(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年2月8日17時20分
北海道襟裳岬東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八金星丸 |
総トン数 |
160トン |
全長 |
38.13メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分720 |
3 事実の経過
第八金星丸(以下「金星丸」という。)は、昭和60年9月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラを有し、主機として株式会社赤阪鐵工所(以下「赤阪鐵工所」という。)が製造した6U28型と呼称するディーゼル機関を備え、船橋から主機とプロペラ翼角(以下「翼角」という。)の遠隔操作ができるようになっていた。
主機は、負荷制限装置の付設により計画出力1,029キロワット同回転数毎分640(以下、回転数は毎分のものを示す。)として登録され、同出力における翼角が21.0度であったが、就航後に同装置の設定が解除されていた。主機は、燃料にA重油を使用しており、架構の船尾側上部に排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を装備し、排気が各シリンダから2組の排気マニホルドに分かれて同機に導かれていた。
過給機は、石川島汎用機械株式会社が製造したVTR254−11型で、タービン入口ケーシング、タービンケーシング、ブロワ翼を内蔵するブロワケーシングなどから構成され、軸流式タービンと遠心式ブロワとを結合したロータ軸がタービン側軸受ケーシングの単列玉軸受及びブロワ側軸受ケーシングの複列玉軸受で支持されていた。
ところで、主機の燃料噴射ポンプは、各シリンダにボッシュ式のものを装備し、調速機により負荷に応じて制御される燃料油量を噴射時期に合わせ吐出するようになっており、玉弁、コイルばね、同ばねの上下両側のばね受で構成される吐出弁と吹戻し弁とを組み込んだ一体形の等圧弁を装着していた。吐出弁の上側ばね受は、円筒形の中心部に吐出側油路となる六角穴があり、外周のおねじ部を等圧弁上部のめねじ部に締め付け、回り止めの目的で、締付け箇所をかしめてあった。
A受審人は、平成11年11月に金星丸の次席一等機関士として乗り組み、翌12月1日に機関長に昇進し、主機の運転保守にあたり、通常の航海全速力前進時には、翼角を20.0度とし、回転数と燃料噴射ポンプのラック目盛(以下「ラック目盛」という。)から出力が推定される機関出力算出図表に基づき、連続最大出力の負荷率(以下「負荷率」という。)96パーセントに相当する回転数710、ラック目盛30としていた。
金星丸は、北海道釧路港を根拠地とし、毎年8月上旬から翌年5月末まで北海道襟裳岬東方沖合等の漁場で操業を続けた後、6月上旬から7月末まで休漁しており、同12年には、7月下旬の中間検査受検の目的で、休漁期間に主機のピストンを抜き出し、燃料噴射ポンプの等圧弁を新替えするなどの整備が行われ、その後例年どおり操業が再開された。
ところが、金星丸は、操業の開始や漁獲物の水揚げのために根拠地と漁場との航程を急ぐ際、船橋から遠隔操作で航海全速力前進時の翼角を19.5度とし、数時間にわたり主機の回転数730、ラック目盛32の負荷率105パーセントで過負荷運転を続けたが、各シリンダの出力が必ずしも均一ではないことから、更に過負荷運転となるシリンダが生じる状況になっていた。
しかし、A受審人は、操業の合間に主機の燃料噴射弁の噴霧状態を確認していたものの、これまで無難に運転しているから大丈夫と思い、船橋の操船者に回転数や翼角を下げさせるなどの過負荷運転の防止措置をとることなく、その状況を繰り返した。
主機は、前示過負荷運転中に船首側1番シリンダの燃料噴射ポンプ吐出側の油圧が著しく上昇し、吐出弁の上側と下側の両ばね受が激突するうち、衝撃力を受けて上側ばね受の締付けが次第に緩み始めた。
こうして、金星丸は、A受審人ほか13人が乗り組み、操業の目的で、船首1.5メートル船尾6.3メートルの喫水をもって、同13年2月7日22時10分釧路港を発し、襟裳岬東方沖合の漁場に至って操業を行い、主機の運転を続けているうちに前示燃料噴射ポンプの吐出弁の上側ばね受が緩んで折れ、1番シリンダが燃焼不良となり、未燃焼油が排気マニホルドに次第に滞留していたところ、翌8日操業を終え同漁場から同港に向け帰航することとし、17時05分主機を航海全速力前進に増速し運転中、同油が急激に燃焼した際に高圧のガスが過給機に流入し、17時20分襟裳岬灯台から真方位091度20.4海里の地点において、同機の各玉軸受等が損傷してロータ軸の軸心が偏移し、主機が給気不足となって煙突から黒煙を発した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、甲板作業中に船橋から黒煙の発生を知らされ、機関室に急行して過給機の異状を認め主機を停止した後、運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
金星丸は、僚船により釧路港に曳航され、過給機を精査した結果、前示損傷のほかブロワ翼、ブロワケーシング、タービン翼及びロータ軸等の損傷が判明し、各損傷部品を新替えした。
(原因)
本件機関損傷は、主機過負荷運転の防止措置が不十分で、燃料噴射ポンプ吐出側の油圧が著しく上昇し、吐出弁のばね受が折れたことにより燃焼不良となって未燃焼油が排気マニホルドに滞留し、同油が急激に燃焼した際に高圧のガスが過給機に流入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転保守にあたり、操業の開始や漁獲物の水揚げのために根拠地と漁場との航程を急ぐ場合、航海全速力前進時に連続最大出力を超えないよう、船橋の操船者に回転数や翼角を下げさせるなどの過負荷運転の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、これまで無難に運転しているから大丈夫と思い、過負荷運転の防止措置をとらなかった職務上の過失により、過負荷運転中に燃料噴射ポンプ吐出側の油圧が著しく上昇し、吐出弁のばね受が折れたことにより燃焼不良となって未燃焼油が排気マニホルドに滞留し、同油が急激に燃焼した際に高圧のガスが過給機に流入する事態を招き、各玉軸受、ブロワ翼、ブロワケーシング、タービン翼及びロータ軸等の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。