(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月24日12時49分
瀬戸内海 備後灘
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第一いく丸 |
漁船金比羅丸 |
総トン数 |
360トン |
4.96トン |
全長 |
53.50メートル |
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登録長 |
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11.67メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
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漁船法馬力数 |
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15 |
3 事実の経過
第一いく丸(以下「いく丸」という。)は、船尾船橋型ケミカルタンカーで、5年ほど前から専らぶどう糖を名古屋港から山口県徳山下松港又は岡山県水島港へばら積み輸送していたところ、A受審人ほか3人が乗り組み、ぶどう糖400トンを載せ、船首2.25メートル船尾3.75メートルの喫水をもって、平成13年6月23日11時00分名古屋港を発し、徳山下松港に向かった。
A受審人は、昭和63年9月の竣工時からいく丸に乗船し、出航後船橋当直を一等航海士、甲板長及び自らの3人がそれぞれ単独の3時間交替で行うこととし、翌24日早朝紀伊水道及び鳴門海峡を通航したあと、播磨灘南部及び備讃瀬戸を西行した。
A受審人は、11時30分ごろ昼食を済ませ、同時40分六島東方沖合で単独の船橋当直に就き、同時51分六島灯台から163度(真方位、以下同じ。)1,300メートルの地点で、針路を海図記載の推薦航路線に沿う253度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、10.8ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
定針後A受審人は、船橋中央の舵輪後方に置いた椅子に腰掛けたままほとんど動かず、推薦航路線の左右に多数の底引き網漁船群を認めたものの、低速力で予定針路線から離れていたことから注意を払わず、その後前路の見張りを行わなかった。
12時43分半A受審人は、百貫島灯台から130度5.3海里の地点に達したとき、左舷船首方向1.3海里の備後灘航路第4号灯浮標(以下「第4号灯浮標」という。)付近に数隻の漁船群が操業中で、これら漁船群の中の、左舷船首12度1.0海里のところを金比羅丸が底引き網をえい網してゆっくりと北上しており、その後同船の操舵室上方にトロールにより漁ろうに従事していることを示す形象物と船尾方に張ったえい網ワイヤとを視認することができるようになり、同船と衝突のおそれのある態勢で接近したが、椅子に腰掛けたまま、周囲の漁船群のうち右方の漁船群に気をとられ、前路の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、同船の進路を避けることなく続航した。
12時48分半A受審人は、ふと左舷前方に視線を向けたとき、左舷船首至近に北方を向いてえい網中の金比羅丸を認め、驚いて椅子から下り、手動操舵に切り替えたが、機関を後進にかけても間に合わず、右舵をとれば船尾が左方に振れて衝突すると思い、舵中央のまま進行し、同時49分少し前同船が右舷側に替わったものの、12時49分いく丸は、百貫島灯台から139度4.8海里の地点において、原針路、原速力のまま進行中、その船首が、金比羅丸の船尾から約15メートル後方のえい網ワイヤに、前方から85度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で、風はほとんどなく、潮候はほぼ高潮時で、付近には微弱な東北東流があった。
間もなくA受審人は、金比羅丸が北方に向首したまま自船に接近し右舷船側に接触したので、漁具をひっかけたものと思い、直ちに機関を中立としたが、右舷船尾至近に転覆した同船を見て全速力後進にかけるとともに右舵一杯をとって同船に接近し、搭載していた伝馬船を下ろして同船乗組員の救助作業にあたった。
また、金比羅丸は、小型機船底引き網漁業に従事する木製漁船で、備後灘及び燧灘を操業区域とし、船長Sと妻のB指定海難関係人の2人が乗り組み、操業の目的で、05時30分愛媛県新居浜港を発し、僚船とともに備後灘の漁場に向かった。
07時00分ごろS船長は、江ノ島付近の漁場に至り、操舵室上方に法定形象物を掲げて底引き網の操業を開始した。
ところで、金比羅丸は、江ノ島と第4号灯浮標の間の水深20メートル前後の海域で、えい網ワイヤを約200メートル延出して長さ約24メートルの網を引き、2ないし3ノットの速力で1時間ほどえい網したあと網を揚げて漁獲物を甲板上に取り出し、その後再び投網して操業を繰り返していた。当時同海域には多数の底引き網漁船が操業中で、各漁船は、潮流の方向とは無関係にえい網していた。
12時34分S船長は、第4号灯浮標南東方約300メートルの、百貫島灯台から139度5.4海里の地点で、4回目の投網を終えて針路を348度に定め、機関を前進にかけ2.5ノットの速力で進行し、えい網を再開した。
S船長は、操舵室後方の椅子に腰掛け、同室屋上越しに周囲の見張りを行いながら手動操舵にあたり、B指定海難関係人が、操舵室前の甲板上に座って漁獲物を選別し、氷とともに箱詰めする作業に従事し、12時43分半右舷船首73度1.0海里に西行中のいく丸を視認できる状況となり、その後同船が自船の進路を避けないまま衝突のおそれがある態勢で接近したが、備え付けの電気ホーンにより警告信号を行うことなく、更に間近に接近しても、機関を停止して行きあしを止めるなど衝突を避けるための協力動作をとらなかった。
12時48分S船長は、いく丸が至近に迫っても転針しないので危険を感じ、漁獲物の選別作業に専念していたB指定海難関係人に大声で「危ない」と告げるとともに、布切れを振って同船に合図し、原針路、原速力のまま進行中、金比羅丸がいく丸の船首前方を横切って間もなく、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、いく丸は、球状船首の水面下約2メートルのところに擦過傷が生じたが、のち修理され、金比羅丸は、いく丸にえい網ワイヤで引き寄せられて転覆し、機関、航海計器等に濡損などが生じ、また、S船長(昭和7年2月29日生、四級小型船舶操縦士免状受有)が機関室に閉じ込められて溺死し、B指定海難関係人が約2箇月半の入院加療を要する肺水腫などを負った。
(原因)
本件漁具衝突は、多数の漁船群が操業している備後灘において、いく丸が、見張り不十分で、トロールにより漁ろうに従事している金比羅丸の進路を避けなかったことによって発生したが、金比羅丸が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、単独で船橋当直に就き、多数の漁船群が操業している備後灘を航行する場合、前路で底引き網をえい網して北上中の金比羅丸を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし同人は、椅子に腰掛けたまま右方の漁船群に気をとられ、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、金比羅丸の進路を避けないまま進行して同船のえい網ワイヤとの衝突を招き、いく丸の球状船首に擦過傷を生じさせ、金比羅丸を転覆させて機関等に濡損などを生じさせたほか、船長を溺死させるとともに甲板員に約2月半の入院加療を要する肺水腫などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。