(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年9月14日21時00分
北海道落石岬南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十八伊勢丸 |
総トン数 |
159トン |
全長 |
39.41メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット(計画出力) |
回転数 |
毎分365(計画回転数) |
3 事実の経過
第五十八伊勢丸(以下「伊勢丸」という。)は、昭和59年2月に進水した、さけ・ます流し網漁業、さんま棒受け網漁業及びたら延縄漁業に従事する船首楼及び船尾楼付一層甲板型鋼製漁船で、船尾楼甲板に前方から順に船橋、機関室天窓、鋼製囲いで覆われた区画、同甲板下方に凍結室、機関室、魚倉等が配置されており、左舷側に棒受け網、左右両舷側に集魚灯が装備されていた。船尾楼甲板の囲いで覆われた区画下方の上甲板には、後部右舷側に昇降口があり、中央部に電圧225ボルト容量800キロボルトアンペア3相交流の集魚灯用発電機を備え、同機が原動機(以下「補機」という。)により駆動されていた。
補機は、ダイハツディーゼル株式会社が製造した12DK−16A型と呼称する定格出力882キロワット同回転数毎分1,800の過給機付4サイクル12シリンダV形ディーゼル機関で、シリンダの左舷側をA列、右舷側をB列と呼び、両列の各シリンダには船尾側を1番として6番までの順番号が付されていた。補機は、機側に電動渦巻式の冷却海水ポンプが装備され、海水が機関室右舷側の海水箱から同ポンプに吸引され空気冷却器、潤滑油冷却器、清水冷却器を順次通過して冷却した後、同室後方右舷側の冷却海水排出口を経て船外に至り、また、同ポンプの吸引側に甲板海水管が接続されていて、始動前には呼び水ができるようになっていた。冷却清水は、直結渦巻式の冷却清水ポンプの吸引管と冷却清水膨張タンクとの間を連絡する配管があり、同ポンプに吸引されて機関各部を冷却した後、出口集合管で合流して温度調整弁及び清水冷却器に導かれ、吸引管に還流していた。
ところで、補機は、冷却清水温度が清水冷却器入口で摂氏約75度(以下、温度は摂氏とする。)、潤滑油温度が潤滑油冷却器入口で約65度にそれぞれ保たれ運転されており、出口集合管で検出した冷却清水温度が85度を超えると、機側計器盤に組み込まれた冷却清水温度上昇警報装置が作動し、同盤の警報灯等で警報が発せられるようになっていた。
伊勢丸は、毎年5月から7月末までがさけ・ます流し網漁、8月から12月上旬までがさんま棒受け網漁、同月下旬から翌年3月末までがたら延縄漁の操業を繰り返していた。
A受審人は、平成10年12月に伊勢丸の機関長として乗り組み、主機のほか補機の運転保守にあたり、さんま棒受け網漁の操業時のみ補機を運転して1時間経過ごとに見回り、揚網の際には甲板作業を行っていた。
伊勢丸は、A受審人ほか15人が乗り組み、さんま棒受け網漁の操業の目的で、船首1.5メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、同12年9月14日15時00分北海道花咲港を発し、落石岬南東方沖合の漁場に至り、日没時に補機を運転して集魚灯を点灯した後、漂泊したまま操業を行い、20時50分に当日2回目の揚網を開始したが、船体が横揺れしていたところに漁獲物の重量が加わって左舷側に傾いたとき、補機の冷却海水ポンプが海水箱から海水とともに空気を吸い込み、各冷却器の冷却海水量が不足して冷却清水及び潤滑油の温度が上昇し、やがて冷却清水温度上昇警報装置が作動して警報が発生する状況となった。
しかし、A受審人は、揚網の際に船体が傾いたとき、これまで無難に運転しているから大丈夫と思い、冷却海水の船外排出状態や機側計器盤を見るなどして補機の運転状態を適切に監視することなく、機関室天窓付近の船尾楼甲板左舷側にいたまま、その状況に気付かなかった。
こうして、伊勢丸は、補機の冷却清水及び潤滑油の温度が著しく上昇した状態で運転が続けられているうち、冷却及び潤滑が阻害され、A列5番及び6番シリンダのピストンとシリンダライナが焼き付き始め、21時00分北緯42度57分東経145度40分の地点において、甲板作業中の乗組員が冷却海水排出口から立ち上る多量の湯気を発見した。
当時、天候は晴で風力4の北東風が吹き、海上には白波があった。
A受審人は、多量の湯気を知らされて補機の機側に急行したところ、間もなく同機が自停したので、運転を断念してその旨を船長に報告した。
伊勢丸は、操業を打ち切って花咲港に引き返し、補機を精査した結果、前示ピストンとシリンダライナのほか全シリンダのクランクピン軸受、クランクピン及び主軸受等の損傷が判明し、中古機関と換装した。
(原因)
本件機関損傷は、集魚灯用補機の運転監視が不適切で、冷却海水ポンプの空気の吸込みにより冷却清水及び潤滑油の温度が著しく上昇し、冷却及び潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、補機の運転保守にあたり、さんま棒受け網漁の揚網の際に船体が傾いた場合、冷却海水ポンプが海水とともに空気を吸い込むことがあるから、異状が察知できるよう、冷却海水の船外排出状態や機側計器盤を見るなどして補機の運転状態を適切に監視すべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで無難に運転しているから大丈夫と思い、補機の運転状態を適切に監視しなかった職務上の過失により、冷却海水ポンプの空気の吸込みにより冷却清水温度上昇警報装置が作動している状況に気付かず、冷却清水及び潤滑油の温度が著しく上昇して冷却及び潤滑が阻害される事態を招き、ピストン、シリンダライナ、クランクピン軸受、クランクピン及び主軸受等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。