日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 死傷事件一覧 >  事件





平成13年広審第72号
件名

えい船56号作業員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成14年3月27日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(横須賀勇一、?橋昭雄、西林 眞)

理事官
安部雅生

指定海難関係人
N造船株式会社 業種名:造船業

損害
作業員1人が頚髄・脳挫傷により死亡

原因
造船業者の高所作業に対する安全確保不十分

主文

 本件作業員死亡は、乾ドックに上架中のえい船56号の防舷材取り付け復旧工事を行う際、造船業者の高所作業に対する安全確保が不十分で、舷側に組み立てた高所作業床の端に墜落防止用の手すり等を設けなかったことによって発生したものである。


理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年6月11日16時10分
 広島県能美島

2 船舶の要目
船種船名 えい船56号
排水量 190トン
全長 25.7メートル
7.0メートル
深さ 3.2メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,102キロワット

3 事実の経過
 えい船56号は、ゴム製防舷材を外舷側全周にわたり上、中、下段の3層に装備した、海上自衛隊呉警備隊呉港務隊に所属する搭載人員10人の第一種支援艦と称する鋼製引船で、平成13年5月11日から指定海難関係人N造船株式会社(以下「N造船」という。)において、サンドブラストを含む定期検査工事を施行することになり、5月29日1号ドックに入渠して上架された。
 1号ドックは、全長87.68メートル、幅31.00メートルで、渠底には、中心線に沿って高さ0.8メートルの盤木が据えられ、左右両端には高さ9.00メートル幅4.35メートルの中甲板が設備された鋼製箱型非自航式の浮ドックであった。
 N造船は、本社・工場を広島県能美島に置き従業員数47名で造船業を営み、構内に船台1基及び浮ドック2基を有して各種鋼船の新造及び修理、海洋構造物の建造等に従事しており、代表者代表取締役Aを統括安全衛生責任者とし、社内で安全衛生管理機構図を作成して工務部長Bを安全衛生推進者兼同管理指導者に、工務部次長C及び同Dをそれぞれ安全衛生推進者代理に定め、3人による安全衛生管理指導体制を組み、協力会社4社を参加させて運営にあたり、同社従業員及び協力会社に対しては、月例の安全衛生委員会を設置するとともに、平成13年度安全衛生行事計画表を作成し、全従業員が集合する朝礼集会の10分程度の安全講話の中でこれを伝達していた。
 また、N造船は、人手不足解消のため、外国人労働者を雇用し、雇用時ブラジル人に対してはポルトガル語によるビデオ説明を行うなど安全衛生教育を実施していた。そして、10年ほど前来日した日系ブラジル人のR(以下「R」という。)を2年半ほど雇用し、その後2度入退社を繰り返したのち、同人を同12年6月から再雇用し、日本語の日常会話能力も身につけており、造船課雑工職に配属して技能講習を受けさせ、鉄工組立の補助作業を主に必要に応じて各種作業を与えていた。
 ところで、N造船は、D工務部次長をえい船56号の工事責任者とし、工事要領書に従い同船のサンドブラスト及び船底塗装等の船底外板工事を協力会社に請け負わせることにしたものの、同工事に伴う高所作業床の組立及び高所作業となる防舷材の付帯工事について作業責任者を定めず、高所作業の安全確保に対しては、作業が単純で継続的な作業であることから、同次長が現場で各作業員を指導していた。
 一方、えい船56号は、船底及び外板の水洗いの後、平成13年5月31日に4人ほどの従業員によって同船の外周に軽量鉄骨及び丸太により高所作業床が組み立てられ、左舷側船首部から船尾部にかけて長さ1.7メートル幅1.2メートルの門形の軽量鉄骨パイプ2個を、2組の筋交いで足を形成し、それを2段に積み上げて高さ3.4メートルの足を組み、右舷側には、丸太を使用して作業床の高さが軽量鉄骨の足と同じになるように足を組み、それぞれ上部に厚さ6センチメートル(以下「センチ」という。)幅30センチ長さ3.5メートルの材木板を3枚並べて高さ3.5メートルの高所作業床が設置された。
 このとき、N造船は、高所作業の安全確保のため高所作業床の端に墜落防止用の手すり等を設ける必要があったが、えい船56号の外周に組み立てた高所作業床の端に墜落防止用の手すり等を設けて安全確保を十分にとることなく、同船の作業が続行され、同年6月1日から4日にかけて同船の防舷材を取り外し、6日及び7日に外舷のサンドブラスト、8日から10日に船底塗装を行い、塗装と並行して9日から11日にかけ、高所作業床を利用して船体外板の板厚測定及び防舷材の取り付けを行っていた。
 また、防舷材は、長いもので8メートル短いもので1メートルで、3層目の防舷材は厚さ20センチ幅25センチで延べ長さ40メートルになる防舷材を支える形で舷側に厚さ0.6センチ幅12.5センチのフラットバー2筋を溶接し、その間に防舷材を挟み40センチ間隔でそのフラットバーと防舷材に長さ25センチのステンレス鋼製六角ボルトをボルトの頭を上にして貫通させ、フラットバーの下部からナットを入れてスパナで締め付け、船体に固定するものであった。
 こうして、同年6月11日N造船は、07時48分構内正門付近でいつものように、社長訓示、工務関係の伝達及び一般的な安全に関する注意を行ったのち、従業員が作業班に別れて作業に取りかかり、えい船56号の作業については、従業員3人が、左舷側中央部の2層目と3層目の防舷材の取り付け及びボルトの増し締め作業を船首方へ移動しながら続け、他の従業員1人とインドネシア研修生1人と一緒に右舷側中央部から船首方へ防舷材の固定作業を進め、右舷側のほぼ船首付近に至り、昼食後再開して作業を続行した。
 一方、Rは、15時ころ、えい船56号外板のフラットバーのサンダーかけを終えて従業員Eと2人で防舷材の固定作業を左舷側中央3層目から船尾方に向かって開始し、長さ約30センチの両口眼鏡スパナを使ってボルトの頭を回し、同従業員がモンキースパナの柄に鉄パイプを挿入して防舷材下部のナットの頭を押さえる作業を続け、16時09分ころ船尾右舷端の最後のボルトを中腰の姿勢で両手で同スパナの柄を持ってボルトを締め付けているとき、はずみでボルトの頭から同スパナが外れて体の平衡失ったところ、高所作業床の端に手すり等が設置されていなかったので、16時10分1号ドックのえい船56号の外周に組み立てられた高所作業床から3.5メートル下の鋼鉄製渠底に墜落し、その際、保護帽が外れて頭部を強打した。
 当時、天候は晴で、風力2の南西風が吹いていた。
 R(西暦1962年1月26日生)は、直ちに大君浜井病院に収容されたが同日18時20分頚髄・脳挫傷により死亡した。
 D工務部次長は、営業業務を終えて広島市内からの帰路、電話で本件発生を知らされ、事後の措置に当たった。
 本件発生後、N造船は、災害発生状況及びその原因を調査した結果、足場組立当初から高所作業床の端に手すりが設けられないまま作業が継続されたことから、高所作業床の端に手すり等設置の徹底及び点検項目を明記した安全パトロール実施要領を策定してチェック体制を強化し、更に非常事態を発令して従業員全員に対して更なる安全意識の高揚を図るなど同種事故の再発防止策を講じた。

(原因)
 本件作業員死亡は、乾ドックに上架中のえい船56号の防舷材の取り付け復旧工事を行うにあたり、造船業者の高所作業に対する安全確保が不十分で、舷側に組み立てた高所作業床の端に墜落防止用の手すり等を設けず、高所作業床で防舷材固定ボルト締め付け中の作業員が体の平衡を失して渠底に墜落したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 N造船が、高所作業に対する安全確保が不十分で、えい船56号の舷側に組み立てた高所作業床の端に墜落防止用の手すり等を設けなかったことは、本件発生の原因となる。 
 N造船に対しては、本件発生後、高所作業床の端に手すり等の設置を徹底し、そのチェック体制を強化するなど同種事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION