(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年10月11日15時00分
三河港
2 船舶の要目
船種船名 |
押船三フジ |
総トン数 |
118トン |
全長 |
31.67メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分350 |
3 事実の経過
三フジは、平成12年6月に進水した、主として伊勢湾内でバージや作業船の曳航(えいこう)又は押航(おうこう)の業務に従事する鋼製揚錨船兼押船で、主機として、株式会社新潟鐵工所が製造した連続最大出力735.5キロワットの6M28BGT型と呼称するディーゼル機関2基と、油圧クラッチ内蔵の逆転機2基とをそれぞれ組み合わせて装備し、操舵室に主機及び逆転機の遠隔操縦装置、計器盤及び警報盤を設けていた。また、発電機として、定格容量100キロボルトアンペアの補機駆動の発電機(以下「補機駆動発電機」という。)2基及び停泊用発電機をそれぞれ備えていた。
逆転機は、一定方向に回転する主機の入力を受け、前進用クラッチ又は後進用クラッチを選択してプロペラ軸の回転方向を切り替えるもので、クラッチ選択のための同機付前後進切替弁のスプールを、中立位置から前進側又は後進側へ軸方向に移動させることにより、作動油圧回路を切り替え、油圧湿式多板形の前・後進用クラッチを嵌(かん)合させていた。
逆転機の遠隔操縦装置は電気・空気式で、その作動機構は、機関室上段船首側の同室警報盤の操縦位置切替えスイッチにより、操縦位置を同室から操舵室に切り替えたうえ、操舵室操縦盤の操縦レバーを前進又は後進位置にすると、機関室の前進又は後進電磁弁が作動し、操縦空気が各電磁弁を経て、前後進切替弁のスプールと一体になった空気シリンダ内ピストン(以下「ピストン」という。)の前進側又は後進側に作用して切り替えるようになっており、操縦レバーを中立位置にすると、操縦空気がピストンの中立側のみに作用し、スプールを中立位置に切り替えて前・後進用クラッチが切れ、回転数毎分230のアイドリング回転となるものであった。
前後進切替弁のスプールとピストンを移動させる操縦空気は、主空気だめから減圧弁を経て供給される圧力8ないし9キログラム毎平方センチメートル(以下圧力は「キロ」で示す。)の圧縮空気で、操縦空気系統には、同空気圧力が6キロ以下に低下すれば、操舵室及び機関室各警報盤に組み込まれた警報ランプが点灯し、警報音が作動する操縦空気圧力低下警報装置が備えられていた。
主空気だめは、1個の容量が250リットルで、機関室下段の両舷主機の間に船横方向に2個設置され、就航時から右舷側のものが常用され、左舷側のものは予備として通常使用されていなかった。
また、主空気だめに充気する主空気圧縮機は、圧縮圧力30キロのもので、主空気だめの船尾側に2台設置され、就航時から1台が常用され、1台は予備とされていた。そして、主空気圧縮機の起動器は、機関室下段船首側の集合起動器盤に組み込まれ、同起動器には、自動又は手動運転の選択ができるよう自動・手動切替えスイッチが設けられており、自動運転が選択されたときは、主空気だめの圧力が18キロ以下に低下すれば主空気圧縮機が起動し、同圧力が29キロ以上に上昇すれば停止するようになっていた。
A受審人は、就航時から船長として乗り組み、平素、離岸及び着岸作業時には、一等航海士と一等機関士を船首配置に、B受審人を船尾配置にそれぞれ就け、自らは操舵室で操船と指揮に当たっていた。
B受審人は、就航時から機関長として乗り組み、機関の運転管理に当たり、平素、主空気圧縮機の取扱いについて、補機駆動発電機の運転中は自動運転とし、係留中など停泊用発電機の運転中は、同発電機の容量が少なかったことから手動運転に切り替えていた。
三フジは、A及びB両受審人ほか2人が乗り組み、底開式土運バージを押航する目的で、船首2.6メートル船尾4.1メートルの喫水をもって、平成12年10月11日09時15分名古屋港を発し、三河港へ向かい、13時10分同港竹島ふ頭2号岸壁(以下「竹島ふ頭岸壁」という。)に入船右舷付けで着岸した。
三フジは、係留作業終了後、B受審人により補機駆動発電機から停泊用発電機への切替え及び主空気圧縮機の自動運転から手動運転への切替えが行われ、また、一等航海士が買物に上陸していたところ、14時30分ごろ港湾管理者から漁業練習船が着岸するので速やかに離岸するよう要請され、港内シフト準備にかかった。
B受審人は、主機の起動準備として、補機駆動発電機1基をかけて停泊用発電機から切り替え、次いで集合起動器盤において、主機冷却清水ポンプなど一連の9個のスイッチを次々に操作して運転したが、同起動器盤上部右舷端に設けられた主空気圧縮機の自動・手動切替えスイッチを手動運転から自動運転に切り替えたものと思い、同スイッチの切替え状態を十分に確認しなかったので、同スイッチが手動位置のままとなっていることに気付かないまま、主空気だめの圧縮空気を使用して両舷主機を起動したのち、操縦位置を操舵室に切り替え、離岸作業に当たるため船尾甲板に赴いた。
A受審人は、一等航海士が不在であったので一等機関士のみを船首配置に、B受審人を船尾配置にそれぞれ就け、14時40分機関を微速力後進にかけて竹島ふ頭岸壁から急いで離れ、同岸壁東方の三河港蒲郡東防波堤西灯台(以下「東防波堤西灯台」という。)から031度(真方位、以下同じ。)350メートルの地点に至り、同岸壁に漁業練習船が着岸するまで操縦レバーを中立位置から適宜前・後進側に操作して船体移動を調整していたところ、主空気だめの圧力が次第に低下して所定の18キロ以下となったものの、主空気圧縮機が自動運転されなかったことから、更に同圧力が低下する状況となったが、このことに気付かず、漂泊待機した。
A受審人は、漁業練習船の着岸が終了して前路が空き、また、竹島ふ頭南西方の蒲郡ふ頭2号岸壁(以下「蒲郡ふ頭岸壁」という。)に係留船がなかったことから、同岸壁に着岸することとし、再び船首に一等機関士を、船尾にB受審人をそれぞれ就かせたが、今まで逆転機が後進への切替え不能となる事態がなかったことから、錨の使用は必要ないものと思い、投錨準備を行うことなく、14時56分操縦レバーを前進側に操作し、針路を同岸壁に向かう277度に定め、主機を微速力前進の回転数毎分230にかけ、3.1ノットの対地速力で進行した。
14時58分A受審人は、東防波堤西灯台から359度320メートルの地点に至り、針路を蒲郡ふ頭岸壁に45度となる266度に転じ、前進惰力とするためいったん操縦レバーを中立位置とし、再び前進側に操作したとき、操縦空気圧力が低下して辛うじてクラッチが前進側に切り替わったものの、このことに気付かないまま続航した。
A受審人は、14時59分半蒲郡ふ頭岸壁に50メートルに接近したとき、操縦空気圧力が更に低下して操舵室警報盤の同空気圧力低下警報装置が作動したことから、クラッチが後進に切り替わらない事態となることを懸念し、マイクで船尾配置のB受審人に連絡しようとしたが、マイクのスイッチを入れていないことに気付き、操舵室から大声で叫んだものの、油圧ポンプ音などに紛れて同人に通報できず、操縦レバーを前進から中立、後進に操作したが、逆転機が中立に切り替わらず、また、船首配置の一等機関士が着岸に備えて左舷船尾に移動したので、投錨させて行きあしを止めることもできないまま、微速力前進で進行した。
こうして、三フジは、逆転機クラッチが前進から後進に切り替わらないまま約3ノットの行きあしで、蒲郡ふ頭岸壁に向けて続航し、A受審人により船首部防舷物で衝撃を和らげようと左舵30度とする措置がとられ、15時00分三河港蒲郡東防波堤西灯台から328度370メートルの地点において、船首部左舷側が同岸壁に70度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
衝突の結果、三フジは、船首部左舷側に凹損を生じたが、岸壁に損傷はなく、のち船体は修理された。
(原因)
本件岸壁衝突は、主空気圧縮機の自動・手動切替えスイッチの切替え状態の確認が不十分で、主空気だめの圧力が所定圧力以下になったとき、主空気圧縮機が自動運転されず、逆転機遠隔操縦装置の空気圧力が低下し、逆転機が後進に切り替わらない状態となったこと、及び蒲郡ふ頭岸壁に着岸するにあたり、投錨準備が不十分で、行きあしを止めることができないまま向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、港内シフトで蒲郡ふ頭岸壁に着岸する場合、逆転機が後進に切り替わらない事態となったときに備えて、投錨準備をするべき注意義務があった。しかるに、同人は、今まで逆転機が後進への切替え不能となる事態がなかったことから、錨の使用は必要ないものと思い、投錨準備をしなかった職務上の過失により、行きあしを止めることができないまま蒲郡ふ頭岸壁に向首進行して衝突を招き、船首部左舷側に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、主機の起動準備作業に当たる場合、主空気圧縮機が自動運転して逆転機遠隔操縦装置の操縦空気圧力が保持されるよう、主空気圧縮機の自動・手動切替えスイッチの切替え状態を十分に確認すべき注意義務があった。しかるに、同人は、主空気圧縮機を自動運転状態に切り替えたものと思い、主空気圧縮機の自動・手動切替えスイッチの切替え状態を十分に確認しなかった職務上の過失により、主空気だめの圧力が所定圧力以下になったとき、同スイッチが手動位置となっていて主空気圧縮機が自動運転されず、逆転機遠隔操縦装置の操縦空気圧力が低下し、逆転機が後進に切り替わらず、行きあしを止めることができないまま蒲郡ふ頭岸壁に向首進行して衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。