(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)
平成11年10月15日02時00分
瀬戸内海安芸灘西部 小館場島
(第2)
平成11年10月15日03時00分
瀬戸内海安芸灘西部 小館場島北岸沖合
2 船舶の要目
(第1)
船種船名 |
漁船明神丸 |
総トン数 |
4.8トン |
登録長 |
13.17メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
80 |
(第2)
船種船名 |
漁船第五良栄丸 |
漁船明神丸 |
総トン数 |
4.9トン |
4.8トン |
登録長 |
13.17メートル |
13.17メートル |
幅 |
2.88メートル |
2.96メートル |
深さ |
1.02メートル |
1.04メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
90 |
80 |
3 事実の経過
(第1)
明神丸は、網船としてまき網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、船首0.5メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成11年10月14日17時00分広島県坂町を発し、付属船及び運搬船とともに広島湾の漁場に向かった。
網元で漁ろう長でもあるA受審人は、自ら操業の指揮にあたり、大奈佐美島南東方約1海里の奈佐美瀬戸で操業を行ったのち、魚群探索を行いながら広島湾を南下したあと、倉橋島南岸を経て安芸灘に至り、同島東方沖合から安居島西方で探索を続け、翌15日01時50分ごろ小館場島南東方1.0海里の地点に達したが、魚群に遭遇しないので操業をあきらめ、乗組員5人を運搬船に移乗させて帰港することとした。
A受審人は、鹿老渡小瀬戸を通航して黒島水道を北上することとし、そのころ北西方約4.7海里に、鹿老渡小瀬戸に架かる鹿島大橋の橋梁灯を認め、同方向には、中心部の標高が62メートルで航路標識や民家などの明かりがなく、夜間はかなり接近しないと肉眼で島影を視認することが困難な小館場島や、その西方に大館場島が存在することを知っていたが、鹿島大橋橋梁灯が肉眼で見えることから、同橋に向首する針路上に小館場島などの島は存在しないと思い、GPSプロッタや使用中のレーダーによって船位を確認しなかったので、同橋に向首して航行すると小館場島北東端に接近することに気付かず、01時55分三ツ石灯台から090度(真方位、以下同じ。)3.3海里の地点で、同橋に向けて針路を300度に定め、機関を全速力前進にかけ、13.5ノットの対地速力で進行した。
その後A受審人は、操舵室の床に座って手動操舵にあたり、使用中のレーダーで周囲の状況を見るなどして船位を確認しないまま、先航する運搬船のあとに従って続航し、01時59分小館場島南岸まで300メートルとなり、肉眼でも同島を認めることができるようになったものの、うつむいて操舵していたので、依然同島北東端に接近していることに気付かないで進行中、02時00分三ツ石灯台から077度2.4海里の地点において、明神丸は、小館場島北東岸の岩礁に原針路、原速力のまま乗り揚げた。
当時、天候は曇で風力2の北風が吹き、視界は良好で、潮候は下げ潮の中央期にあたり、波高約1メートルのうねりがあった。
乗揚の結果、前部船底に破口を生じて浸水したが、A受審人が先航していた運搬船に救助を求め、間もなく同船によって引き下ろされた。
(第2)
第五良栄丸(以下「良栄丸」という。)は、網船としてまき網漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人ほか4人が乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成11年10月14日17時30分広島県鹿川漁港を発し、網船の第六良栄丸及び運搬船の海福丸とともに広島湾の漁場に向かった。
B受審人は、奈佐美瀬戸で操業を行ったが漁獲量が少なかったので、その後魚群探索にあたりながら広島湾を南下して安芸灘に向かい、翌15日02時20分ごろ三ツ石灯台北方約1海里付近を航行中、C受審人から携帯電話により、小館場島の岩礁に乗揚げて離礁したが沈みかけているので救助に来てほしい旨の連絡を受け、ただちに第六良栄丸及び海福丸とともに小館場島沖に向かった。
ところで、明神丸は、操舵室前方に、船首側から後方に向かって順に1ないし5番の各船倉が配置され、各船倉間及び5番船倉と機関室間にはそれぞれ隔壁が設けられていた。また、1番船倉上に油圧式ローラーウインチ、2及び3番船倉上に油圧駆動の漁獲物積込み用クレーン及び漁網巻上げ用ボールローラーウインチが、いずれも船体中心線上に設置され、これら油圧機械の作動油を機関室内の油圧ポンプから送る油圧配管を収めた内径125ミリメートルの塩化ビニール製ダクトが、機関室から隔壁を貫通して2番船倉後部隔壁まで左舷側甲板下約15センチメートルのところに配置されていた。
C受審人は、前示ダクトが設置されていることを知っており、第1の乗揚事件で運搬船によって離礁したあと、船内を点検して機関室への浸水を認めず、後部船底には損傷がないことが分かったが、2番船倉を含む前部船倉に浸水して船首が沈み始めたので、携帯電話により付近で操業中の良栄丸に救助を求めた。
その後C受審人は、沈没を免れるため、右舷側を運搬船の左舷側に接舷し、3箇所のビットにとった直径32ミリメートルの合成繊維ロープ3本で同船に係止し、同船を小館場島北西方約300メートル沖合の水深約40メートルのところに投錨させた。
C受審人は、クラッチを中立として機関を運転し、毎時約1トンの吐出能力を有する主機駆動の雑用海水ポンプのほか、運搬船のポンプを使用して船倉内の海水の排水を試みたものの、破口からの浸水量の方が多いため排水が困難で、船体を浮上させることができなかったばかりか、更に沈下が進んで船体前部が水没するようになり、浸水を止めることができず、そのままでは沈没するおそれがあったが、クレーンを備えた良栄丸とその僚船が間もなく到着するので、両船に船体を吊り上げてもらって排水しようと思い、速やかに運搬船にえい航させて近くの小館場島海岸に任意座礁するなど船体を保全する措置をとらなかった。
02時30分B受審人は、小館場島北西方約300メートル沖合で同島の方に向いて投錨中の運搬船の近くに到着し、その左舷側に船体前部が水没した明神丸を認めた。
B受審人は、自船の右舷側を明神丸の左舷側に接舷して機関を中立運転とし、その後同船及び運搬船の乗組員とともに明神丸の左舷側甲板上に積まれた重さ約0.5トンの漁網を自船に移す作業にかかり、02時45分ごろ漁網を移し終えるとともに、右舷後部甲板上にバラストとして積んであった土のうを海中に投棄したものの、依然明神丸の船首が浮上せず水面下に沈んだままであったので、C受審人と相談し、良栄丸及び同船とほぼ同型の第六良栄丸の各船に搭載してある、いずれも最大定格荷重が2,000キログラムの各クレーンにより明神丸の船首部を水面上に吊り上げて船倉内の海水を排出することとしたが、同船最前部の5番船倉から、各船倉を貫通して機関室に至る油圧配管用ダクトが左舷側甲板下に設置されていることを知らなかった。
02時55分ごろB受審人は、運搬船に乗り移り、第六良栄丸を運搬船の右舷側前部に接舷させたのち、部下に良栄丸及び第六良栄丸の各クレーンを操作させ、直径9ミリメートルの各クレーンワイヤロープ先端を明神丸船首部のビットに止めたあと、02時57分ごろ同ロープがゆっくり巻き込まれ、明神丸の船首が少しずつ浮上する状況を見ていた。
明神丸は、前部船倉に浸水していたものの、機関室のある船体後部には浸水しておらず、かろうじて浮いている状態であったが、02時58分ごろ船首が良栄丸と第六良栄丸の各クレーンによりほぼ左右の水平を保った状態で吊り上げられて船尾トリムとなったことから、2番船倉に充満していた海水が、油圧配管用ダクトを通って機関室内に流れ込んだため、左舷側に傾斜するとともに船尾が徐々に沈下し始め、やがて浮力を喪失した。
良栄丸は、明神丸の沈下に伴って右舷側に傾斜し、同時に運搬船及び第六良栄丸の両船も明神丸に引き込まれて左舷側に傾斜し、これら3船が転覆するおそれが生じた。
C受審人とともにこの様子を見ていたB受審人は、直ちに第六良栄丸に乗り移って同船のクレーンワイヤロープをワイヤクリッパーで切断し、運搬船乗組員が明神丸を係止していたロープ3本を切断したが、良栄丸は、乗組員がワイヤクリッパーを探している間に、明神丸に引き込まれて大傾斜し、03時00分三ツ石灯台から075度2.2海里の地点において、右舷側に転覆し、同船を吊っていたワイヤロープが巻取ドラムから全量延出したあと根付け部分で外れた。
当時、天候は曇で風力2の北風が吹き、潮候は下げ潮の中央期にあたり、波高約1メートルのうねりがあった。
その結果、良栄丸は機関、航海計器、クレーン等に濡れ損を生じたほか、漁具の一部が海没したが、来援したクレーン船によって鹿川漁港に引きつけられたのち修理され、明神丸は沈没して全損となった。
(原因)
(第1)
本件乗揚は、夜間、安芸灘西部において、小館場島南東方沖合から鹿老渡小瀬戸に向け航行する際、船位の確認が不十分で、同島北東岸に接近したことによって発生したものである。
(第2)
本件遭難は、夜間、安芸灘の小館場島沖合において、同島岩礁に乗揚げた明神丸が、離礁後船倉への浸水量が多くて排水が困難となった際、速やかに付近の海岸に任意座礁するなど船体を保全する措置をとらず、救助にあたった良栄丸とその僚船に、クレーンで船首を吊り上げさせて排水中、前部船倉に浸水した海水が油圧配管用ダクトから機関室に流れ込み、浮力を喪失して沈没し、さらに良栄丸が明神丸に引き込まれて転覆したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
(第1)
A受審人は、夜間、小館場島南東方沖合から鹿老渡小瀬戸に向け航行する場合、同島に航路標識や民家などの明かりがなく間近に接近するまで肉眼で視認することができない状況であったから、同島に接近しないよう、GPSプロッタや使用中のレーダーにより船位を確認すべき注意義務があった。しかるに、同人は、鹿島大橋橋梁灯が肉眼で見えることから、同橋に向首する針路上に小館場島が存在しないと思い、GPSプロッタや使用中のレーダーによって船位を確認しなかった職務上の過失により、小館場島北東岸に接近することに気付かないまま進行して乗揚を招き、前部船底に破口を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
(第2)
C受審人は、夜間、小館場島沖合において、同島北東岸の岩礁に乗揚げ後離礁した明神丸が、船底に破口を生じて船首が沈み、備え付けのポンプで排水しても浮上させることができず、更に沈下して船体前部が水没するようになった場合、浸水を止めることができず、そのままでは沈没するおそれがあったのだから、速やかに運搬船に曳航させて小館場島海岸に任意座礁するなど船体を保全する措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、クレーンを備えた良栄丸とその僚船に船体を吊り上げさせた状態で船倉内の海水を排出しようと思い、速やかに運搬船に曳航させて同島海岸に任意座礁するなど船体を保全する措置をとらなかった職務上の過失により、良栄丸とその僚船にクレーンで明神丸を吊り上げさせて遭難を招き、明神丸を沈没させたうえ、良栄丸を転覆させて機関等に濡れ損を生じさせるとともに漁具の一部を海没させるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。