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 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成12年門審第25号
件名

旅客船シーバード機関損傷事件
二審請求者〔理事官千手末年、指定海難関係人Y株式会社〕

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成14年2月20日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(佐和 明、西村敏和、相田尚武〕
参審員 金岡 浩、貴島勝郎

理事官
中井 勤、千手末年

受審人
A 職名:シーバード機関長 海技免状:三級海技士(機関)
指定海難関係人
B株式会社 業種名:海運業
H造船株式会社C事業本部 神奈川工場艦船設計室 業種名:造船業
株式会社N鐵工所原動機事業部 太田工場設計室 業種名:機器製造業

損害
3号主機のクランク室のA列6番シリンダのクランクピン軸受メタル焼損と連接棒ボルトに緩み等

原因
荒天航行中の過回転防止措置不十分、乗組員に対して主機のハンチングを防止の指示をしなかったこと、ウォータージェット推進装置の運航方法に十分な助言が行われなかったこと、主機のハンチングの頻度及びその状況について追跡調査不十分、機関の取扱い又は整備上の注意事項について十分な助言を行わなかったこと。

主文

 本件機関損傷は、荒天航行中の過回転防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 船舶運航者が、乗組員に対して主機のハンチングを防止するための指示をしなかったこと、及び運航基準を超える気象・海象時に運航上の適切な対応をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 船舶建造者が、ウォータージェット推進装置に空気吸引を回避する運航方法について、船舶運航者に対し、十分な助言を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関製造者が、主機のハンチングの頻度及びその状況についての追跡調査が不十分で、過回転での運転が繰り返されることを把握せず、機関の取扱い又は整備上の注意事項について、シーバード側に対し、十分な助言を行わなかったことは、本件発生の原因となる。

理由

(事実)
第1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成10年11月12日21時10分
 鹿児島県川内市西方沖合

第2 船舶の要目
船種船名 旅客船シーバード
総トン数 835トン
全長 62.00メートル
機関の種類 過給機付4サイクル16シリンダ・ディーゼル機関
出力 8,090キロワット
回転数 毎分1,950

第3 事実の経過
1 船体構造
 シーバードは、平成9年2月に進水し、航行区域を限定沿海区域とする最大搭載人員304人の軽合金製旅客船兼自動車渡船で、デミハルと称する二体の胴部を平行に連結し、連結部の船首中央部水面上にセンターハルを備え、デミハル先端部を波浪中に貫通させて航走する波浪貫通型双胴船で、連結部は下から順に車両甲板、船楼甲板、遊歩甲板及び航海船橋甲板となっていて、航海船橋甲板上の前部に操舵室を配置していた。
 車両甲板下の両胴部には、船体中央部から後方に燃料油タンク、補機室、主機室及びウォータージェット室が配置され、各主機室に、主機として、株式会社N鐵工所(以下「N鐵工所」という。)が製造した16V16FX型と呼称するディーゼル機関が2基ずつ装備され、それぞれ逆転減速機を介して合計4基のウォータージェット推進装置(以下「ウォータージェット」という。)に連結され、操舵室から主機の回転数及び逆転減速機が遠隔操縦されるようになっていた。
2 受審人A
 A受審人は、貨物船などの機関士を経て、平成3年S産業汽船株式会社(以下「S産業汽船」という。)に入社して一等機関士及び機関長職に就き、同9年2月下旬シーバードの艤装員としてH造船株式会社(以下「H造船」という。)神奈川工場に赴き、各機器の検査や海上試運転に立ち会った。そして、翌3月27日竣工した同船に機関長として乗り組み、翌々4月18日から長崎県長崎港と鹿児島県串木野港間の定期航路(以下「長崎・串木野航路」という。)に就航した同船に、5日間ないし7日間乗船して2日間陸上休暇をとるという就労体制で運航に従事し、機関の運転保守に当たっていた。
3 指定海難関係人B株式会社
(1)会社設立の経緯
 指定海難関係人B株式会社(以下「B」という。)は、S産業汽船が長崎・串木野航路において運航していたエアクッション船(総トン数271トン)の代替船として高速カーフェリーを運航するために平成7年10月新たに設立した会社で、エアクッション船の運航管理に携わっていたDが代表取締役社長として就任し、同8年3月に当時の船舶整備公団と共有船建造契約を結んだのち、同年7月H造船と船舶建造請負契約書を取り交わし、同社にシーバードの建造を発注した。
(2)運航管理体制
 Bは、平成9年3月一般旅客定期航路事業の免許を取得し、長崎・串木野航路にシーバードを就航させるにあたり、運航管理規程を作成して同船の運航管理に当たっていた。
 運航管理規程には、D社長を運航管理者として選任し、長崎本社と鹿児島支店に副運航管理者各1名と運航管理補助者若干名をそれぞれ置くことが定められていた。そして、運航管理者は、船長の職務権限に属する事項以外の船舶の運航の管理に関する統括責任者であり、運航の中止について、運航基準の定めるところにより、発航が中止されるべきであると判断した場合において、船長から発航を中止する旨の連絡がないとき、又は、発航する旨の連絡を受けたときは、船長に対して、発航の中止を指示しなければならないと定められていた。
 また、運航基準には、運航中止の条件等が詳細に定められ、「船長は、発航前において、航行中に遭遇する気象・海象が風速毎秒15メートル以上、又は波高が3メートル以上に達するおそれがあると認めるときは、発航を中止しなければならない。」と記されていた。
4 指定海難関係人H造船船舶・防衛事業本部神奈川工場艦船設計室
 指定海難関係人H造船船舶・防衛事業本部神奈川工場艦船設計室(以下「H造船神奈川設計室」という。)は、昭和37年以降、軽合金製水中翼付高速船を52隻建造し、その後、平成2年から同9年のシーバード建造までの間に、水中翼付双胴型高速船を7隻建造した実績があった。また、同3年には高速カーフェリーの開発に着手するため、オーストラリアのI社(以下「I社」という。)と技術提携し、同社の設計に基づいた波浪貫通型双胴船をBに提案し、同型双胴船を初めて建造した。
5 指定海難関係人N鐵工所原動機事業部太田工場設計室
 指定海難関係人N鐵工所原動機事業部太田工場設計室(以下「N鐵工太田設計室」という。)は、高速機関の生産実績に基づき、高速船用主機関として平成3年ごろからV16FX型機関の開発に着手し、同5年4月に1番機を旅客船用主機関として搭載して以降、同シリーズの25番機ないし28番機として製造した機関4基をシーバードに搭載した。
6 主機
(1)連接棒の構造
 主機は、それぞれ連続最大出力2,022.5キロワット同回転数毎分1,950(以下「毎分」を省略する。)のディーゼル機関で、右舷胴の右舷側から1号主機及び2号主機、左舷胴の右舷側から3号主機及び4号主機と呼称され、各主機とも8個ずつV型に配列されたシリンダの左舷側がA列、同右舷側がB列と呼ばれ、各列シリンダに船尾側から1番ないし8番の順番号が付けられていた。
 主機の連接棒は、ニッケルクロムモリブデン鋼製で、その大端部と連接棒キャップは斜め割りとなっており、合わせ面が山角度55度のセレーションにより結合され、同キャップとの間にリーレンラガー型と称する厚さ3.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)の薄肉完成メタルを組み込んだうえ、外径が115ミリのクランクピンに連結され、同ピンを挟んだ上部と下部の各セレーション部に同キャップ側から各1本のニッケルクロムモリブデン鋼製の連接棒ボルトにより締め付けられていた。
(2)連接棒セレーション部の検討
 N鐵工太田設計室は、V16FX型機関の設計に際し、連接棒セレーション部について、最大回転数における強度計算を行い、材質及び連接棒ボルトの締付力の各安全率が同社の設計基準を満足していること、並びに有限要素法を用いた解析により、セレーション部の面圧は圧縮応力であり、同面圧が局部的にゼロ、すなわちセレーション部が局部的に分離する回転数は2,127となることを推定した。
(3)潤滑油系統及び保護装置
 潤滑油系統は、総量約200リットルの潤滑油が、クランク室底部油だめから直結の潤滑油ポンプで吸引して加圧され、油冷却器からろ過精度10ミクロンのペーパーフィルタ式油こし器を経て入口主管に導かれ、主軸受及びクランクピン軸受など各軸受部に注油されたのち、油だめに戻って循環する経路のほか、遠心式こし器を経て油だめに戻る側流清浄経路が配管されており、潤滑油温度が温度調整弁により、主機入口で70度(摂氏、以下同じ。)に調整されていた。
 そして、主機は保護装置として、運転中に潤滑油温度が75度以上に上昇したとき及び冷却清水温度が設定温度以上に上昇したときそれぞれ作動する警報装置、並びに回転数が最大回転数の115パーセントに相当する2,242を超えたとき自動停止させる過回転防止装置などが備えられていた。
(4)製造過程
 主機は、型式承認制度に基づいて平成8年7月に運輸省の書面による設計検査を受けて承認され、製造過程においては、運輸省の立会いのもとで陸上試運転が行われ、同年10月から11月にかけて予備検査に合格した。
7 ウォータージェット吸水口及び主機シーチェスト
 ウォータージェット吸水口は、フラッシュ型と称するいずれも長さ約3.45メートル幅約0.75メートルのもので、左右各舷胴のフレーム番号1番ないし5番にわたる船尾船底外板平面に、各舷胴中心線を挟んで平行に1箇所ずつ配置され、右舷胴の右舷側から1号機及び2号機、左舷胴の右舷側から3号機及び4号機の各ウォータージェットの海水を取り入れていた。
 また、主機の冷却は間接冷却方式で、冷却海水用のシーチェストは、左右各舷胴のフレーム番号15番ないし16番間の船底外板斜面に、各舷胴中心線を挟んで1箇所ずつ配置され、右舷胴の右舷側から1号及び2号、左舷胴の右舷側から3号及び4号の各主機の海水を取り入れていた。
8 就航に至る経緯
(1)設計波高
 D社長は、S産業汽船においてエアクッション船を長崎・串木野航路に、航海速力約40ノット及び航海時間約2時間で、1日2往復運航していた実績から、同船の代替船であるシーバードの建造にあたり、1日2往復の運航を前提として航海速力約30ノット及び航海時間2時間30分での運航を計画した。
 ところで、長崎・串木野航路は、東シナ海に面して外洋性の海象を呈しており、波浪等の海象条件が厳しく、特に夏季は南西からの季節風や台風の接近により、冬季は北西の季節風により高い波浪が発生する海域であった。
 そこで、Bは、エアクッション船運航当時の航海日誌に記載されていた目視波高観測データをH造船に提示し、同社との建造仕様の打合せを行った。ちなみに、同データによれば、波高2.5メートル以下の累積頻度が96パーセント、波高3メートル以下の同頻度が99パーセントであった。
 H造船神奈川設計室は、当初、設計波高を有義波高2.5メートルとしてBに提案したが、同社からエアクッション船と同様に就航率を95パーセント以上確保するため、有義波高3メートルでも航行可能としたいとの要請を受け、前示波高観測データや長崎県福江島長崎鼻における定点観測データなどに基づいて検討し、当初案に船首形状の変更や乾舷を増加するなど構造上の変更を加え、運航限界を有義波高3メートルとして設計した。
(2)航海速力及び航海時間
 H造船神奈川設計室は、航海速力について、建造仕様打合せの当初、載貨重量30トン、シーマージン10パーセント、主機の負荷率90パーセントにおいて28.5ノットとして、Bに提案したものの、同社から1日2往復するためには30ノットの速力が必要であるとの条件提示を受け、主機出力を上げた変更案を提案したが、船価上昇のため受け入れられず、同社から当初案で約30ノットが得られる条件を問われ、旅客59人、乗用車9台及び燃料油1往復分などを合計した載貨重量30トン、有義波高1メートルに相当するシーマージン3パーセント、主機の負荷率90パーセントにおいて29.7ノットとなる旨を説明した。
 Bは、航海速力約30ノットでの営業運航が可能と判断し、H造船神奈川設計室から示された波浪中速力低下グラフを基に、航海時間を2時間50分で設定して航路事業の免許を申請した。
 そして、シーバードは、平成9年3月14日千葉県館山市沖合において行われた海上試運転において、平穏な海象状態で、載貨重量26トン、主機の負荷率100パーセントの運転条件のもと、建造仕様書記載の保証速力である31.7ノットを超える33.06ノットを達成したことが確認された。
(3) ウォータージェット吸水口への空気吸引の検討
 高速船は、船体重量が速力に大きく影響を及ぼすことから軽量化することが重要であり、そこで船殻(こく)の軽合金化や主機の軽量高出力化などが図られている。
 ところで、H造船神奈川設計室は、非排水量型の水中翼付双胴型高速船において、高速航行中、ウォータージェットに空気が吸引されることを経験し、それに対してウォータージェット両舷吸水口の内側に空気吸引防止フィンを設置することで対処していた。
 この空気吸引について、同設計室は、シーバードの設計段階において、耐航性能計算やそれを補完するための水槽模型試験を実施し、その結果としてウォータージェット吸水口への空気吸引は運航限界である有義波高3メートルまでは生じないことを推定し、また、I社に照会して同吸水口への空気吸引による問題は生じていないとの回答を得た。
 そして、同設計室は、シーバードのウォータージェットが水中翼付双胴型高速船と原理的に同一構造であったものの、シーバードが排水量型で前示の高速船に比較して喫水が深く、また航行中の喫水の変化が少ないことから、空気吸引については有利と判断し、有義波高による運航の制限などの注意事項を記載した運航マニュアルを作成のうえ、Bに交付し、平成9年3月31日に引き渡した。
9 就航後の経緯
 Bは、シーバードの慣熟運転期間を経て、4月18日から串木野港を基地として、航海中の常用回転数を負荷率90パーセントに相当する1,883に定め、航海時間を2時間50分として1日2往復の営業運航を開始した。
 ところが、シーバードは、就航して間もなく、海上荒天時の追い波状態において、20ノットを超える速力で航行中、双胴船体底部内側に配置された2号及び3号主機シーチェストに空気が吸引され、冷却海水ポンプが揚水不能となり、冷却不良により潤滑油や清水の温度が上昇し、各温度警報装置が作動して運転に支障を来すようになった。また、2号及び3号機ウォータージェットにも空気が吸引され、その都度、同ウォータージェットがレーシングし、それに伴い主機が100回転ないし200回転のハンチングを生じるようになった。
 シーバードは、5月12日に排気弁座シートリングが脱落した4号主機の修理とバウスラスターを装備する目的で、H造船神奈川工場に入渠し、7月初旬まで工事が行われ、その際、B、H造船神奈川設計室及びN鐵工太田設計室で、空気吸引の防止策について協議され、水中翼付双胴型高速船の実績を踏まえ、2・3号機ウォータージェット吸水口の内側の船底外板に長さ約3.1メートル深さ0.17メートルの空気吸引防止フィンがそれぞれ設置された。
 また、N鐵工太田設計室は、A受審人から、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングにより常用回転数での運転が困難となり、最大回転数を超える場合の対応について助言を求められ、回転数を1,800ぐらいに下げるよう助言を行った。
 そして、シーバードは、工場試運転後、相模湾において23時間の連続海上試運転が行われたのち、入渠工事を終えて串木野港に回航された。
10 再就航後の経緯
 A受審人は、平成9年7月10日からシーバードの運航に従事したところ、海上荒天時の追い波状態において、再び2・3号主機シーチェスト及び2・3号機ウォータージェットに空気が吸引され、主機のハンチングが生じることを認め、常用回転数を下げるよう船長に進言し、また、他の乗組員にも指示して当面のハンチングの防止措置を講じた。
 一方、Bは、再就航後、海上荒天時の追い波状態において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが再び生じることを知り、同ハンチングにより最大回転数を超えて過回転することの危険性は認識していたが、乗組員に対し、ハンチングが生じた場合には速やかに減速運転を行うことなどのハンチングを防止するための具体的な指示を行わなかった。
 さらに、同社は、同年8月初旬から12月初旬にかけて台風や発達した低気圧の通過時、又は季節風の強吹により、運航管理規程に定める運航基準を超える気象・海象に遭遇するおそれがあったとき、船長に対して発航の中止を指示するなどの運航上の適切な対応をとらずに運航していた。
 A受審人は、荒天航行中、2・3号主機のハンチングが生じたことに気付くたびに常用回転数から下げていたものの、運航ダイヤ遵守に向けての努力が求められたこと、及びBからハンチングを防止するための具体的な指示が得られず、そのため当直に当たる乗組員全員に徹底されなかったことから、ハンチングが生じたとき、速やかに常用回転数から大幅な減速運転を行うなどの過回転防止措置を十分にとらず、ハンチングによる最大回転数を超える運転を繰り返した。
 また、N鐵工太田設計室は、シーバードの再就航後、海上荒天時において、2・3号主機シーチェスト及び2・3号機ウォータージェットに空気が吸引され、同主機が揚水不能となったり、ハンチングを生じたりしていたが、初期故障に伴う補修工事や保守整備などの目的で、頻繁に乗船あるいは訪船していた保証技師やサービスエンジニアに指示してハンチングの頻度及びその状況についての追跡調査を十分に行わなかったので、ハンチングによる過回転での運転が繰り返されていることを把握していなかった。
 シーバードは、12月3日串木野港の発航前、船首船底部に亀裂(きれつ)の生じていることが発見され、その後の運航を休止する措置がとられ、翌10年2月にH造船神奈川工場に入渠し、同年3月下旬まで修繕、補償及び第一種中間検査の各工事が行われた。
11 入渠時の状況
(1)空気吸引防止対策
 H造船神奈川設計室は、入渠工事に先立って行われた運輸施設整備事業団(平成9年10月1日に船舶整備公団から改称)、B及びN鐵工太田設計室との協議に基づき、空気吸引防止対策として、2・3号主機シーチェストの配置を双胴船体底部内側から同外側に移設し、また、同9年5月ごろ設置された2・3号機ウォータージェット吸水口の空気吸引防止フィンをそれぞれ船首方に約1.2メートル延長する工事を行った。
 しかし、H造船神奈川設計室は、同吸水口の構造上、取り得る対応の限界であった空気吸引防止フィンの延長工事を行った際、Bに対し、更に空気吸引が発生した場合には、主機の減速運転を行うことによりウォータージェット吸水口への空気吸引を回避する運航方法について、十分な助言を行わなかった。
(2)主機整備状況
 主機の連接棒及びクランクピン軸受の定期点検は、当初、取扱説明書では点検間隔を4,000時間運転ごと又は1年ごとと定められていたが、その後、N鐵工太田設計室において、油こし器エレメントとしてペーパーフィルタを使用しているものは点検間隔が8,000時間運転ごと又は2年ごとに変更され、シーバードには納入当時からペーパーフィルタが使用されていたので、平成9年7月過ぎBにも通知されていた。
 そして、第一種中間検査時の主機の開放整備は、当初、N鐵工太田設計室から分割検査方式での受検により、1・2号主機は陸揚げのうえ、8,000時間又は2年ごとの点検項目による全般的な開放整備とし、3・4号主機は4,000時間又は1年ごとの点検項目による船内整備とする提案がBに対して行われたが、同社から工事費用軽減の要請を受け、継続検査方式での受検の承認を得て、4基とも船内整備とし、点検間隔4,000時間又は1年ごとの項目での工事仕様に変更され、当初案に盛り込まれていた連接棒及びクランクピン軸受の点検は削除された。
 平成10年1月ごろA受審人は、主機の連接棒及びクランクピン軸受の点検間隔が変更されたことを知らされ、その後、中間検査受検の際に同点検が行われないことを知り、各主機シリンダ列につき1シリンダのピストンを抽出しての点検を新潟鐵工太田設計室に要請したが、運転時間が約2,720時間であったことから、受け入れられなかった。
 そのため、入渠工事中、主機は全数のシリンダヘッドの開放整備などは行われたが、連接棒及びクランクピン軸受については、運転上異状が認められなかったことから開放点検が行われなかった。
12 本件発生に至る経緯
 シーバードは、入渠工事を終えて定期航路に復帰するにあたり、それまで延着して定時性が保てなかったことから、Bにより航海時間を2時間50分から3時間に延長する運航ダイヤの見直しが行われ、平成10年4月1日から同ダイヤで運航を再開したところ、荒天航行中の追い波状態において、2・3号主機シーチェストへの空気吸引は生じなくなったが、2・3号機ウォータージェットへの空気吸引は引き続き生じ、その都度、ウォータージェットのレーシングに伴う2・3号主機のハンチングを生じていた。
 そのため、2・3号主機はハンチングの繰り返しにより、最大回転数を超えて運転され、その都度、連接棒に高慣性力が作用して大端部の変形に伴う微少な相対すべりが連接棒セレーション部に繰り返し生じ、いつしか同セレーション部接触面にフレッチング摩耗が生じる状況となった。
 A受審人は、運航ダイヤ見直し後、機関部乗組員及びN鐵工太田設計室から派遣された保証技師などとともに、主機の保守整備に当たっていたが、運転諸元に異状が認められなかったので、クランク室点検を行わないでいたことから、2・3号主機の連接棒セレーション部の異状に気付かなかった。
 そして、2・3号主機は、ハンチングの繰り返しによる前示連接棒セレーション部のフレッチング摩耗が進行し、同セレーション部に過大摩耗を生じて連接棒ボルトの締付力が次第に低下し、そのうち3号主機左右両舷列の各6番シリンダにおいて、クランクピン軸受メタルがクランクピンにたたかれるようになり、同メタルが摩滅して軸受ハウジングとの密着性が損なわれ、クランクピンと金属接触して発熱するようになった。
 シーバードは、3号主機左右両舷列各6番シリンダのクランクピン軸受メタルが圧延されて剥離(はくり)し、同軸受の潤滑が阻害されて更に発熱する状況となり、3号主機の潤滑油温度が75度近くまで上昇するようになったので、11月4日ごろから常用回転数を1,850に下げて運航された。
 3号主機は、その後、油こし器が目詰まりして潤滑油圧力が低下し始めたため、11月8日から9日にかけて潤滑油、油冷却器及び油こし器各エレメントの交換などの措置がとられ、潤滑油温度がいったん低下し、また、圧力が正常に復帰したことから、連接棒やクランクピン軸受などの点検が行われなかったので、左右両舷列各6番シリンダのクランクピン軸受の発熱が気付かれないでいるうち、同軸受が焼損気味となった。
 こうして、シーバードは、A受審人ほか7人が乗り組み、N鐵工所の保証技師を含む旅客23人を乗せ、乗用車8台を積載し、船首1.76メートル船尾2.56メートルの喫水をもって、11月12日18時30分長崎港を発し、基準経路どおりに串木野港に向け、4基の主機を回転数約1,880、速力約26ノットで航行中、3号主機左舷側のA列6番シリンダクランクピン軸受が焼損し、再び油こし器が目詰まりして潤滑油圧力が低下し始めるとともに、同油温度が上昇し、21時10分甑(こしき)中瀬灯標から真方位090度2.5海里の地点において、3号主機の潤滑油温度上昇警報装置が作動し、主機室に急行した保証技師により、3号主機の潤滑油圧力が低下し、同油温度が100度を超えていて、異臭と異音を生じていることが発見された。
 当時、天候は晴で風力4の北北東風が吹き、海上には波高約1メートルの波浪があった。
 当直中のA受審人は、主機室などを巡回したのち機関日誌を記入し、操舵室へ戻る途中で警報音に気付き、操舵室へ上がり3号主機をアイドリング回転数まで下げ、既に主機室へ下りていた保証技師に依頼して同主機を停止したのち、主機室へ赴き、潤滑油補給口のゴムキャップが外れて油が飛散していることを認め、保証技師及び機関士とともにバルブクリアランスを点検したのち、始動電動機でクランキングしたとき異音が生じたことから、同主機の再始動を取りやめ、1・2及び4号機で続航した。
 シーバードは、串木野港に到着後、保証技師及び予定されていた夜間工事に備えて同港で待機していたN鐵工所の数名の組立作業員が3号主機のクランク室ドアを開放して点検した結果、同室油だめに多量の金属片が堆積(たいせき)し、A列6番シリンダのクランクピン軸受メタルの焼損と連接棒ボルトに緩みを生じていることが発見された。
13 事後の措置
(1)修理模様
 主機は、翌11月13日から串木野港においてN鐵工太田設計室により調査され、3号主機左右両舷列各6番シリンダのクランクピン軸受メタルが焼損脱落し、B列1・2番シリンダの同メタルにスカッフィングを、A列6番シリンダ連接棒の上部及び同3番シリンダ連接棒の下部の各連接棒ボルトに緩みをそれぞれ生じ、また、2号主機の9個のシリンダにおいて、連接棒ボルトの締付力が低下していることなどが判明したので、3号主機は陸揚げされ、2号主機は船内修理とされた。
 その後、シーバードは、3号主機の修理方案をめぐり、BとH造船神奈川設計室及びN鐵工太田設計室とで折合いがつかず、串木野港で長期間係船された。
(2)N鐵工太田設計室のとった措置
 N鐵工太田設計室は、3号主機を調査した結果、すべての連接棒セレーション面に摩耗が発生し、また亀裂が認められ、左右両舷列各6番シリンダの連接棒大端部内面及びクランクピンなどに損傷を生じていたことから、連接棒セレーション部及びクランクピン軸受の接触を考慮した有限要素法を用いた解析を行ったところ、最大回転数において、上部セレーション斜面の合わせ面に面圧の局部的不足及び変動量過大並びに相対すべり量の過大であることが判明し、同型機関について、セレーションの山角度を55度から90度に、上部セレーションの連接棒ボルトの位置を1.5ミリ外側に、同ボルトの締付力及び材質をそれぞれ変更するなどの連接棒セレーション部の摩耗対策を講じた。
 また、N鐵工所は、H造船などと共同出資してJ株式会社(以下「J」という。)を設立し、同社によって平成13年4月20日から長崎・串木野航路で運航を再開したマダム・バタフライ(シーバードから改名)の運航支援体制の強化を図るとともに、N鐵工太田設計室は、同船の運転監視データを毎日受信して運転状態を把握するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。
(3)H造船神奈川設計室のとった措置
 H造船神奈川設計室は、Jがマダム・バタフライを前示航路に就航させるにあたり、運航マニュアルの見直しを行い、その中で主機の運転方法について、「航海中の常用回転数は、主機の負荷率85パーセントに相当する1,847を目標として運航し、最大回転数を負荷率90パーセントに相当する1,883に定め、電気的ストッパーをセットする。レーシング等による瞬時回転数変動で機関回転数が1,950を超えることが予知される場合はあらかじめ回転数を下げ、1,950を超えない範囲で運航し、1,950まで回転数が上昇した場合は警報を発するものとする。」と明記し、また、同船の運航支援体制の強化を図るとともに、Jが航海時間を3時間40分で、1日1往復半として営業運航を開始したのち、運転監視データを毎日受信して運転状態を把握するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。

(主張に対する判断)
 ウォータージェット及び主機シーチェストへの空気吸引時の波高について
 B側は、波高が2メートルないし2.5メートルの追い波状態のときから2・3号機のウォータージェット及び主機シーチェストに空気吸引が始まっていたと主張している。
 一方、H造船神奈川設計室側補佐人は、シーバードの設計にあたって、理論計算で空気吸引の波高限界を計算したところ、三角波のごとき不規則な波でない限り、3メートル以下では空気吸引は起こらないと推定し、I社の実績などを調べた結果からも波高3メートル以下では空気吸引はほぼ起こらず、シーバードが、運航マニュアルを無視して波高3メートルを超える海上荒天時において、運航を中止したり、適切な減速航行を行わないことによって空気吸引が発生したものと主張する。
 この両者の主張する波高は、B側はシーバードの船橋当直者が観測した目視波高であり、これに対してH造船神奈川設計室側補佐人は有義波高である。
 この有義波高は、風浪域で観測される波を波高の高い順に並べ、高い方から全波数の3分の1をとって平均した波高であり、熟練した観測者による目視波高に近いものであるといわれているが、一般に目視波高は、風向や風力の測定値と異なり、観測者によってばらつきがあり、さらに、観測者の眼高が高いほど波高を低く感じ、追い波状態で航走するときは、船体に衝撃を受けながら航走する向かい波状態に比べて低く観測される傾向にあることが経験則上から知られている。また、現実の海面には、統計的にみると、100波に1波は有義波高の1.6倍、1,000波に1波は有義波高の2倍に近い波高の波が出現するといわれている。
 このように、それぞれの主張の基準が目視波高と有義波高と異なるうえ、海上で遭遇する波の状態は、方向、波長及び周期それぞれがそのときの気象・海象及び地理的要因によって複雑に変化するので、ウォータージェット及び主機シーチェストへの空気吸引時の条件を両者のそれぞれ主張する波高から簡単に論ずることはできない。
 しかしながら、シーバードの運航記録写記載の波高が、日常業務の中で船橋当直者が観測し、判断した結果を記載したものであり、恣意的なものでないことから、少なくとも、シーバードが、有義波高で3メートル前後の追い波を受け、20ノットを超える速力で航行中に空気吸引が生じていたことは、前述の目視波高と有義波高との関係を勘案して十分に推測される。

(原因に対する考察)
 本件は、推進装置としてウォータージェットを有する4基4軸の双胴型高速カーフェリーにおいて、双胴船体内側に装備された2基の主機に、新造後2年目の運転時間約5,990時間で、クランクピン軸受の焼損、連接棒ボルトの締付力の低下及び連接棒セレーション部の過大摩耗などを生じたもので、以下、その原因について考察する。
1 3号主機クランクピン軸受の焼損、連接棒セレーション部過大摩耗及び2号主機連接棒ボルト締付力低下が生じた問題
 本件後、N鐵工太田設計室が調査したところ、連接棒及び同棒ボルトの材質並びに同棒の組立には問題はなく、同棒セレーション部及びクランクピン軸受の接触を考慮した有限要素法により解析した結果、最大回転数において、上部セレーション斜面の合わせ面に面圧の局部的不足及び変動量過大並びに相対すべり量の過大であることが判明し、同棒セレーション部の繰り返しの相対すべり、すなわちフレッチングが同セレーション部の過大摩耗を生じさせたとしている。
 ここに、フレッチングとは、ある接触面圧のもとで2物体が接触している場合に、接触面において摩擦力を伴った微小な相対すべりが繰り返し起こる現象をいい、フレッチングによって接触面に生ずる摩耗損傷をフレッチング摩耗という。
 この摩耗は、相対すべりが微小であるため、摩耗粉などの生成物が排除されにくく、これが研磨剤として作用し、摩耗を増大させるもので、摩耗粉が接触面に堆積する点に特徴があり、損傷部に疲労亀裂が見られるときは、この摩耗であることの更に有力な手がかりとなる。
 ところで、前示の調査によれば、3号主機連接棒セレーション部の外観検査において、すべてのセレーション面に摩耗による段差が観察され、損傷部に亀裂が発見されている。このことと前示解析結果中の、相対すべり量が0.0019ミリないし0.0043ミリであることを併せ勘案すると、本件は、フレッチング摩耗により発生したものであると考えられる。
 また、N鐵工太田設計室は、この摩耗を生じさせた要因として高回転による高い慣性力が挙げられると考察している。そして、これまでの事実認定のとおり、主機のハンチングが繰り返された3号主機連接棒セレーション部に過大摩耗が、2号主機連接棒ボルトに締付力低下がそれぞれ認められ、一方、ハンチングが認められなかった1・4号主機を点検した結果、それらが発生していないことを併せ勘案すれば、主機ハンチングの繰り返しによる高慣性力がフレッチング摩耗を進行させたとするのが相当である。
2 追い波状態において、2・3号機ウォータージェットに空気が吸引された問題
 就航後、海上荒天時の追い波状態において、20ノットを超える速力で航行中、双胴船体底部内側に配置された2・3号機ウォータージェット及び主機シーチェストへの空気吸引が生じており、同船体底部外側に配置された1・4号機には生じていない。そして、平成10年3月に2・3号主機シーチェストの位置を同船体底部内側から同外側に移設して以降、同シーチェストへの空気吸引は生じていない。また、向かい波状態においては、波高が3メートルを超える場合であっても空気吸引は生じていない。
 このことは、前示の海象及び速力での航走時において、双胴間の航走波の干渉により水位が増減し、造波の谷が2・3号機ウォータージェットの吸水口付近に現れ、同吸水口付近の喫水が著しく減少するとき、空気の吸引が生ずるものと考えられる。そして、追い波状態においては、波の谷の同吸水口付近を通過する経過時間が、向かい波状態と比較して長くなることから、同吸水口付近の喫水が減少している持続時間は長く、そのためウォータージェットに空気が吸引され、ポンプインペラのレーシングと、それに伴う主機のハンチングを生じさせたものと考えられる。
 以上のことから、本件は、ウォータージェットへの空気吸引によるレーシングに伴う主機のハンチングが、主機連接棒セレーション部のフレッチング摩耗を進行させ、同部の過大摩耗を発生させたと考えられる。
3 主機のハンチング及び空気吸引についての対応
(1)A受審人は、就航後の荒天航行中、2・3号機ウォータージェットに空気が吸引され、同ウォータージェットのレーシングに伴い2・3号主機のハンチングが生じ、常用回転数での運転が困難となること及び最大回転数を超える状態となることを懸念し、平成9年5月に4号主機の修理工事が行われた際、N鐵工太田設計室にその場合の対応について助言を求め、同設計室から回転数を1,800ぐらいに下げるよう助言を得ていた。  そして、同人は、その後の乗船中、主機のハンチングが生じた場合、船長に進言し、また、乗組員に指示して常用回転数から下げてハンチングの防止措置を講じていた。  しかし、その防止措置は、同人に対する質問調書中、「1,950回転を超えて運転したことも回数は少ないけれどもあった。」旨の供述記載及び機関日誌写中、荒天航行中の主機回転数が1,800ないし1,850との記載などからも、過回転を防止するために十分なものであったとは認められない。  したがって、同人が、機関の運転管理責任者として、機関保護の観点から、主機のハンチングが生じることを認めた際、速やかに常用回転数から大幅な減速運転を行うなど、過回転防止措置を十分にとらず、最大回転数を超える運転を繰り返したことは、本件発生の原因となる。 (2)Bは、就航後、海上荒天時において、ウォータージェットに空気が吸引されると主機がハンチングすることを認識していた。同社のD社長は、シーバードの就航前に、長崎・串木野航路に就航していたエアクッション船の運航に携わり、同船において、空気吸引により主機が過回転して過回転防止装置が作動することをたびたび経験していたことから、過回転することの危険性は知っており、シーバードの主機の懸案事項と認識していた。  そのため、平成9年5月以降、H造船神奈川設計室及びN鐵工太田設計室と防止策について協議している。  しかし、Bは、D社長に対する質問調書中、「主機のハンチングについて、現場には常々配慮するように伝えていた。」旨の供述記載などから、乗組員に対して注意を喚起していたものの、主機のハンチングが生じた場合には減速運転を行うことなどの具体的な指示は行っていなかったことから、当直に当たる乗組員全員に徹底されなかった。  さらに、当直中の乗組員は、操舵室に設けられた主機回転計の指針の振れでハンチングの発生を確認するほかなく、ハンチングが約1秒間とごく短時間であったこと、及びハンチングに伴う主機の異常音が主機室から離れた操舵室ではほとんど聞き取れなかったことから、ハンチングの発生が十分に認識されず、ハンチングによる過回転を繰り返して運航していた。  したがって、Bが、主機のハンチングについて、就航時から懸案事項として認識していたものの、造船所と主機メーカーの課題としてのみ捉え、乗組員に対して減速運転を行うことなどのハンチングを防止するための具体的な指示を行わなかったことは、本件発生の原因となる。  加えて、Bは、事実認定のとおり、運航管理規程に定める運航基準を超える気象・海象に遭遇し、ウォータージェットに空気の吸引が生じることが予測され、また、航路が一部競合する同業他社の旅客船が欠航するような状況下においても運航を中止しないことがあった。  このことから、運航管理について責任を負う立場にあるBが、運航管理規程に定める運航基準を超える気象・海象時に発航の中止を指示するなどの運航上の適切な対応をとらず、ハンチングによる過回転を繰り返し生じさせて運航したことは、運航管理が十分でなかったといわざるを得ない。
(3)H造船神奈川設計室は、就航後、海上荒天時において、ウォータージェットの吸水口から空気が吸引され、ウォータージェットがレーシングすることを知り、同社の水中翼付双胴型高速船の実績を踏まえ、平成9年5月ごろ2・3号機ウォータージェット吸水口の内側の船底外板に空気吸引防止フィンを設置した。
 ウォータージェットが原理的に同一構造の前示の高速船では、そのことにより空気吸引による問題は解決されていた。
 しかし、シーバードにおいては、その後もウォータージェット吸水口への空気吸引は生じたことから、翌10年3月に空気吸引防止フィンの延長工事を施工した。
 H造船神奈川設計室は、I社との技術提携により初めて建造した高速カーフェリーのシーバードを、外洋性海象条件の海域に初めて就航させ、当初の設計段階では予測できなかった空気吸引の問題が生じたため、空気吸引防止フィンを延長して同吸水口の構造上取り得る対策を講じた際、技術的な対応の限界を船舶運航者に伝えて理解を求め、更に空気吸引が発生した場合には、主機の減速運転を行うことによりウォータージェット吸水口への空気吸引を回避する運航方法について、十分な助言を行っていたならば、本件発生には至らなかったものと考えられ、船舶運航者に対する運航方法についての助言が十分でなかったといわざるを得ない。
(4)N鐵工太田設計室は、就航後、前示のとおり平成9年5月に、A受審人からウォータージェットのレーシングに伴い主機がハンチングすることを知らされ、同人に対し、同年7月ごろ主機回転数を下げることなどの運転方法について助言を行った。
 その後の主機ハンチングの頻度について、A受審人は、「2・3号機ウォータージェットへの空気吸引は波高が2.5メートルを超える海象のときに多く発生し、ハンチングした。」旨の供述をしており、同設計室は、機関取扱いの習熟、初期故障に伴う補修工事及び保守整備などの目的で、就航後、保証技師やサービスエンジニアを頻繁に乗船あるいは訪船させていたのであるから、同技師らに指示して追跡調査を十分に行えばハンチングが頻繁に生じていることを知り得たものと考えられる。
 したがって、N鐵工太田設計室は、A受審人に運転方法の助言をして以降、保証技師やサービスエンジニアに指示してハンチングの頻度及びその状況について、追跡調査を十分に行っていたならば、ハンチングによる過回転での運転が繰り返されることを把握でき、その後の機関の取扱い又は整備上の助言に反映することにより、本件発生は防止できたと考えられ、追跡調査を十分に行わず、過回転での運転が繰り返されることを把握せず、機関の取扱い又は整備上の注意事項について、シーバード側に対し、十分な助言を行わなかった対応に問題があったものといわざるを得ない。
 以上のことから、機関運転管理者のA受審人が、荒天航行中、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じた際、過回転防止措置が不十分で、最大回転数を超える運転を繰り返したこと、船舶運航者のBが、就航後、海上荒天時において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを知った際、乗組員に対して減速運転を行うことなどのハンチングを防止するための具体的な指示を行わず、かつ、運航基準を超える気象・海象時に発航の中止を指示するなどの運航上の適切な対応をとらなかったこと、及び船舶建造者のH造船神奈川設計室が、海上荒天時において、ウォータージェットの吸水口から空気が吸引されてレーシングすることが判明し、就航後に設置した空気吸引防止フィンの延長工事を行った際、Bに対し、主機の減速運転を行うことにより同吸水口への空気吸引を回避する運航方法について、十分な助言を行わなかったこと、並びに機関製造者のN鐵工太田設計室が、就航後、海上荒天時において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを知った際、ハンチングの頻度及びその状況についての追跡調査が不十分で、過回転での運転が繰り返されることを把握せず、機関の取扱い又は整備上の注意事項について、シーバード側に対し、十分な助言を行わなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。

(原因)
 本件機関損傷は、荒天航行中、ウォータージェットの吸水口から空気が吸引され、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じた際、過回転防止措置が不十分で、最大回転数を超える運転が繰り返され、高慣性力により連接棒セレーション部の摩耗が進行し、連接棒ボルトの締付力が低下してクランクピン軸受メタルが摩滅し、同軸受の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 船舶運航者が、シーバードの就航後、海上荒天時において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを知った際、乗組員に対して減速運転を行うことなどのハンチングを防止するための具体的な指示を行わなかったこと、及び運航基準を超える気象・海象時に発航の中止を指示するなどの運航上の適切な対応をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 船舶建造者が、ウォータージェットを有する波浪貫通型双胴船のシーバードを建造し、海上荒天時において、ウォータージェットの吸水口から空気が吸引されてレーシングすることが判明し、就航後に設置した空気吸引防止フィンの延長工事を行った際、船舶運航者に対し、主機の減速運転を行うことにより同吸水口への空気吸引を回避する運航方法について、十分な助言を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関製造者が、シーバードの就航後、海上荒天時において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを知った際、ハンチングの頻度及びその状況についての追跡調査が不十分で、過回転での運転が繰り返されることを把握せず、機関の取扱い又は整備上の注意事項について、シーバード側に対し、十分な助言を行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、荒天航行中、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを認めた場合、速やかに常用回転数から大幅な減速運転を行うなど、過回転防止措置を十分にとらず、最大回転数を超える運転を繰り返したことは、本件発生の原因となる。
 しかしながら、以上のA受審人の所為は、設定された運航ダイヤの定時性を確保することが困難な条件下で、1日2往復する運航形態を維持するために運航ダイヤを遵守することが求められていたこと、及びBから主機のハンチングを防止するための具体的な指示が得られなかった点に徴し、職務上の過失とするまでもない。
 Bが、シーバードの就航後、海上荒天時において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを知った際、乗組員に対して減速運転を行うことなどのハンチングを防止するための具体的な指示を行わなかったこと、及び運航基準を超える気象・海象時に発航の中止を指示するなどの運航上の適切な対応をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 Bに対しては、本件後、シーバードの運航に携わっていない点に徴し、勧告しない。
 H造船神奈川設計室が、外洋性海象条件の海域に就航させる目的で、ウォータージェットを有する波浪貫通型双胴船のシーバードを建造し、海上荒天時において、ウォータージェットの吸水口から空気が吸引されてレーシングすることが判明し、就航後に設置した空気吸引防止フィンの延長工事を行った際、Bに対し、主機の減速運転を行うことにより同吸水口への空気吸引を回避する運航方法について、十分な助言を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 H造船神奈川設計室に対しては、本件後、運航マニュアルの改訂を行い、主機の運転方法などを明記するとともに、運航支援体制の強化を図るなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
 N鐵工太田設計室が、シーバードの就航後、海上荒天時において、ウォータージェットのレーシングに伴う主機のハンチングが生じることを知った際、ハンチングの頻度及びその状況についての追跡調査が不十分で、過回転での運転が繰り返されることを把握せず、機関の取扱い又は整備上の注意事項について、シーバード側に対し、十分な助言を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 N鐵工太田設計室に対しては、本件後、連接棒セレーション部の摩耗対策をとるとともに、運航支援体制の強化を図るなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。
 





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