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平成13年広審第52号
件名

押船第三早鞆丸被押はしけようこう1013貨物船センチュリー エルコーン衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年3月6日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(中谷啓二、?橋昭雄、横須賀勇一)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:第三早鞆丸船長 海技免状:四級海技士(航海)

損害
早鞆丸押船列・・・ようこうの船首部外板及び同部エプロンに破口
セ 号・・・右舷中央部外板に破口

原因
早鞆丸押船列・・・狭い水道の航法(右側通行)不遵守
セ 号・・・狭い水道の航法(右側通行)不遵守

主文

 本件衝突は、第三早鞆丸被押はしけようこう1013が、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったことと、センチュリー エルコーンが、狭い水道の右側端に寄って航行しなかったばかりか、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年12月23日01時58分
 広島湾宮島瀬戸

2 船舶の要目
船種船名 押船第三早鞆丸 はしけようこう1013
総トン数 498.34トン 4,172トン
全長 51.90メートル 109.50メートル
  24.00メートル
深さ   5.5メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 2,942キロワット  

船種船名 貨物船センチュリーエルコーン
総トン数 9,978トン
全長 137.03メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 4,633キロワット

3 事実の経過
 第三早鞆丸(以下「早鞆丸」という。)は、2基2軸の押船兼引船で、A受審人ほか7人が乗り組み、山土約5,200立方メートルを積載して船首3.8メートル船尾2.9メートルの喫水となった鋼製はしけようこう1013(以下「ようこう」という。)の船尾凹部に船首部を組み合わせ、直径約50ミリメートルのワイヤロープ2本を使用して両船を結合し、全長約141メートルの押船列(以下「早鞆丸押船列」という。)を構成して、船首3.2メートル船尾4.4メートルの喫水をもって、平成12年12月22日19時00分愛媛県吉海港を発し、広島港に向かった。
 A受審人は、出航操船に引き続き1人で船橋当直に就き、所定の灯火を表示して安芸灘を西進し、22時30分ごろ柱島水道を通過して広島湾に入り、そのころ昇橋した一等航海士を見張りに就けて湾奥の宮島瀬戸に向け続航した。
 ところで、宮島瀬戸は、厳島とその東方の大奈佐美島に挟まれた可航幅が約1,000メートルの瀬戸で、同島北方には絵ノ島が隣接してあることから、それら3島により、南北方向に約1.5海里の狭い水道が宮島瀬戸を南口、絵ノ島側を北口として形成されていた。そして、同水道は、広島港に出入りする大型船ほか各種船舶が常用する航路の一部で、水道内の厳島東岸及び他の2島の北西岸にかき養殖筏が設置されており、北口の絵ノ島側で広島港方面に向いて航路が大きく東方に屈曲し、南下船、北上船とも、早期に水道の右側端に十分寄って航行する事が必要とされるところであった。
 翌23日01時37分A受審人は、安芸爼礁灯標から269度(真方位、以下同じ。)0.6海里の地点に達したとき、レーダーにより針路を宮島瀬戸のほぼ中央に向けて011度に定め、機関を全速力前進にかけて6.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で手動操舵により進行した。
 01時43分A受審人は、安芸絵ノ島灯台(以下「絵ノ島灯台」という。)から200度1.9海里の地点に達したとき、右舷船首14度3.8海里に宮島瀬戸に向けて南下するセンチュリー エルコーン(以下「セ号」という。)の白、白、紅3灯を初認し、そのころ同瀬戸の中央部まで1海里ばかりになったが、大奈佐美島沿岸のかき養殖筏に近づくことを気にかけて同瀬戸の右側端に寄ることなく続航した。
 こうして、01時53分A受審人は、大奈佐美島に並航したころ、絵ノ島北西方沖の正船首わずか左方2,500メートルのところに紅灯を示してゆっくり左転中のセ号を認め、まもなく同船がほぼ同方位のまま両舷灯を示す態勢になった。そこで同瀬戸の右側端に寄り左舷を対して航過しようとして右舵10度をとり、続いて同時54分半同船の緑灯を認めるようになり、さらに右舵一杯として進行した。
 01時56分半A受審人は、020度に向首したころ、ほぼ正船首0.4海里にセ号の白、白、緑3灯を認めるようになり、船橋屋根のサーチライトを何度か点滅して右転しながら続航中、同時57分半ごろ至近に迫った同船に衝突の危険を感じ、全速力後進をかけたが効なく、早鞆丸押船列は、01時58分絵ノ島灯台から214度750メートルの地点において、090度に向首したとき、約5ノットの速力で、ようこうの左舷船首端が、セ号の右舷中央部に、後方から45度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、潮候はほぼ低潮時であった。
 また、セ号は、船尾船橋型の貨物船で、船長Mほか21人が乗り組み、空倉のまま、船首4.23メートル船尾5.48メートルの喫水をもって、同日00時45分広島港第1区を発し、カナダのバンクーバー港に向かった。
 M船長は、出港時から操船指揮を執り、二等航海士を見張りに、甲板手を手動操舵に、甲板部キャデットを機関操作にそれぞれ当て、01時42分絵ノ島灯台から031度2.1海里の地点に達したとき、針路を230度に定め、機関を港内全速力前進にかけ、10.0ノットの速力で、所定の灯火を表示して進行した。
 01時50分M船長は、絵ノ島灯台から004度1,700メートルの地点で、宮島瀬戸に向けてゆっくり左転を始め、同時52分少し過ぎ左舷前方約1.5海里のところに、早鞆丸押船列の白、白の連携灯及び緑2灯を初認した。
 01時53分M船長は、ほぼ200度に向首したとき、左舷船首9度2,500メートルに同押船列の灯火を認めるようになり、早鞆丸押船列が瀬戸のほぼ中央を厳島寄りに航行するように思い、また前方に同島沿岸のかき養殖区域の点滅灯を視認していたこともあり、瀬戸の右側端に寄ることなく絵ノ島寄りに進行しようとして左転を続け、同時54分半絵ノ島灯台から315度650メートルの地点で、針路を180度に転じ、同押船列と右舷を対し航過する態勢で続航した。
 01時56分半M船長は、右舷船首20度0.4海里に早鞆丸押船列が紅灯を見せて自船に著しく接近する態勢になったのを認めたが、そのうちに同押船列が原針路に戻し、右舷を対し航過できると予測し、直ちに大きく右転するとか行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらずに進行中、同時57分ごろ同船がそのまま接近するので衝突の危険を感じ、あわてて左舵一杯をとったが効なく、セ号は、135度に向首したとき、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、早鞆丸押船列は、ようこうの船首部外板及び同部エプロンに破口を伴う凹損、ねじれなどを生じ、セ号は右舷中央部外板に破口をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
 本件衝突は、夜間、狭い水道である広島湾宮島瀬戸において、北上する早鞆丸押船列が、その右側端に寄って航行しなかったことと、南下するセ号が、その右側端に寄って航行しなかったばかりか、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、広島湾において、宮島瀬戸をこれに沿って北上する場合、同瀬戸に向かって南下するセ号を認めたことでもあったから、同瀬戸の右側端に寄って航行すべき注意義務があった。しかるに、同人は、右方の大奈佐美島沿岸のかき養殖筏に近づくことを気にして、同瀬戸の右側端に寄って航行しなかった職務上の過失により、同瀬戸をこれに沿って南下するセ号との衝突を招き、早鞆丸押船列のようこうの船首部外板及び同部エプロンに破口を伴う凹損、ねじれなどを、セ号の右舷中央部外板に破口をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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