま進行中、11時30分火振岬灯台から283度1.7海里の地点において、栄丸は、330度に向首したその船首部が、原速力のまま、えびす丸の右舷側後部に後方から80度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風はほとんどなく、視界は良好で、潮候は下げ潮の末期であった。
また、えびす丸は、小型機船底びき網漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、孫1人を同乗させ、操業の目的で、船首0.50メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、同日06時20分徳山下松港第2区を発し、笠戸島西方沖合の漁場に向かい、07時10分目的の漁場に至り、所定の形象物を掲げて操業を開始した。
ところで、えびす丸の漁法は、網口に幅3.7メートル高さ0.3メートルの桁を備えた長さ8メートルの漁網を、船尾中央から繰り出す直径10ミリメートルのワイヤー製引き綱1本に連結して投網し、引き綱を約200メートル延出したところで、機関を全速力前進にかけ、2.5ノットの曵網速力で南北方向に往復しながら1回の曵網に50分ないし1時間半を要したのち、引き綱の巻き上げに3分ほどかかって揚網するものであった。そして、揚網作業の際は、船体中央部右舷側に設置した揚網機を使用して右舷側から漁網を巻き上げるので、速力が1.0ノットに落ち、しかも半径約50メートルの円を描きながら急激に右転し、網口が船縁まで上がるころには船首が90度ばかり回頭する状況であった。
B受審人は、ほとんど同じ漁場で操業を続け、10時ごろ南東方に向けて曵網を開始し、10時30分火振岬灯台から193度1.6海里の地点で、反転を終えて針路を325度に定め、2.5ノットの曵網速力で手動操舵により進行した。
11時20分B受審人は、火振岬灯台から274度1.5海里の地点に達したとき、右舷船首50度750メートルのところにゆっくり右方に旋回しながら船首が南方に向いた曵網中の栄丸を初めて視認し、一見しただけで自船の船尾方に向けて南下しているものと判断し、その後、引き綱の張り具合や前日から手伝いのため乗船中で左舷側に腰掛けた孫の様子を見守りながら続航した。
11時27分半B受審人は、火振岬灯台から282度1.7海里の地点に至り、揚網機の脇で揚網作業を開始したとき、右舷船尾39度160メートルに栄丸が接近していたが、同船がすでに船尾方に替わったものと思い、栄丸と衝突のおそれの有無を確認できるよう、同船に対する動静監視を十分に行わなかったので、同作業に伴って急右転し、自船の船尾方近距離のところを無難に航過する態勢で右旋回中の栄丸に、新たな衝突のおそれがある関係を生じさせたことに気付かず、揚網作業を続けながら進行中、えびす丸は、050度に向首したとき、1.0ノットの速力で、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、栄丸は、船首部外板に擦過傷を生じただけであったが、えびす丸は、右舷側後部外板に破口を生じて沈没し、のち引き揚げられた。
(原因)
本件衝突は、山口県笠戸島西方沖合の漁場において、両船が底びき網漁業に従事中、えびす丸が、曵網を終えて揚網作業を開始する際、動静監視不十分で、右舷船尾方近距離のところを無難に航過する態勢で右旋回中の栄丸に対し、揚網作業に伴う右転により新たな衝突のおそれがある関係を生じさせたことによって発生したが、曵網中の栄丸が、動静監視不十分で、避航を促すための有効な音響による信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、山口県笠戸島西方沖合の漁場において、北西方に向けて底びき網を曵網中、右舷側に無難に替わる態勢で右旋回しながら曵網中の栄丸を視認したのち、揚網作業を開始する場合、同作業に伴って急激に右転するから、同船と衝突のおそれの有無を確認できるよう、栄丸に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、栄丸がすでに船尾方に替わったものと思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、右舷船尾方近距離のところを無難に航過する態勢の同船に対し、右転して新たな衝突のおそれがある関係を生じさせたことに気付かないまま進行して栄丸との衝突を招き、同船の船首部外板に擦過傷及びえびす丸の右舷後部外板に破口をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、山口県笠戸島西方沖合の漁場において、右旋回しながら底びき網を曵網中、左舷船首方に曵網中のえびす丸を視認し、その船尾方近距離のところを航過する態勢で接近する場合、えびす丸と無難に航過するまで、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、えびす丸がそのまま北西方に直進するものと思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船が右転して新たな衝突のおそれがある関係を生じたことに気付かず、避航を促すための有効な音響による信号を行うことも、更に大幅に転舵するなどして衝突を避けるための措置もとらないまま進行してえびす丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。