(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年9月30日16時00分
岩手県弁天埼東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五大定丸 |
総トン数 |
184トン |
全長 |
44.88メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分750 |
3 事実の経過
第五大定丸(以下「大定丸」という。)は、平成7年2月に進水したさんま棒受け網漁業等に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6MG26HLX型と呼称するディーゼル機関を装備し、クラッチ付減速機及び可変ピッチプロペラを備え、船橋から主機回転数及びプロペラ翼角の制御、クラッチの操作ができるようになっていた。
主機は、定格出力1,471キロワット同回転数毎分750の原型機関に負荷制限装置を付設して、計画出力735キロワット同回転数720(以下、回転数は毎分のものとする。)として登録され、海上試運転時における全負荷の翼角を15度としていたが、就航後、同装置が調整されて、最大負荷を回転数720翼角18度として運転されていた。また、主機は、回転数830で作動する過速度停止装置を装備し、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
主機の主軸受は、裏金にケルメットを鋳込み、表面のオーバーレイとの間にニッケルダムと称する薄いニッケル層を設けた完成メタルで、ニッケル層を設けることによって、オーバーレイ中の錫(Sn)がケルメット中へ拡散するのを防止し、オーバーレイの耐摩耗性及び耐食性、ケルメットの耐疲労性が改善されたが、軟質のオーバーレイが摩耗して硬質のニッケルダムが露出すると、ごみなどの埋没性がなくなり、耐焼付き性が著しく低下するものであった。
A受審人は、同10年5月大定丸に機関長として乗り組み、機関部員2人を指揮して機関の運転保守管理に当たり、毎年4月末にドックでの機関整備を終えたのち、5月中頃から7月末までを北洋でのさけ・ます流し網漁業に、8月中頃から11月末までを千葉県から北海道にかけてのさんま棒受け網漁業に、12月初めから翌年4月中頃までを福島県から八丈島近辺にかけて大目流し網漁業にそれぞれ従事していた。
同12年5月18日14時ごろ大定丸は、北緯43度40分東経151度25分ばかりの北洋漁場において、さけ・ます流し網漁業に従事中、主機回転数650翼角6度として、4.0ノットの前進速力で進行しながら揚網中、網が揚網機から外れて船尾方に流れ、船橋で操業指揮を執っていた漁労長が、網がプロペラに絡むとの乗組員の叫び声を聞き、機関を全速力後進にとろうとしたが、慌てていたことから、船橋の機関操縦盤に組み込まれているクラッチ脱の押しボタンスイッチをいきなり押したため、主機が急激な負荷減少により過速度運転を起こし、過速度停止装置が作動した。
ところで、主機は、過速度運転を起こすと、軸受の油膜が破壊されて軸受表面のオーバーレイに異常摩耗を生じることがあり、これをそのまま放置して運転を続けると、摩耗が進行して軸受が焼き付くおそれがあるから、過速度運転を起こしたときには、主軸受などを点検する必要があった。
しかしながら、甲板上で操業作業に従事していたA受審人は、漁労長から主機が自然に停止したことの報告を受け、調査の結果、過速度停止装置が作動し、主機が過速度運転をしたことを認めたが、その後、外観上格別の変化もなく運転できたことから大事に至ることはあるまいと思い、基地としていた北海道釧路港に戻ったとき、業者に依頼するなどして、主軸受を開放点検することなく運転を続けていたので、3番及び4番の主軸受に異常摩耗を生じていることに気付かなかった。また、同人は、同年7月11日にも同様の理由で主機が過速度運転を起こしたことを認めたものの、依然として主軸受の開放点検を行わずに運転を続けているうち、同主軸受の摩耗が進行する状況となった。
こうして大定丸は、A受審人ほか16人が乗り組み、船首2.00メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、さんま棒受け網漁の目的で、同年9月30日13時00分岩手県釜石港を発し、主機回転数720翼角18度の全速力前進にかけ、青森県八戸港沖合の漁場に向けて航行中、16時00分陸中弁天埼灯台から真方位087度7.1海里の地点において、主機3番及び4番の主軸受が油中のスラッジを噛み込んでクランク軸ジャーナルに焼き付き、大量の金属粉が発生してノッチワイヤ式の潤滑油こし器を目詰まりさせ、潤滑油圧力低下警報が作動した。
当時、天候は晴で風力1の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、食堂で休息中、自室の機関警報ブザーが鳴っている旨の通報を機関部員から受けて機関室へ赴き、主機の潤滑油圧力が標準値の5キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力単位を「キロ」という。)から2キロに低下しているのを認め、直ちに主機を停止して潤滑油こし器を開放したところ、大量の金属粉で目詰まりしており、予備潤滑油ポンプを運転して潤滑油の循環と、潤滑油こし器の掃除を繰り返し行ったところ、潤滑油圧力が5キロに回復し、またターニングして軽かったので主機を始動し、運転状態から低速運転による自力航行可能と判断した。
大定丸は、18時00分前示地点を発進して釜石港に微速力で引き返し、翌10月1日07時30分同港に入港し、主機は、業者による損傷調査が行われた結果、前示損傷のほか、クランク軸に曲損、シリンダブロック下部の3番及び4番の主軸受ハウジング部に熱変形、クランクピン軸受全数に金属粉の噛み込みによる肌荒れ傷などを生じていることが判明し、のちいずれも新替え修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機が過速度運転を起こした際、主軸受の点検が不十分で、油膜の破壊により軸受表面のオーバーレイに異常摩耗を生じたまま運転が続けられ、摩耗が進行して主軸受の耐焼付き性が著しく低下したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機が過速度運転を起こした場合、主軸受などの油膜が破壊されて軸受表面のオーバーレイに異常摩耗を生じていることがあるから、業者に依頼するなどして、主軸受を開放点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、外観上格別の変化もなく運転できたことから大事に至ることはないものと思い、主軸受を開放点検しなかった職務上の過失により、主軸受に異常摩耗を生じていることに気付かないまま運転を続けて焼付きを招き、3番及び4番の主軸受に焼損、クランク軸に曲損、シリンダブロックの主軸受ハウジング部に熱変形、クランクピン軸受全数に肌荒れ傷などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。