(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年6月29日08時30分
長崎県厳原港
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第十一さつま |
総トン数 |
183トン |
全長 |
39.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
367キロワット |
回転数 |
毎分395 |
3 事実の経過
第十一さつま(以下「さつま」という。)は、昭和58年3月に進水した、福岡県博多港と長崎県対馬各港間で日用品雑貨などの輸送に従事する鋼製貨物船で、主機として、株式会社新潟鐵工所が製造した6M22GT型と呼称するディーゼル機関を備え、主機シリンダブロックの船尾側上方には、同社が製造したNHP15AL型と称する軸流式排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を装備していた。
主機は、燃料油にA重油が使用され、航海中の常用回転数を毎分350ないし360(以下「毎分」を省略する。)として、月あたり約200時間運転されていた。
過給機は、排気集合管に接続された特殊鋳鉄製の排気入口ケーシング、タービン車室を兼ねる排気出口ケーシング及びブロワケーシングなどから構成され、排気入口及び出口ケーシングには冷却水室が設けられていた。そして、冷却水室は、電動式の冷却清水ポンプで加圧され主機入口主管から分流した清水により冷却されるようになっていた。
排気入口及び出口ケーシングの冷却壁は、部材の厚さが6ミリメートル(以下「ミリ」という。)のもので、排気ガス側からの腐食や冷却水側からの浸食などの進行により経年衰耗するため、メーカーでは、肉厚許容限度を3ミリとし、稼働後2年以上経過した場合は、予備品の備え付けを推奨し、このことを取扱説明書に記載していた。
ところで、過給機は、さつまが南国海運株式会社(以下「南国海運」という。)により中古船として購入された昭和63年9月以降、平成3年2月と同7年6月に、いずれも排気入口ケーシング冷却壁に破孔を生じ、その都度、排気入口及び出口ケーシングを新替えする措置がとられていた。
A受審人は、平成元年に南国海運に入社し、さつまの機関員及び僚船の機関長職を経て、同10年10月にさつまの機関長として乗り組んだとき、前任機関長から過給機の排気入口ケーシング冷却壁において周期的に破孔を生じ、新替えしているので注意するよう引継ぎを受け、主機の運転に当たっていた。
さつまは、平成11年4月に定期検査受検のため、業者による過給機の整備が行われた際、A受審人の指示により、排気入口及び出口ケーシングの冷却壁の肉厚計測と水圧検査が行われ、計測箇所については異常のないことが確認され、その後両ケーシングが引き続き使用されていた。
さつまは、A受審人ほか2人が乗り組み、日用品など約80トンを積載し、船首1.70メートル船尾3.10メートルの喫水をもって、6月28日18時00分博多港を発し、長崎県厳原港に向かい、翌29日02時00分同港へ入港し、厳原港外防波堤灯台から真方位332度600メートルの岸壁に係留したが、過給機の排気入口ケーシング冷却壁のノズルリング取付面付近に、排気ガス側からの腐食によるものか、冷却水側からの浸食などによるものか、いつしか局部的な衰耗を生じる状況となっていた。
A受審人は、6月29日08時過ぎ揚荷のため港内シフトを行う目的で、機関室で冷却清水ポンプを運転したのち、同時28分ごろ主機を始動し、アイドリング回転数の約230にかけて暖機運転を行い、係船索を外すため船尾甲板に赴いた。
こうして、さつまは、離岸作業中、過給機の排気入口ケーシング冷却壁のノズルリング取付面付近の衰耗箇所に破孔を生じて冷却水室の清水が漏洩し、08時30分前示係留地点において、主機が異音を発した。
当時、天候は曇で風力3の南東風が吹き、潮候はほぼ高潮時であった。
A受審人は、係船索を収納中、異音に気付いて機関室に赴き、主機を停止して点検したところ、過給機の消音器付近から清水が噴出していることを認め、ターニングを行ったとき、インジケータ弁から清水が噴出したことから、運転不能と判断して業者に援助を要請した。
さつまは、前示岸壁において過給機を開放した結果、排気入口ケーシング冷却壁のノズルリング取付面付近に長さ約10ミリの破孔を生じていることが判明し、排気入口及び出口ケーシング、ロータ軸受などが新替えされた。
(原因に対する考察)
本件は、現所有者により中古船として購入されて以降、主機付過給機排気入口ケーシングの冷却壁が衰耗し、3年ないし4年ごとに破孔を生じており、以下、その原因について考察する。
1 排気ガスによる低温腐食
排気ガス側に生じる硫酸腐食は、燃料油中に含まれる硫黄分に起因し、これを防止するためには冷却壁温度を硫酸の露点温度以上に保持することが必要とされる。金属の腐食損傷と防食技術によれば、「燃料油中の硫黄分が1パーセント以上では露点が130度(摂氏、以下同じ。)となり、それ以後あまり変化しない。露点を下げるためには硫黄分は1パーセント以下でなければならない。」と記載されている。そして、本船の燃料油試験成績表中の硫黄分が1パーセント未満であること、機関日誌中の運転諸元が常用回転数350ないし360において、各シリンダ出口排気温度が250ないし300度であること、及びA受審人に対する質問調書中、「過給機出口冷却清水温度は70ないし80度であった。」旨の供述記載を併せ勘案すると、冷却壁温度が常に硫酸の露点温度以下にあったとは考えにくいことから、低温腐食の可能性は低い。
2 冷却清水による浸食
冷却水側は、その圧力及び温度などによってはキャビテーションを生じ、これによる浸食の生じることが考えられる。しかし、本船の冷却清水ポンプ中心から同清水膨張タンクの液面までの高さが約4.6メートルあること、入口主管及び過給機入口の清水圧力が約1.7キログラム毎平方センチメートルで、清水温度が前示のとおりであることから、冷却清水による浸食の可能性は低い。
3 冷却清水による腐食
清水冷却方式であっても、酸素や塩素などの溶存成分の含有量によっては冷却水系統に腐食を生じさせる要因となる。本船では、長期間に渡り主機メーカーの推奨する冷却水処理剤の投入及び水質分析がいずれも行われておらず、水質管理が十分であったとはいえない。しかし、過給機排気入口ケーシングと同様な材質で、同様な温度条件下にあり、また、同ケーシングと比較して長期間使用されていたシリンダヘッドやシリンダライナなどに著しい腐食が見られないことから、冷却清水による腐食の可能性は低い。
4 ケーシング亀裂(きれつ)
冷却壁の肉厚が不足していなくとも、冷却水室内で空気が滞留するとケーシングが局部的に過熱され、亀裂を生じる要因となる。しかし、本船の冷却清水出口配管には、空気分離効果を上げる目的で装着される絞り板の有無は不明であるが、空気分離器及び空気抜き管は取り付けられており、また、新潟鐵工所品質管理室の回答書中、「当該破孔箇所付近に空気の滞留する可能性は考えられない。」旨の記載から、ケーシング亀裂の可能性は低い。
以上各点を総合すると、いずれも衰耗した要因として特定することができず、したがって冷却壁が衰耗した経過を明らかにすることができない。
(原因)
本件機関損傷は、主機付過給機排気入口ケーシングのノズルリング取付面付近の冷却壁が衰耗したことによって発生したものであるが、衰耗した経過を明らかにすることができない。
(受審人の所為)
A受審人の所為は、衰耗した経過が不明であるので、本件機関損傷とのかかわりを明らかにすることができない。
よって主文のとおり裁決する。