(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年9月20日08時30分
鹿児島県上甑島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十六海盛丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
16.99メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
558キロワット |
回転数 |
毎分1,400 |
3 事実の経過
第十六海盛丸(以下「海盛丸」という。)は、平成2年6月に進水した、中型まき網漁業に従事するFRP製網船で、主機として、ヤンマーディーゼル株式会社が製造した6N160−EN型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の遠隔操縦装置、計器盤及び警報盤を備えていた。
主機は、燃料油にA重油を使用する間接冷却機関で、各シリンダに船尾側を1番として6番までの順番号が付けられ、クランクピン径125ミリメートル、ジャーナル径145ミリメートルの特殊鋼製一体形クランク軸を有し、主軸受及びクランクピン軸受にはそれぞれ薄肉完成メタルが使用されており、動力取出軸で交流発電機、揚網用及び操舵機用各油圧ポンプなどを駆動できるようになっていた。
主機の潤滑油系統は、総量235リットルの潤滑油が、クランク室下オイルパンから直結の潤滑油ポンプで吸引して加圧され、潤滑油こし器から同油冷却器を経て同油主管に導かれ、主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受など各軸受部の潤滑と冷却を行ったのち、オイルパンに戻って循環するようになっており、定格回転時、同油主管において、圧力が5ないし6キログラム毎平方センチメートルに調整されていた。
ところで、主機の潤滑油は、燃料油、冷却清水及び冷却海水のほか、運転中に生じたカーボンやスラッジなどの燃焼生成物の混入により汚損劣化が進行するため、主機の運転や整備状況などを考慮して潤滑油の取替え時期を決定する必要があり、機関メーカーは、潤滑油こし器の掃除を運転時間200ないし250時間ごとに、潤滑油の取替えを400時間ごとにそれぞれ行うよう取扱説明書に記載していた。
海盛丸は、鹿児島県脇本漁港を基地として、僚船の灯船及び運搬船とともに14時ごろ出港して甑島列島周辺の漁場に至って操業し、翌朝08時ごろ帰港する形態で、1箇月あたり13回ほど出漁し、これを周年繰り返していた。
A受審人は、平成2年10月から船長として乗り組み、機関の運転管理にも当たり、主機の潤滑油量の点検と補給を出港前に行い、潤滑油を6箇月ごとに業者に依頼して取り替えていたものの、就航後、大きな故障がなかったことから、ピストン抜出し及びシリンダヘッド整備などの開放整備は行わず、月間約230時間の主機の運転に従事していた。
主機は、ピストンリングやシリンダライナが摩耗して燃焼ガスがクランク室に漏洩するようになり、カーボンやスラッジなどの燃焼生成物が潤滑油に混入して潤滑油の汚損劣化が進行し、クランクピン軸受及び主軸受など各メタルが摩耗し始め、摩耗粉などの不純物が潤滑油に混入する状況となった。
A受審人は、平成12年3月中旬に主機潤滑油の取替えを業者に行わせた際、同業者から潤滑油が汚損劣化している旨の指摘を受け、その後、操舵室で主機を始動する前に潤滑油量の点検を行っていたところ、燃焼生成物や不純物の混入により、同油の汚損劣化を認めたが、潤滑油圧力に異状がなかったことから大事に至ることはないものと思い、適正間隔で潤滑油を取り替えるなどの潤滑油の性状管理を十分に行うことなく、消費量に見合う分を補給するのみで運転を続けていたので、クランクピン軸受及び主軸受など各メタルの摩耗が進行していることに気付かなかった。
こうして、海盛丸は、A受審人ほか10人が乗り組み、操業の目的で、9月19日15時00分脇本漁港を発し、甑島列島西方沖合の漁場に至り、僚船とともに操業に従事し、翌20日07時30ごろ操業を終えて同港に向かい、主機を回転数毎分1,400にかけて約10ノットの速力で航行中、潤滑油に混入した不純物などにより著しく摩耗していた3番シリンダクランクピン軸受メタルが連れ回りするとともに、同ピストンピン軸受及び主軸受など各メタルが焼損し、08時30分縄瀬鼻灯台から真方位001度1.0海里の地点において、主機が異音を発した。
当時、天候は晴で風力2の東南東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、操舵室で操船中、異音に気付いて主機を毎分450のアイドリング回転としたところ、異音が聞こえなくなったので、再び毎分1,400に増速したとき、異音が大きくなったことから停止し、機関室へ赴き、3番シリンダヘッドカバーが高温となっていることを認め、航行不能と判断して僚船に援助を要請した。
海盛丸は、僚船に曳(えい)航されて脇本漁港に帰港し、主機を開放した結果、全数のクランクピン軸受、3番シリンダピストンピン軸受及び主軸受の各メタルが焼損していたほか、クランク軸、3番シリンダピストン及び連接棒などが損傷していることが判明し、のち修理期間と漁期の関係で主機が新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油の性状管理が不十分で、同油が汚損劣化したまま運転が続けられ、クランクピン軸受メタルの摩耗が進行してクランクピン及びピストンピン各軸受などの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機潤滑油が汚損劣化していることを認めた場合、主機各部の潤滑が阻害されることのないよう、適正間隔で潤滑油を取り替えるなどの潤滑油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、潤滑油圧力に異状がなかったことから大事に至ることはないものと思い、潤滑油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、クランクピン軸受メタルの摩耗が進行していることに気付かず、3番シリンダクランクピン軸受メタルの連れ回りによる潤滑阻害を招き、全数のクランクピン軸受、ピストンピン軸受、主軸受、クランク軸及びピストンなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。