(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年7月12日06時00分
千葉県野島埼東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十浩昇丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
18.56メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
529キロワット |
回転数 |
毎分1,350 |
3 事実の経過
第十浩昇丸(以下「浩昇丸」という。)は、平成元年8月に進水した、中型まき網漁業船団(以下「船団」という。)に探索船として所属するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した6N165−EN2型と呼称するディーゼル機関を据え付けており、同社が製造したY−380型と称する逆転減速機(以下「減速機」という。)を介してプロペラ軸を駆動し、操舵室から遠隔操縦装置により主機及び減速機の運転操作が行えるようになっていた。
減速機は、入力歯車が取り付けられた後進軸、同軸の両側に配置されて同歯車と噛み合う前進入力歯車が取り付けられた2本の前進軸、前進軸及び後進軸にそれぞれ支持された前進及び後進両小歯車と噛み合う大歯車が取り付けられた出力軸などから構成され、前進及び後進軸にはスチールプレート、摩擦板及び油圧ピストンなどが組み込まれた油圧湿式多板形の前進及び後進側クラッチがそれぞれ取り付けられ、主機クランク軸からたわみ軸継手を介して後進軸が駆動され、出力軸が中間軸を介してプロペラ軸に連結されていた。
減速機の潤滑油系統は、右舷側前進軸後端に取り付けられた直結の潤滑油ポンプによってケーシング底部の油だめから吸引・加圧された潤滑油が、まず作動油圧力調整弁で運転中16キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)ないし20キロの範囲に調圧され、前後進切換弁を経て前進または後進側クラッチの作動油として供給されるとともに、同調整弁の逃し孔を経由した同油が潤滑油こし器を経て潤滑油冷却器で冷却されたのち、各軸受などに強制注油されるようになっていた。
ところで、潤滑油ポンプは、歯車式で、主動歯車軸の駆動側が同ポンプ本体に組み込まれたブッシュで、また、同軸の反駆動側及び従動歯車軸の両端が針状ころ軸受(以下「軸受」という。)でそれぞれ支持されていて、長期間使用すると、軸受が摩耗して歯車軸の軸心に不正が生じ、吐出圧力の低下を来し、作動油圧力が12キロないし13キロあたりでクラッチに滑りを生じ、そのまま運転を継続すると、スチールプレート及び摩擦板が発熱して焼損するおそれがあり、運転時間7,000ないし8,000時間ごとに軸受を必ず新替えするよう取扱説明書に整備基準が記載されていた。
浩昇丸は、網船、運搬船を兼ねた探索船とともに5隻で船団を組み、毎年12月から翌年8月にかけていなだ漁に、それ以外の期間はあじ漁にそれぞれ従事し、専ら千葉県房総半島沖合の海域で操業を行うことを繰り返し、主機の運転時間が年間約1,400時間であった。そして、毎年8月下旬から9月の休漁期に船体及び機関の定期整備を行っていた。
A受審人は、浩昇丸の新造時から船長として乗り組み、操船のほかに機関の運転管理に当たるとともに、漁労長として船団の指揮を執っていた。そして、網船に乗り組んでいた機関長Uが、船団に所属する各船の機関部の業務を統括し、船主や整備業者との折衝に当たっていたことから、機関室の点検については、出入港時及び航行中の1時間ごとに甲板員に行わせていたものの、定期整備の計画の立案や、機関の運転に異状があったときの処置については、専ら、U機関長に任せていた。
B指定海難関係人は、昭和30年に父親が設立したKヤンマー商会(以下「Kヤンマー」という。)の運営に同45年4月から参画し、同63年から代表として経営に携わり、ヤンマーディーゼル株式会社が製造した中小型機関をはじめとして船舶関連機器の販売及び修理を行い、浩昇丸について、建造時の主機納入から携わり、整備を一貫して請け負い、管理台帳と称した書面に機関整備の来歴を記録していた。そして、減速機が建造以来一度も開放整備されずにいたことから、定期整備の必要性を船主及びU機関長に説明していた。
A受審人は、定期整備に当たり、主機ピストン抽出の整備については、Kヤンマーに依頼して定期的に実施していたが、減速機については、運転に支障を生じたことがなく、また、僚船で故障していない減速機を点検のために開放したことを聞いたことがなかったので、定期整備を実施するようU機関長に進言せず、減速機の作動に支障がなければ大丈夫と思い、定期整備時にKヤンマーに依頼して点検するなど、減速機の開放整備を十分に行うことなく、潤滑油ポンプの軸受が摩耗し、歯車軸の軸心に不正が生じ、歯車の噛合いが不良になって吐出圧力が低下する兆候のあることに気付かないまま、操業に従事していた。
浩昇丸は、平成12年5月、千葉県乙浜漁港入港直前に減速機の前進及び後進側両クラッチが滑って嵌合(かんごう)しなくなる事態が発生したものの、停止回転に近い回転数であれば、かろうじてクラッチが嵌合したので、その後の入港作業には支障がなかったことから、入港後、甲板員が減速機の潤滑油を交換して様子を見ることにしていたところ、越えて6月16日早朝、同県鴨川漁港沖合で入港準備中、甲板員が機関室を点検して減速機が過熱しているのを発見し、A受審人がクラッチをいったん切り、嵌合し直したところ、作動油圧力が10キロまで低下し、クラッチが滑って嵌合しなくなり、僚船に曳航(えいこう)されて入港後、直ちに鴨川ヤンマーに修理を依頼した。
B指定海難関係人は、前示修理の依頼を受け、浩昇丸に赴き、減速機用潤滑油冷却器の海水側を開放掃除して試運転を行ったところ、潤滑油の温度が低下し、同油の粘度が上昇したこともあり、作動油圧力が18キロまで回復し、クラッチの嵌脱操作にも支障がなくなったので、そのまま様子を見ることとして、当日の修理作業を終えた。しかし、翌17日、浩昇丸の減速機の様子をU機関長に確認したところ、航行に支障はないものの、発熱気味であることを知らされ、減速機の状況が改善されていないものと認め、再度前示潤滑油冷却器を開放掃除するとともに、前後進切換弁、減速機潤滑油こし器、減速機と中間軸との軸心計測等各部を点検したものの、明らかな不具合箇所を特定できないまま様子を見ることとした。
B指定海難関係人は、その後、浩昇丸の減速機が依然として過熱気味であることをU機関長から聞き、6月20日に浩昇丸が乙浜漁港に入港したので、再度訪船し、冷却海水ポンプを開放したものの、異状を認めず、これまでの一連の作業の経過から、潤滑油ポンプの作動不良と考え、一方、同ポンプについては、クラッチが全く作動しなくなった時点で完備品一式と新替えすることが多く、この時点では、なんとか作動していたことから、次の定期整備時期に新替えするよう、作業に立ち会ったU機関長に進言し、同ポンプを直ちに新替えするなど、十分に整備しないまま復旧した。
こうして、浩昇丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、操業の目的で、船首1.7メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、7月12日03時00分乙浜漁港を発し、04時20分千葉県布良沖合に至り、約30分間魚群探索を行ったが、魚群が見つからず、鴨川漁港沖合に漁場を移動することとし、引き続き、魚群探索を続けながら約12ノットの対地速力で航行中、潤滑油ポンプの軸受の摩耗が進行して同ポンプ歯車軸の軸心に不正を生じ、吐出圧力が著しく低下して作動油圧力が10キロまで下がり、前進側クラッチのスチールプレート及び摩擦板に滑りが生じて発熱し始め、06時00分乙浜港南防波堤灯台から真方位227度0.6海里の地点で、同クラッチが焼損した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
損傷の結果、浩昇丸は、自力航行を断念して僚船に曳航され、鴨川漁港に引き付けられたのち、焼損した前進側クラッチのスチールプレート及び摩擦板並びに潤滑油ポンプなどの損傷部品とともに、経年劣化を生じていた後進側クラッチの不良部品を新替えする修理を行った。
B指定海難関係人は、本件発生後、同種事故の再発防止対策として、機関の定期整備を確実に実施することの重要性を船主に説明し、取扱説明書に従って整備を実施するよう努めた。
(原因)
本件機関損傷は、機関の運転管理に当たる際、減速機の開放整備が不十分で、潤滑油ポンプ軸受の摩耗が進行するまま運転が続けられたことによって発生したものである。
整備業者が、減速機の修理を依頼された際、潤滑油ポンプの整備を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、機関の運転管理に当たる場合、減速機の定期整備が建造以来行われていなかったことを知っていたのであるから、操業中に減速機の作動に異状を生じることのないよう、定期整備の時期に整備業者に依頼するなど、減速機の開放整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、減速機の作動に支障がなければ大丈夫と思い、減速機の開放整備を十分に行わなかった職務上の過失により、潤滑油ポンプ軸受の摩耗が進行するまま運転を続け、同ポンプの吐出圧力が著しく低下する事態を招き、前進側クラッチのスチールプレート及び摩擦板などを焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、減速機の修理を依頼された際、潤滑油ポンプの整備を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後、機関の定期整備を確実に実施することの重要性を十分に認識し、船主にその旨を説明して整備を実施し、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。