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 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 衝突事件一覧 >  事件





平成14年横審第3号
件名

漁船安善丸漁船三勝丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年5月14日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(長谷川峯清、黒岩 貢、甲斐賢一郎)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:安善丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:三勝丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
安善丸・・・右舷船首外板にFRPの剥離等
三勝丸・・・前部両舷ブルワークの圧壊、船首甲板の破損等

原因
安善丸・・・見張り不十分、各種船間の航法(避航動作)不遵守(主因)
三勝丸・・・見張り不十分、注意喚起信号不履行(一因)

主文

 本件衝突は、安善丸が、見張り不十分で、前路で漁ろうに従事している三勝丸を避けなかったことによって発生したが、三勝丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年9月7日04時45分
 千葉県勝浦港南方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船安善丸 漁船三勝丸
総トン数 4.9トン 1.3トン
全長   8.80メートル
登録長 11.55メートル  
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 235キロワット 80キロワット

3 事実の経過
 安善丸は、一本釣漁業に従事する船尾寄りに操舵室があるFRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、いか漁の目的で、船首0.35メートル船尾1.65メートルの喫水をもって、平成13年9月7日04時33分千葉県勝浦港を発し、航行中の動力船の灯火を表示し、同時に出航した約10隻の僚船とともに、同県勝浦市八幡埼の南方沖合約6海里の漁場に向かった。
 ところで、発航前にA受審人は、勝浦市地先で固定式刺網漁業に従事する漁船(以下「刺網漁船」という。)の多くが、勝浦港内の船揚場に引き揚げられているのを認め、同月4日に発生した台風15号が前日21時には北緯25度東経150度にあって北西に進んでいたので、うねりが立ち始めるから出漁を見合わせているものと思い、漁場に向かう際に、八幡埼の南南西方沖合約500メートルにある菰根(こもね)と称する岩礁付近の固定式刺網(以下「底刺網」という。)の漁場(以下「菰根漁場」という。)を通航しても、刺網漁船に出会うことはないと思った。
 04時38分A受審人は、勝浦港南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から287度200メートルの地点で、針路を210度(真方位、以下同じ。)に定め、機関を全速力前進が毎分回転数2,100のところ、同回転数1,450にかけ、GPSプロッターに表示された前日の昼間に航行したときの航跡を見ながら、6.2ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、手動操舵によって進行した。
 04時41分半わずか過ぎA受審人は、南防波堤灯台から225度760メートルの地点に達したとき、日出前の薄明時で漸(ようやく)東方の空が白み始めたものの、依然周囲が夜間と同様の暗さの状況のもと、左舷船首50度1,060メートルのところに、三勝丸の航行中の動力船の灯火、黄色回転灯及び作業灯の明かりを認めることができ、同船が漁ろうに従事していることを示す灯火を掲げていなかったものの、勝浦港を基地として入出航を繰り返す遊漁船や漁船であれば、三勝丸がほとんど停留した状態で底刺網漁具(以下「漁具」という。)を揚収していることが分かる状況であったが、出漁している刺網漁船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、三勝丸に気づかず、針路を160度に転じるとともに、機関を毎分回転数1,600に上げ、10.0ノットの速力で、自動操舵として続航した。
 転針後A受審人は、三勝丸に向首して衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが、依然、周囲の見張りを十分に行わなかったので、このことに気づかず、操舵室の後方約3メートルの船尾甲板上に設けられたマストにスパンカを掲げる作業を開始し、前路で漁ろうに従事している三勝丸を避けずに進行中、04時45分南防波堤灯台から186度1,550メートルの地点において、安善丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、三勝丸の右舷前部に前方から40度の角度で衝突し、乗り上げた。
 当時、天候は曇で風力3の北北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期にあたり、視界は良好で、日出時刻は05時15分であった。
 また、三勝丸は、底刺網漁業に従事する船尾寄りに操舵室があるFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、いせえび漁の目的で、船首0.3メートル船尾0.7メートルの喫水をもって、同日04時25分勝浦港を発し、航行中の動力船の灯火を表示し、前日の午後敷設しておいた漁具を揚収するため、菰根漁場に向かった。
 ところで、三勝丸の漁具は、長さ18.5メートル高さ1.2メートルの網地の上下に浮子綱と沈子綱とをそれぞれ取り付けた漁網を1反として数反接続したものを1張りとし、その両端にボンデン及びボンデン綱を取り付けたものであった。B受審人は、平素、菰根漁場では、日没前に潮上から潮下に向かって5反接続した漁具1張りを投網し、一晩置いて翌日日出前に同漁具を約15分間で揚収していた。
 三勝丸は、有効な音響信号を行うことができる笛を操舵室に備え、操舵室天井上部の前部中央に両色灯を、同上部に設けられた灯火用マストの頂部から下方に向かって順に白色全周灯、船尾灯及び紅色全周灯を、船尾マストの頂部に黄色回転灯を、並びに船首マストの船首側に60ワットの、及び同マストの左舷側に設けた揚網ローラー直上に100ワットの各白色笠付き作業灯をそれぞれ備えていた。
 B受審人は、周年にわたって底刺網漁業に従事していたものの、トロール以外の漁ろうに従事している航行中の船舶が表示しなければならない灯火(以下「漁業灯」という。)を装備しておらず、したがって、日没から日出までの間、ほとんど停留した状態で行う漁具の揚収時には、航行中の動力船の灯火のほかに、黄色回転灯1個及び作業灯2個をそれぞれ点灯していたが、成規の漁業灯を表示していなかった。
 こうして、B受審人は、04時33分菰根漁場に到着すると同時に、黄色回転灯1個及び作業灯2個を追加して点灯し、揚網ローラーの船尾側に立ち、同ローラーの横に備えた舵輪、主機ガバナ及び同クラッチ各ハンドルを操作しながら、船首を340度に向け、東西方向に敷設した漁具の西端から、他船が見ればほとんど停留しているように見える程度の極低速力で、東方に向けて漁具の揚収を開始した。
 04時41分半わずか過ぎB受審人は、前示衝突地点において、同じ船首方位のまま漁具を揚収しているとき、安善丸が正船首1,060メートルのところで転針し、その後自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近するのを認め得る状況であったが、自船は黄色回転灯も作業灯も点灯しているので、遠方からでも揚網していることが分かるから、接近する他船が避けてくれるものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、安善丸に気づかず、操舵室に戻って笛を吹くなど有効な音響による注意喚起信号を行わずに、同じ姿勢で漁具の揚収を続けた。
 04時45分少し前B受審人は、正船首間近に安善丸を初めて認め、衝突の危険を感じたが、漁網を揚網ローラーから外すことも切ることもできず、急いで機関を後進にかけたところ、漁網があったため、船首が左方に向いただけで後退せず、改めて機関を前進にかけたが及ばず、三勝丸は、船首が300度に向いたとき、ほとんど停留状態のまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、安善丸は右舷船首外板にFRPの剥離(はくり)損傷及び左舷船首外板に擦過傷、並びに三勝丸は前部両舷ブルワークの圧壊、船首甲板の破損、同甲板上の機器の損傷、船首マストの倒壊及び漁網の破損をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。また、衝突の衝撃で海中に投げ出されたB受審人は安善丸に救助され、1箇月の入院加療を要する右胸部、右臀部及び鼠径部各挫傷、右肋骨骨折並びに右胸部擦過創をそれぞれ負った。

(三勝丸の漁業灯の表示について)
 本件は、日出前の薄明時、勝浦港の南方沖合において、いか一本釣漁場に向けて南下中の安善丸と、成規の漁業灯を表示せず、航行中の動力船の灯火のほかに、黄色回転灯1個及び作業灯2個をそれぞれ点灯し、ほとんど停留した状態で底刺網による漁ろうに従事していた三勝丸とが衝突した事件である。
 以下、三勝丸の漁業灯の表示について検討する。
 船舶が表示しなければならない灯火の目的は、海上衝突予防法の灯火に関する規定に明示されているとおり、船舶の存在、種類、状態あるいは大きさ等を示すことにある。日没から日出までの間、船舶が他船との衝突を防止するためには、まず他船の存在を知ることが不可欠であり、船舶は、他船の存在を知ったのちに初めてその種類や状態、大きさ等を認識することができ、次いで自他両船間の見合い関係を確認し、適用される航法を判断して衝突を防止するために必要な措置をとることができることになる。このためには、法定灯火が適切に表示され、かつ、同灯火を確実に認知できるよう見張りが十分に行われることが必要である。
 三勝丸は、灯火用マストに紅色全周灯を追加して取り付けたものの、成規の漁業灯を装備せず、ほとんど停留した状態で行う漁具揚収時には、航行中の動力船の灯火のほかに、黄色回転灯1個及び作業灯2個をそれぞれ点灯していたが、A、B両受審人に対する各質問調書中に「明かりの具合で刺網漁船が操業していることが分かる。」旨の一致した供述記載にあるとおり、勝浦港を基地として入出航を繰り返す遊漁船や漁船であれば、灯火等の点灯模様と操業海域とにより、成規の漁業灯を表示していなくても、底刺網による漁ろうに従事している漁船であることが推認できる状況であった。しかし、三勝丸の灯火表示は、トロール以外の漁ろうに従事している航行中の船舶が表示しなければならない成規の灯火表示とは合致せず、自船の漁ろうの形態を示したものではないため、他の船舶に対し、適用航法を判断して衝突防止のために必要な措置をとらせることを困難にさせることから、却って衝突の危険性を増大させることにもなりかねず、成規の漁業灯を適切に表示していなかったと言わざるを得ない。
 しかしながら、事実の経過に示したとおり、本件発生当時、安善丸の見張りが不十分であったことから、三勝丸が成規の漁業灯を適切に表示していなかったことは、本件発生の原因をなしたものとは認めないが、今後、B受審人が、日没から日出までの間、漁ろうに従事するときには、自船の存在はもちろんのこと、種類、状態及び大きさ並びに漁ろうの形態等を他の船舶に明瞭に知らせることができるよう、成規の漁業灯を装備して適切に表示しなければならない。

(原因)
 本件衝突は、日出前の薄明時、勝浦港南方沖合において、いか一本釣漁場に向けて航行中の安善丸が、見張り不十分で、前路で底刺網による漁ろうに従事している三勝丸を避けなかったことによって発生したが、三勝丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、日出前の薄明時、勝浦港南方沖合において、いか一本釣漁場に向けて航行する場合、底刺網による漁ろうに従事している三勝丸を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、発航前に多くの刺網漁船が船揚場に引き揚げられているのを認めていたので、出漁している刺網漁船はいないものと思い、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、三勝丸に気づかず、同船を避けずに進行して衝突を招き、安善丸の右舷船首外板にFRPの剥離損傷及び左舷船首外板に擦過傷、並びに三勝丸の前部両舷ブルワークに圧壊、船首甲板に破損、同甲板上の機器に損傷、船首マストの倒壊及び漁網に破損をそれぞれ生じさせるとともに、B受審人に1箇月の入院加療を要する右胸部、右臀部及び鼠径部各挫傷、右肋骨骨折並びに右胸部擦過創をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は、日出前の薄明時、勝浦港南方沖合において、底刺網による漁ろうに従事する場合、自船に向首して接近する安善丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、接近する他船が避けてくれるものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、安善丸に気づかず、笛を吹くなど有効な音響による注意喚起信号を行わないまま漁具の揚収を続けて同船との衝突を招き、前示の事態を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。


参考図
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