(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年10月14日11時45分
愛知県常滑港
2 船舶の要目
船種船名 |
作業船八竜丸 |
総トン数 |
132トン |
全長 |
27.30メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
回転数 |
毎分650 |
3 事実の経過
八竜丸は、平成4年2月に進水した、土砂運搬用バージのえい航業務に従事する引船兼作業船で、主機として株式会社新潟鐵工所が製造した、6MG25BX型と呼称するディーゼル機関を2基2軸配置で装備していた。
主機の過給機は、同じく株式会社新潟鐵工所が製造したNHP180C−K型と称する排気ガスタービン過給機で、軸流式排気ガスタービンのロータ軸に遠心ブロワを組み込み、ロータ軸の両端を軸受で支える構造になっていた。
過給機のロータ軸は、タービン側には単列深溝玉軸受が、またブロワ側には推力も受けられるように2個のアンギュラー玉軸受を背面で組み合わせたものがそれぞれ取り付けられ、軸受内輪を押さえるように油ポンプ円板が取り付けられたうえ、リングナットで締め付けられ、軸方向位置が固定されていた。
軸受は、タービン側及びブロワ側とも外輪が軸方向の衝撃力を吸収する弾性シムと軸受支持金物を介して支持され、タービン入口ケース及びブロワ出口ケースの各軸受箱に取り付けられており、軸受支持金物とその外側の油ポンプカバーが、6組のスタッドボルトとナットで締め付けられていた。
軸受箱は、軸受、油ポンプなどが組み立てられたのち、垂直のエンドカバーが取り付けられて潤滑油が溜められており、定期的な潤滑油の取替えをエンドカバー下端のプラグと同上部の潤滑油補給プラグを外して行うことができた。
過給機の潤滑油は、円板との摩擦力と遠心力で油ポンプカバー外周から軸受支持金物に送られ、循環しながら軸受を潤滑するほか、軸受箱内面に飛散・付着して外部に放熱するようになっており、取扱説明書には1,000時間を超えない運転時間で取り替えるよう保守基準が示されていた。
ところで、過給機は、ブロワ側油ポンプカバーの締付ナット(以下「締付ナット」という。)が緩んでも、潤滑油の流れには大きな影響がなく、タービン側軸受が軸方向の位置を保持している限り、直ちにロータ軸の回転に支障が生じることはなかったが、ブロワ側軸受と同軸受支持金物が微小な振動で摩耗するとともに、ブロワ側に代わって推力を受けるタービン側軸受にも異常摩耗が生じるおそれがあった。
八竜丸は、平成12年3月末に定期検査のため入渠し、両舷主機の整備に伴って過給機が開放され、軸受及び潤滑油が全て新替えされたうえで組み立てられたが、締付ナットの回り止め座金が十分に折り曲げられず、同ナットの締付けが甘かったものか、4月3日に出渠して運転を続けるうち、左舷主機の過給機(以下「左舷過給機」という。)の同ナットが緩み、ブロワ側油ポンプカバー及び同軸受支持金物とスタッドボルトが擦れ始めた。
A受審人は、平成11年10月から機関長として機関の運転と整備全般に従事していたが、前示定期検査の際には過給機の整備と組立てには立ち会っていなかった。同12年6月24日、同検査整備後の点検を兼ねて、運転時間による取替え時期より少し早目に左舷過給機の潤滑油を取り替えることとし、潤滑油を抜き出したところ、ブロワ側潤滑油中に金属粉が混じっていることを認めたが、ドック作業後の汚れが残っているのだろうと考え、潤滑油を取り替えておけば問題ないと思い、軸受箱のエンドカバーを開けなかったので、締付ナットの緩みに気付かず、直ちに同検査時に整備した業者に連絡してやり直しをさせるなど整備の措置をとることなく、潤滑油を取り替えて運転を続けた。
その後、A受審人は、主機の運転時間が1箇月平均で150時間ほどであったが、左舷過給機については潤滑油の汚れが気になっていたので、1箇月ごとに潤滑油を抜き出して取り替え、同年8月5日には再びブロワ側潤滑油に金属粉が混じり、タービン側潤滑油の汚れも著しくなることに気付いたものの、なおも軸受箱のエンドカバーを開けず、潤滑油を取り替えて運転を続けた。
主機は、左舷過給機の締付ナットが順次脱落し、ブロワ側軸受、同軸受支持金物、タービン側軸受などの摩耗が進みながらもタービン翼、ブロワ翼等回転部が固定部と接触せず、辛うじて運転が続けられた。
A受審人は、10月9日に左舷過給機の潤滑油を抜き出し、ブロワ側潤滑油の汚れが目立つので、軸受箱のエンドカバーを開放してみたところ、ようやく締付ナットが全て脱落していることを認めたが、えい航作業の予定が続いているので何とか船内作業で整備することとし、なおも整備業者に整備を依頼せず、翌々11日に改めて左舷過給機を開放し、ブロワ側軸受を新替えしたものの、摩耗していた同軸受支持金物などをそのまま取り付け、正規の状態に組み立てることができないまま作業を終えた。
こうして八竜丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、船首1.2メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、同月14日06時00分愛知県常滑港を発して同港沖合の埋立作業現場に向かい作業を開始したが、11時40分土砂1,200トンを積載したバージをえい航し、主機を回転数毎分500にかけて航行中、左舷過給機のロータ軸とブロワ側軸受の嵌め込みがずれ、11時45分常滑港南防波堤灯台から真方位213度900メートルの地点で、ブロワ翼がブロワ出口ケースに接触して異音を発し、吸気圧力が低下して左舷主機が煙突から黒煙を発した。
当時、天候は晴で風力1の南風が吹いていた。
A受審人は、左舷過給機が異音を発し続け、吸気圧力がなくなっていたので、左舷主機が運転不能と判断し、船長にその旨を伝えた。
八竜丸は、右舷主機のみで作業を続け、のち左舷過給機が精査された結果、ロータ軸、ブロワ翼、ブロワ出口ケース、タービン翼、ブロワ側及びタービン側両軸受、ブロワ側軸受支持金物などが損傷していることが分かり、いずれも損傷部が取替え修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機過給機が定期検査後、短期間のうちに締付ナットが緩んで潤滑油中に金属粉が混じるようになった際、同検査時に整備した業者に連絡してやり直しをさせるなど整備の措置が不十分で、同ナットが緩んだまま運転が続けられ、ブロワ側軸受支持金物や同軸受が異常摩耗したのちも、整備業者による整備が行われず、船内作業で軸受が取り替えられたものの、正規の状態に組み立てられなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機過給機が定期検査後、短期間のうちに締付ナットが緩んで潤滑油中に金属粉が混じるようになったのを認めた場合、整備した業者の組立てに不具合があったのであるから、直ちに整備した業者に連絡してやり直しをさせるなど整備の措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、潤滑油を取り替えておけば問題ないと思い、整備した業者に連絡してやり直しをさせるなど整備の措置をとらなかった職務上の過失により、ブロワ側軸受、同軸受支持金物、タービン側軸受などが異常摩耗するまま運転を続け、その後船内作業で開放して軸受を取り替えたものの、正規の状態に組み立てられず、運転中にロータ軸とブロワ側軸受の嵌め込みがずれる事態を招き、ブロワ翼がブロワ出口ケースに接触して損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。