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平成13年函審第39号
件名

漁船第三十五北星丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成14年2月22日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(工藤民雄、安藤周二、織戸孝治)

理事官
大石義朗

受審人
A 職名:第三十五北星丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
甲板員1人及び機関長が死亡、甲板員1人が左肩甲骨骨折等

原因
復原性に対する配慮不十分

主文

 本件転覆は、復原性に対する配慮が十分でなかったことによって発生したものである。
 なお、乗組員が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年7月2日01時30分
 オホーツク海択捉海峡北方

2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十五北星丸
総トン数 19トン
全長 23.80メートル
4.00メートル
深さ 1.55メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 603キロワット

3 事実の経過
(1)第三十五北星丸の構造及び設備
 第三十五北星丸(以下「北星丸」という。)は、平成11年4月に進水した、さけ・ます流し網、さんま棒受け網及びいか一本釣りの各漁業に従事する船首楼付一層甲板型アルミニウム合金製漁船で、上甲板上が船首から順に甲板長倉庫、船首甲板、操舵室、機関室囲壁、賄室及び船尾甲板となっており、船首甲板左舷側に揚網機、操舵室右舷側に送網管が装備されていた。また上甲板下には、船首から順に1番燃料タンク、1番から4番までの魚倉、機関室、同室後部の左右舷に2番燃料タンク、次いで船員室、同室下部の左右舷に清水タンク、舵機室及び左右舷の3番燃料タンクがそれぞれ配置されていた。
 船首甲板は、船首楼後面と操舵室前面との間の長さ9.00メートルで、同甲板下に1番、2番及び船縦方向に三等分に仕切られた3番、4番の魚倉が設けられ、魚倉には高さ40センチメートル(以下「センチ」という。)のコーミングを有する倉口が1番及び2番魚倉に各1個、3番及び4番魚倉には船横方向に各3個あり、止め金付きのハッチ蓋で閉鎖するようになっていた。
 船尾甲板は、賄室後面から船尾端までの長さ5.00メートルで、高さ2.80メートルの囲いで覆われた漁網格納場となっていた。
 また、舷側は、ウエル状のブルワークで囲われ、上甲板上のその高さが最も低くなっている船首甲板凹部において90センチで、漁業の種類によりブルワーク凹部に差し板を挿入して一時的にブルワークをかさ上げできる構造となっており、船首甲板においては上甲板から高さ40センチのところに敷き板を取り付けて漁労作業場とし、ブルワークをかさ上げするとその高さが上甲板上1.20メートルとなり、さけ・ます流し網漁のとき、いつも右舷側のブルワークのみをかさ上げした状態であった。
(2)北星丸の上甲板上の排水設備及び開口部
 排水設備は、長さ35センチ高さ20センチの放水口が船首甲板両舷側に片舷につき3箇所、船尾甲板両舷側に片舷につき1箇所設けられ、それぞれの放水口の外板外側にはロケットと称する半円筒形の覆いがあり、また船首甲板の両舷側には、敷き板と同じ高さで2番魚倉ハッチ蓋後端から4番魚倉ハッチ蓋後端にかけ、処理した魚の残りかす等を流すための幅20センチ高さ15センチの導水溝、その後端に直接船外に通じる直径15センチの排水パイプ各1個が備えられていた。
 開口部は、機関室囲壁上の後部中央左舷側に長さ幅とも0.60メートル高さ1.40メートルのコンパニオンが設置され、機関室、賄室を経て船員室に通じるようになっており、同コンパニオン、操舵室後部の両舷側及び賄室後壁の左舷寄りには開き戸が設けられ、賄室後壁の同戸は漁網格納場に接していることから常時閉鎖され、更に同室後壁の左舷端に非常用ハッチが設置され、また甲板長倉庫には引き戸が設けられていた。
(3)復原性に関する注意事項
 竣工後、北星丸は、平成11年5月、日本小型船舶検査機構仙台支部の第1回定期検査を受検した際、横揺れ周期の計測が行われ、同周期が5.3秒であることから、船舶検査手帳(以下「検査手帳」という。)に復原性に関する注意書が添付され、同注意書には運航に当たり波や風の方向に注意して操船し、無理な急旋回をしないこと、燃料油、漁具及び漁獲物等の過積載に注意するとともに重量の大きなものは甲板下等のできるだけ低い位置に積むようにすること、漁獲物は片荷にならないようにすること、また移動しないように積み付けることなどが記載されていた。
(4)漁場発進後の漁獲物等の積載状況
 漁獲物は、さけ及びます約1.5トンを氷約2トンとともに1番魚倉に、さけ約18トンを氷約5トンとともに3番及び4番魚倉にそれぞれ魚倉にほぼ一杯に積み付け、ハッチ蓋をかぶせて付属の止め金で固定し、更にすじこが入った重さ約10キログラムの木箱60箱を送網管下に5ないし6段に積み上げていた。
 また、積込み物は、漁網約9.7トンを船尾甲板の漁網格納場に置き、その上に1個約24キログラムのラジオブイ14個を載せシートで覆ってロープで固縛し、3番左右両舷の燃料タンクに満載の各2キロリットル、2番左右両舷の容量2.2キロリットルの燃料タンクに各1.1キロリットルのA重油及び左右両舷の容量0.65キロリットルの清水タンクに約1トンの清水があった。
(5)気象海象
 オホーツク海の択捉海峡北方海域は、当時、津軽海峡西方から低気圧が北東進して近づいていて、海上風警報は発表されていなかったものの、風力6ないし7の南寄りの風が吹き、海上には波高4ないし5メートルの波浪が発生し、時化模様の状態となっていた。
(6)本件発生に至る経緯
 北星丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、さけ・ます流し網漁の目的で、船首1.30メートル船尾3.10メートルの喫水をもって、平成11年6月24日02時00分北海道花咲港を発し、オホーツク海のロシア連邦経済水域内の漁場に向かい、翌25日12時ごろ択捉海峡北方の漁場に到着して操業を開始し、その後北上しながら操業を繰り返した。
 北星丸は、さけ及びます約20トンを漁獲したところで操業を打ち切り、船首1.60メートル船尾2.90メートルの喫水をもって、越えて7月1日15時00分択捉海峡北方沖の北緯47度50.0分東経148度57.0分の地点を発進し、花咲港に向け帰航の途に就いた。
 発進後、A受審人は、乗組員に漁獲物の截割作業を行わせ、自らは単独で船橋当直に当たり、針路を180度(真方位、以下同じ。)に定めて自動操舵とし、機関を半速力前進にかけて6.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、南寄りの波浪を船首方から受けてピッチングを繰り返しながら、左方にわずかに圧流されて進行した。
 ところで、A受審人は、第1回定期検査受検の際に検査員から横揺れ周期についての説明を受けていたので、復原性に関する注意書が検査手帳に添付されていることを承知していた。
 18時30分A受審人は、截割作業などすべての作業を終えたとき乗組員を休息させ、引き続き単独で当直に当たり、機関を全速力前進より少し減じた回転数毎分1,400に上げ、9.0ノットの速力で続航したところ、上甲板右舷側の送網管下に大量のすじこを積んでおり、2番左舷燃料タンクの燃料油の消費による減少に伴い、船体が右舷側に徐々に傾斜する状態となって南下した。
 A受審人は、椅子に腰を掛けて当直を続けていたところ、20時ごろ南寄りの風が毎秒14ないし15メートルに強まるとともに、択捉海峡に近づくにつれ、風浪と潮流とが合成された三角波が波高4ないし5メートルに高まり、縦揺れに加え左右の動揺が大きくなって海水が船首甲板に打ち込むおそれがある状況となったが、これまで無難に航行できたことから大丈夫と思い、大幅に減速して海水の打込み及び燃料油の消費に伴う右舷傾斜を修正して海水の滞留を防止するなど復原性に十分配慮することなく、波浪の状態を見て一時少し減速しただけで、自動操舵のままほぼ9ノットの速力で進行した。
 A受審人は、翌2日01時20分ごろ高波を受け、大量の海水が右舷側からブルワークを越えて船首甲板に打ち込み、没水した右舷側放水口から排水されないまま甲板上に滞留して右舷側に大きく傾斜したので、2番右舷燃料タンクの燃料油を同左舷タンクに移送を始め、更に船体の動揺を軽減するつもりで手動操舵に切り替えて右舵15度をとり、旋回して北方に向首し波浪を船尾方に受けるようにしたものの、なかなか排水しないので操舵室後部の寝台で休息していた甲板長を起こした。
 その後、A受審人は、船体傾斜がほぼ直ったころ、船首甲板上の海水が十分に排水しきれないまま復原力が低下した状況で、今度は左舷方から5メートルを越える高波を受け、大量の海水が船首甲板に打ち込み、燃料油の左舷側への移送も加わって左舷側に20度以上傾斜し、ブルワーク上縁が海中に没して海水が滞留し敷き板が流れ出したので不安となり、甲板長に乗組員を起こすようスタンバイのベルを鳴らさせたものの、気が動転していて、乗組員に救命胴衣を着用させるよう指示しなかった。そして同受審人は、遠心力を利用して船体を水平に戻そうと左舵一杯として旋回したところ、更に傾斜が増したので約6海里先を航行していた僚船に救助を求め、甲板長に膨張式救命筏の投下準備を命じて左回頭を続けるうち、水平に戻らないまま、開放されていた操舵室左舷側開き戸から海水が浸入し始めたことから機関を停止して舵を中央に戻した。
 一方、甲板長は、賄室に乗組員が集まっているのを確認したあと、コンパニオンから海水が船内に浸入するようになったので、転覆の危険を感じ、急いで操舵室屋上に上がり左舷側に設置されていた膨張式救命筏を投下し、A受審人を除いた乗組員を同筏に移乗させた。
 北星丸は、01時30分北緯46度29.0分東経149度01.0分の地点において、A受審人が膨張式救命筏に移乗しようとしたとき、復原力を喪失し、090度に向首して同筏に覆いかぶさるように左舷側に転覆した。
 当時、天候は晴で風力7の南南東風が吹き、付近には1ノット余りの南流があり、高さ4ないし5メートルの波浪があった。
 転覆の結果、膨張式救命筏に移乗していた乗組員は、覆いかぶさってきた北星丸の船体により同筏が破損して海中に投げ出され、その後北星丸の船底に上がっていたところ、駆け付けた僚船によって救助されたものの、甲板員S(昭和17年5月30日生)が溺水により死亡し、機関長K(昭和23年4月16日生)が行方不明となり、のち死亡と認定され、甲板員Eが約1箇月の入院治療を要する左肩甲骨骨折、左肩鎖関節脱臼及び頚椎捻挫を負った。また北星丸は、僚船により花咲港に向け曳航中、同月6日14時11分北緯45度41.4分東経147度41.3分の地点において沈没した。

(原因)
 本件転覆は、夜間、荒天下、択捉海峡北方海域を満載状態で帰航中、波浪が高まり船体動揺が大きくなった際、復原性に対する配慮が不十分で、海水の打込み及び滞留を防止する措置がとられず、大量の海水が甲板上に打ち込み大傾斜して船内に浸入し、復原力を喪失したことによって発生したものである。
 なお、乗組員が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、荒天下、択捉海峡北方海域を満載状態で帰航中、波浪が高まり船体動揺が大きくなったことを認めた場合、横揺れ周期が5.3秒で復原性に関する注意書が検査手帳に添付されていたから、更に復原力を低下させることのないよう、大幅に減速して海水の打込み及び燃料油の消費に伴う右舷傾斜を修正して海水の滞留を防止するなど復原性に十分配慮すべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで無難に航行できたことから大丈夫と思い、大幅に減速して海水の打込み及び燃料油の消費に伴う右舷傾斜を修正して海水の滞留を防止するなど復原性に十分配慮しなかった職務上の過失により、大量の海水が甲板上に打ち込み大傾斜して船内に浸入し、復原力を喪失させて転覆する事態を招き、機関長及び甲板員1人が死亡したほか、他の甲板員1人が左肩甲骨骨折及び頸椎捻挫などを負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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