(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年11月3日09時40分
宮城県金華山北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五きよ丸 |
総トン数 |
167トン |
登録長 |
32.01メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
回転数 |
毎分1,000 |
3 事実の経過
第五きよ丸(以下「きよ丸」という。)は、昭和60年3月に進水のさんま棒受網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、株式会社新潟鉄工所(以下「新潟鉄工所」という。)が製造した6PA5L型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機の各シリンダには船首側を1番とする順番号を付し、推進器として、可変ピッチプロペラを備えていた。
主機のクランク軸は、ジャーナル部及びピン部とも直径195ミリメートル(以下「ミリ」という。)の表面に高周波焼入れを施した一体型の鍛造品で、また、クランクピン軸受は、オーバーレイ、ニッケルダム、ケルメットの各層及び裏金からなる完成メタルで、上メタルには、油溝が油穴から回転方向に半周、下メタルには、油溝が全周にわたってそれぞれ設けられていた。
ところで、主機のクランクピンは、ピストン及び連接棒の慣性力の影響を受けて、ピストンが上死点になったとき、下メタルの強い当たりを受けるが、油溝に相対する部分は当たりがないため、長時間運転されるうち、同部分が凸状となるいわゆる段摩耗を生じ、ピストンが下死点となったとき、この段摩耗部が、上メタルの油溝のない部分に局部的に強く当たり、オーバーレイ及びニッケルダム各層の剥離や早期摩耗を招くことになるので、N鉄工所では、段摩耗部の高さの許容値を0.010ミリとし、これを超えている場合、同摩耗部を砥石やペーパーで削正するようにとの技術情報を作成し、S鉄工所のサービスステーションである機関整備会社などの関係箇所に配布していた。
A受審人は、きよ丸の新造時から一等機関士として乗り組み、平成10年8月機関長に昇進し、一等機関士ほか機関部員2人を指揮して機関の運転管理に従事し、主機については、ピストン抜きを伴う整備を毎年3月から4月にかけてS鉄工所のサービスステーションである株式会社S鉄工所(以下「S鉄工所」という。)に発注していたが、主機クランクピンに生じることがある段摩耗については、同鉄工所から技術情報を受けていなかったこともあって、段摩耗の状況を点検する必要があることを知らなかった。
B指定海難関係人は、S鉄工所で技術員として主にサービス業務などに従事し、平成11年3月に同鉄工所を定年退職して翌々5月にS鉄工所の工場長に着任し、技術部門の責任者として機関整備業務に従事していたが、主機クランクピンの段摩耗については、S鉄工所に勤めていたころより、十分に情報を得ていて承知していた。
同12年3月ごろB指定海難関係人は、きよ丸の中間検査工事を自ら直接手掛け、主機クランクピン表面を触手点検したところ、段摩耗が進行しているのを認めたが、翌年までは何とかもつだろうと思い、同摩耗部を削正しないまま復旧した。
その後きよ丸は、北海道沖合から三陸沖合を南下しながら操業を繰り返していたところ、同年11月2日未明その日の操業を終え、金華山北東方沖合の漁場から宮城県女川港に向けて、主機を回転数毎分1,000翼角を前進18度の全速力で帰港中、04時10分金華山北東方40海里ばかりにおいて、主機直結冷却海水ポンプのインペラ軸の折損により冷却海水が途絶して冷却清水温度上昇警報が作動した。折しも当直交代時で、機関室にいた一等機関士と操機長は、同警報の作動に気付いて主機の回転を下げ、機関室内を点検したところ、水線下に位置していた同ポンプの海水吸入管に親指大の腐食穴が生じ、これより海水が漏れ出ているのを認め、操機長が自室で就寝中のA受審人にこのことを報告した。
A受審人は、機関室に急行し、冷却海水が途絶して冷却清水膨張タンクの清水が沸騰し、潤滑油温度が摂氏100度に達しているのを認め、04時20分主機を停止し、冷却海水の途絶が冷却海水ポンプのメカニカルシールの衰耗によるものと考え、腐食穴部分にゴムチューブを巻いて応急措置を施したうえ、雑用水系統から海水を通水させ、高温となっていた清水及び潤滑油を電動ポンプで循環させながら主機を冷やし、05時50分運転を再開して低速力で運航を継続したが、このとき主機クランクピン軸受は、潤滑油温度の異常上昇により同油の粘度が低下し、油膜が破壊されてかじり傷を生じている状況であった。
09時20分きよ丸は女川港に帰港し、A受審人は、主機の修理を整備業者に依頼したが、冷却海水系統さえ修理しておけば大丈夫と思い、クランクピン軸受を開放点検せず、冷却海水ポンプの予備ポンプへの取替えと海水吸入管の切継ぎ修理とを行わせたのみであったので、同軸受にかじり傷を生じていることに気付かなかった。
こうして、きよ丸は、A受審人ほか17人が乗り組み、操業の目的で、船首2.5メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、翌3日08時40分女川港を発し、金華山北東方90海里ばかり沖合の漁場に向け、主機を回転数毎分1,000翼角を18度の全速力前進として、主機に最大負荷をかけて航行するうち、6番クランクピン軸受が段摩耗とかじり傷とによる金属接触が拡大して焼き付き、09時40分金華山灯台から真方位014度13.0海里の地点において、主機が異音を発した。
当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、海上は穏やかであった。
自室で休憩していたA受審人は、異音に気付いて急ぎ機関室に入り、潤滑油圧力が常用値の5.5キログラム毎平方センチメートルから5.0キログラム毎平方センチメートルに低下していることを認め、直ちに主機を止め、油通しとターニングをしながら、クランク室内を点検したところ、6番クランクピン軸受からの油の流出が多く、ピストン内側から落下する冷却油がほとんどないことを認め、同軸受メタルが連れ回ったものと判断し、主機が運転不能となった旨を船長に報告した。
きよ丸は、僚船に引かれて女川港に帰港したのち宮城県石巻港に回航され、同地において主機が開放点検されたところ、前示損傷のほか、1ないし5番のクランクピンに許容値を超える段摩耗を、6番の連接棒大端部及びピストンピン軸受に焼損を、クランクピン軸受全数にかじり傷やケルメット層の露出をそれぞれ生じていることが判明し、のちに損傷した部品が新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却海水が途絶して潤滑油温度が異常上昇した際、クランクピン軸受の点検が不十分で、粘度低下により油膜が破壊されて同軸受にかじり傷を生じたまま運転が続けられ、同ピンに生じていた段摩耗とあいまって、同軸受の金属接触が拡大したことによって発生したものである。
機関整備会社の工場長が、中間検査工事において、主機クランクピンの段摩耗部を削正しなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、主機冷却海水が途絶して潤滑油温度が異常上昇したのを認めた場合、同油の粘度低下によりクランクピン軸受の油膜が破壊されてかじり傷を生じているおそれがあったから、整備業者に依頼するなどして、クランクピン軸受を点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、冷却海水系統さえ修理しておけば大丈夫と思い、クランクピン軸受を点検しなかった職務上の過失により、同軸受にかじり傷を生じていることに気付かずに運転を続け、クランクピンに生じていた段摩耗とあいまって、同軸受に焼付きを招き、クランク軸、連接棒等を焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、中間検査工事において、主機クランクピンの段摩耗が進行しているのを認めた際、同摩耗部を削正しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後主機クランクピンの段摩耗の点検整備に努めている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。