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平成13年第二審第30号
件名

漁船第五おの丸潜水者負傷事件〔原審仙台〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成14年5月16日

審判庁区分
高等海難審判庁(宮田義憲、山?重勝、森田秀彦、吉澤和彦、川本 豊)

理事官
伊藤 實

受審人
A 職名:第五おの丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:潜水者 

損害
おの丸・・・損傷ない
潜水者・・・右尺骨開放骨折

原因
潜水者が自己の存在を示す措置不十分

二審請求者
補佐人村上 誠

主文

 本件潜水者負傷は、潜水者が、自己の存在を示す措置をとらなかったことによって発生したものである。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年5月30日13時56分
 新潟県柏崎朝日海岸椎谷大崎石地地区沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第五おの丸
総トン数 0.7トン
全長 6.77メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 18キロワット

3 事実の経過
 第五おの丸(以下「おの丸」という。)は、さし網漁業等に従事する船外機付き和船型FRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、きす網を投網する目的で、船首0.2メートル船尾0.3メートルの喫水をもって、平成11年5月30日13時50分新潟県柏崎朝日海岸椎谷大崎石地地区(以下「大崎海岸」という。)の係留地を発し、北東方沖合300メートルばかりの漁場に向かった。
 ところで、大崎海岸は、海岸線が北東から南西方向に延びる総延長約2.5キロメートル、幅20メートルないし30メートルの砂浜で、夏期には海水浴場として賑わい、沖合70メートルばかりのところには、海岸線とほぼ並行して数箇所に消波堤が築造され、各消波堤の間は小型漁船が通航できるようになっていた。また、同堤付近の水域はさざえ等が生息する岩場で、A受審人所属の地元漁業協同組合等による共同漁業権が設定され、7月15日から9月13日までの間のみ潜水漁業が許可されており、同漁業協同組合は、潜水者と航行漁船等との事故防止を図るため、潜水漁業を行う際には、航行船から潜水者の存在が明確に視認できるよう、白色あるいは黄色の浮体を10個ほど巻きつけた直径60センチメートル(以下「センチ」という。)ないし70センチ、深さ80センチないし90センチのプラスチック製の浮き樽を潜水場所付近に設置するように指導していた。
 A受審人は、消波堤と消波堤との間を通過した後、同堤沿いを北東方に進行し、13時52分半少し過ぎ漁場に到着してさし網1統を投じた後、2統目の投網地点に向かうこととし、同時54分少し過ぎ椎谷鼻灯台から030度(真方位、以下同じ)2,530メートルの地点において、針路を202度に定め、機関を13.1ノット(対地速力、以下同じ。)の速力として進行した。
 A受審人は、船尾左舷側に立ち、右手に船外機のハンドルを握って続航していたところ、13時55分半左舷船首32度195メートルのところに、海水に浸かって立っている上半身裸体姿のB指定海難関係人の友人である男性1人(以下「友人」という。)を消波堤の間に視認し、その付近一帯が禁漁時期となっている水域であったところから、その姿に不審を抱き、サザエ等を採捕しているようなら注意するつもりで同人に接近することとした。
 13時55分半わずか過ぎA受審人は、椎谷鼻灯台から033度1,970メートルの地点に達したところで、針路を183度に転じ、機関を11.7ノットに減速したとき、ほぼ正船首168メートルのところに素もぐりをするB指定海難関係人が浮上していたものの、その時間が短かかったこと及び同人が潜水場所付近の海面に周囲から視認しやすい標識を浮かべるなど、潜水時の自己の存在を示す措置をとっていなかったことから、同人を視認することができずに進行した。
 A受審人は、13時55分半少し過ぎB指定海難関係人が再び潜水し、その姿が海中に没して同人の存在が見届けられなくなったなか、同一針路、速力で続航中、同時56分わずか前船首至近にB指定海難関係人が突如浮上し、13時56分椎谷鼻灯台から036度1,825メートルの地点において、おの丸は原針路、原速力のまま、その左舷船尾がB指定海難関係人に接触した。
 当時、天候は晴で、風力1の北風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で、海上は平穏であった。
 A受審人は、衝撃を感じ、浮上しているB指定海難関係人を初めて認め、急いで同人を収容して係留地に帰航し、救急車で病院に搬送するなどの事後措置に当たった。
 また、B指定海難関係人は、新潟県柏崎市に在住する建具職人で、同月30日が日曜日で天候がよく、暑い日であったところから、友人の誘いで潜水遊泳をすることになった。
 B指定海難関係人は、13時ごろ同市内の友人の事務所から車で出発して、同時30分ごろ大崎海岸に到着し、薄い青色の海水パンツに着替え、黄縁の水中眼鏡、シュノーケル及び紫色の足ひれを装着して耳栓をし、同時35分ごろおの丸の発航地点付近の砂浜から友人とともに遊泳を始めた。
 13時50分ごろB指定海難関係人は、消波堤の外側に当たる、沖合100メートル、水深2.5メートルばかりの前示接触地点付近に至り、潜水遊泳をしながらサザエを採捕することとしたが、漁船等の通航が予想されたから、同船から視認できるよう、潜水場所付近の海面に標識を浮かべるなど、潜水時の自己の存在を示す措置をとらずに潜水を開始した。
 一方、友人は、B指定海難関係人から南東方50メートルばかりの水面下にある岩に立ち、潜水しないで水中を覗き、時々同人の所在を確認しながらサザエを探し始めた。
 B指定海難関係人は、15秒ないし20秒間潜水すると息継ぎのために浮上し、友人の立つ位置を確認して自らの遊泳位置を確かめ、その後顔面を水中に伏せ、シュノーケルで呼吸をして10秒ないし20秒間海底を見ながら、足ひれを使用して移動し、適当な場所で再び潜水するという方法を交互に繰り返していた。
 B指定海難関係人は、13時55分半わずか前浮上し、同時55分半わずか過ぎ同人の位置から168メートルのところにおの丸が存在し、その後同船が自らに向首して接近していたものの、これに気付かないまま、同時55分半少し過ぎ再び潜水した。
 B指定海難関係人は、13時56分わずか前西方を向いて浮上したとき、機関音を聞いて振り返り、おの丸を初めて認めて体を替わそうとしたが及ばず、前示のとおり接触した。
 その結果、おの丸は、損傷がなかったが、B指定海難関係人は、3箇月半の安静加療を要する右尺骨開放骨折を負った。

(主張に対する判断)
 本件潜水者負傷は、新潟県柏崎朝日海岸椎谷大崎石地地区沖合において、漁場移動中のおの丸が、潜水者に接触し、同人を負傷させたものであるが、B指定海難関係人側の主張に対して、以下のとおり判断する。
 (1) B指定海難関係人側は、「A受審人は、友人を認め、同人がサザエをとりにきているのではないかと考えた。サザエとりは複数の人で来ることもあるという認識はもっていた。したがって、友人以外の人が他にいるのではないかという認識をもってしかるべきであり、B指定海難関係人の存在を全く予測しなかったという過失がある。」と主張する。
 A受審人は、単に「サザエとりは複数の人で来ることもある。」と述べているのではなく、「普段サザエをとりに来る人は、1人のこともあるし、グループで来ることもある。このような時期にサザエをとりに来た人は見たことがない。」旨供述しているのであり、B指定海難関係人側の主張は、その言の一部分だけをとらえたものである。
 それどころか、A受審人は、「B指定海難関係人が潜水を繰り返していた辺り一帯は水深2.5メートルぐらいで禁漁区であった。漁業協同組合の組合員はこの時期に潜ることはできないし、5月末の水の冷たい時期に一般の人が潜っているとはとても考えられない。サザエをとりに来る人達には通常見張り役みたいな人はいない。岩場に立っている友人以外その付近に他の誰もいなかった。友人以外にも誰かいるかもしれないとは思わなかったし、付近に人が潜っているかもしれないとは全く思わなかった。」旨供述している。また、B指定海難関係人自らが、「表層流で位置が移動した。浮上の度に顔を上げて友人の位置を見ることによって自らの位置を確認していた。当日は天気がよく、友人の誘いがあったので、年度が替わってはじめて遊泳にきた。」旨述べており、そしてK証人は、「当日は暑い日であった。普通は寒くて5月には素もぐりはできない。通常は6月の終わりから8月の始めぐらいだと思う。5月に潜ったのは初めてのことで、これまでに潜ったことはない。」旨述べている。
 これらの供述から明らかなように、接触地点付近の水域は、禁漁区であったばかりか、潮の流れのある水深2.5メートルにも達する消波堤の外側の外洋であり、しかも季節的に遊泳に適した時期でもなかったのであり、A受審人が岩場に友人を認めたからといって、その付近に潜水遊泳している人がいるかも知れないと予測することは到底無理というべきである。
 (2) 次に、B指定海難関係人側は「前示予測の上、注意をして見ていれば、短時間ではあれ、浮上しているときのB 指定海難関係人を認める可能性があった。また、そうであれば浮上に備えて減速するなどして同人との衝突を回避できた。」旨主張する。
 B指定海難関係人側が主張するとおり、可能性を問うのであれば、究極的にはどのような状況であれ、存在したのだから見出すことは可能であったとの論理に帰着し、可能性をうんぬんせずとも不可能ではないことになる。結局、可能性の存否ではなく、経験と知識の十分ある通常の船長が、当時の状況下において、潜水遊泳者が浮上してその視認が可能とされた時間及びそのときの同人との離隔距離等から、遊泳者を認め得たかどうかということである。
 例え、前示予測があったとしても、常時頭を水面から出して浮上していたというのであればともかく、水中から浮上した直後に頭を上げるだけで、秒単位の極めて短時間の浮上を経て再度たちまちのうちに水中に没することの繰り返しというのであれば、その視認は極めて困難となる。一方、浮上遊泳中においても、足ひれを装着し、顔面を水面に伏せて移動している場合にあっては、通常の素足での遊泳とは異なり、しぶきがあがらず、その上波の発生が少ないことから、その視認は困難である。
 B指定海難関係人は「潜水時間は15秒ないし20秒、浮上時間は10秒ないし20秒で、潜水と浮上息継ぎを交互に繰り返してサザエを探した。」旨供述しているので、遊泳者の視認可能な時間及び距離において、遊泳者に最も有利な場合の潜水時間15秒、浮上時間20秒を採用すると、同人は事件発生の37秒前から17秒前の間浮上していたことになり、その間のおの丸から遊泳者までの距離は220メートルから100メートルとなる。しかしながら、おの丸が同区間を航走する間にB指定海難関係人が海面から顔を上げた地点は、おの丸から220メートル、あるいは浮上時間を最少の10秒にとって27秒前にしたとしても、160メートルの地点となり、その後顔面を水面に伏せて足ひれで前進し、そのまま潜水に移ったというのであるから、A受審人に対して、おおよそ遊泳者の視認が可能であったということはできず、また、水中から船首至近に突如浮上したB指定海難関係人をわずか2秒ほどで回避する余裕はなかったと解するのが相当である。
 以上のことから、B指定海難関係人側の主張は、理由がなく、これを是認することはできない。

(原因)
 本件潜水者負傷は、新潟県柏崎朝日海岸椎谷大崎石地地区沖合において、潜水者が、自己の存在を示す措置をとらなかったことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 B指定海難関係人が、新潟県柏崎朝日海岸椎谷大崎石地地区沖合において、潜水遊泳する際、潜水場所付近の海面に周囲から視認しやすい標識を浮かべるなど、潜水時の自己の存在を示す措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって、主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成13年9月7日仙審言渡
 本件潜水者負傷は、第五おの丸が、見張り不十分で、潜水者を避けなかったことと、潜水者が、自己の存在を示す措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図
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