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平成13年横審第23号
件名

貨物船長栄丸岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年3月29日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(長谷川峯清、吉川 進、甲斐賢一郎)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:長栄丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)

損害
長栄丸・・・球状船首に凹損
物揚場岸壁・・・擦過傷

原因
主機遠隔操縦装置の操作要領の確認不十分

 
主文

 本件岸壁衝突は、主機遠隔操縦装置の操作要領の確認が不十分で、同装置が適切に操作されず、主機が自停して操船不能に陥り、前路の岸壁に向首進行したことによって発生したものである。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年10月26日10時04分
 清水港

2 船舶の要目
船種船名 貨物船長栄丸
総トン数 198トン
全長 57.79メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット

3 事実の経過
 長栄丸は、船尾船橋型鋼製貨物船で、A受審人ほか2人が乗り組み、積み荷の目的で、空倉のまま、船首1.0メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、平成11年10月25日10時55分千葉港葛南区を発し、清水港に向かい、22時50分同港に入港して清水港江尻船だまり北防波堤灯台(以下「江尻灯台」という。)から097度(真方位、以下同じ。)1,220メートルの地点に投錨仮泊し、翌26日09時50分抜錨発進して同港清水船だまりの公共岸壁に向かった。
 ところで、清水船だまりは、江尻及び日の出両ふ頭間の西側に掘り込まれた入江で、その北側及び北東側に長さ320メートルの公共岸壁があり、同岸壁南東端から140度方向に築造された長さ80メートルの防波堤(以下「船だまり防波堤」という。)南端と、同南端から160度80メートルの日の出ふ頭北西端との間に出入口(以下「出入口」という。)があった。出入口の西側正面陸岸には、出入口に向かって逆くの字状に張り出したイベント広場があり、同広場東端と船だまり防波堤南端との間が幅約140メートルの水路(以下「船だまり水路」という。)になっていた。また、出入口の南側には、日の出ふ頭北部西側岸壁に連続してほぼ東西方向に長さ約90メートルの物揚場岸壁があり、鋼製浮桟橋2台(長さ10.00メートル幅3.50メートル及び長さ12.00メートル幅3.55メートル)並びにFRP製浮桟橋1台(長さ12.90メートル幅4.10メートル)が係留されていた。
 イベント広場の南東側の岸壁は、帆船型観光船オーシャンプリンセス(総トン数232.41トン、全長37.00メートル、幅7.53メートル、前部マスト高さ28.00メートル、後部マスト高さ26.00メートル及び両マスト間隔9メートル)(以下「オ号」という。)の定係場所になっていた。オ号は、40分間の清水港内めぐりの観光船で、毎日10時から1日7便が定時運航されており、出航時には、同岸壁から船だまり防波堤に向けて後進しながら離岸したのち、出入口に向かって回頭する操船が行われていた。
 長栄丸の主機遠隔操縦装置は、空気圧を利用して遠隔制御を行うことができる操縦ハンドル(以下「ハンドル」という。)が操舵室に装備され、ハンドルを制限角度までの範囲内で前後に倒すことにより、クラッチ内蔵式逆転機の前後進切換え及び主機回転数制御が行われるものであった。主機回転数制御は、ハンドルによりガバナを無段階で設定できるようになっていたが、主機に負荷制限装置が設けられていないため、回転数が上昇中に更にハンドルを上昇側に倒してガバナからの燃料供給を増大させるような操作を行うと、主機が過回転となって自停する特性があり、このことが機関取扱説明書に記載されており、同制御を行う際にはハンドル操作要領を十分に確認しておく必要があった。
 A受審人は、同年3月に初めて長栄丸に甲板員兼毎月15日間船長として乗船し、同年6月に前任の船長が下船して約2箇月間船長職を執ったが、新任の船長が乗船して再度甲板員兼務となり、今航海、同船長が休暇下船して船長職を執っていたもので、これまで専任の船長職に就いたことがなかった。同受審人は、長栄丸の運航に際し、これまでに乗船した他船の主機遠隔操縦装置を支障なく操作していたので、長栄丸でも安全に操作できるものと思い、ハンドル操作について機関取扱説明書を精読するなり、機関長に十分な説明を受けるなりして同装置の操作要領を十分に確認することなく、同装置により主機が過回転となる操作が行われると、同機が自停する特性があることを知らないまま、離着岸操船時には、バウスラスタ及び最大舵角70度のフラップ舵を併用しながら同装置の操作を行っていた。
 こうして、発進時にA受審人は、自ら単独の船橋当直に就き、船首に機関長及び船尾に一等機関士をそれぞれ配置し、投錨準備をしないまま、針路を263度に定め、機関を半速力前進にかけ、6.6ノットの対地速力で、手動操舵により進行した。
 09時54分少し前A受審人は、江尻灯台から120度500メートルの地点に達したとき、清水航路内に他船がいなかったことから、針路を直接出入口に向かう200度に転じ、機関を微速力前進に落とし、2.9ノットの対地速力で続航した。
 09時58分少し過ぎA受審人は、江尻灯台から154度690メートルの地点に差し掛かったとき、船だまり防波堤越しにオ号の2本のマストを初めて認め、同船が船だまり内の岸壁に係留しているものと考えて気にせず、わずかに右舵を取ってゆっくり回頭を始め、前路の日の出ふ頭北端との接近距離に注意しながら出入口に向かった。
 10時01分A受審人は、江尻灯台から167度830メートルの地点に達し、船首が日の出ふ頭北西端まで約70メートルに接近したとき、舵を中立に戻して針路を225度に転じ、清水船だまりの内側を見とおしたところ、船だまり水路の中央にオ号を再び認め、出入口付近で出会うおそれを感じ、船だまり防波堤の外でオ号の進路を避けようと、急いで機関を全速力後進にかけ、徐々に速力が落ちて2.1ノットの速力で、同じ針路のまま続航した。
 10時02分少し前A受審人は、江尻灯台から170度850メートルの地点に達し、船首が日の出ふ頭北西端まで約20メートルに接近したとき、後進にかけた機関回転数が上昇中で、更に同回転数を上げると過回転になって主機が自停するおそれがあったが、主機遠隔操縦装置の操作要領の確認が不十分で、同装置が適切に操作されず、船首至近に接近した同ふ頭への衝突の危険を感じて更に後進力を強めようとし、ハンドルを手前に一杯まで倒したところ、燃料供給が追加されて主機が過回転となり、同機が自停して操船不能に陥り、また、投錨準備をしていなかったので緊急投錨して前進行きあしを減じる措置をとることができず、2.0ノットの惰力で進行中、10時04分江尻灯台から177度940メートルの地点において、長栄丸は、原針路のまま、日の出ふ頭北部西側の物揚場岸壁に衝突した。
 当時、天候は晴で風力2の北西風が吹き、潮侯は下げ潮の中央期であった。
 衝突の結果、長栄丸は球状船首に凹損を、日の出ふ頭北部西側の物揚場岸壁は擦過傷をそれぞれ生じ、また、同物揚場岸壁に係留していた3台の浮桟橋並びに同桟橋に係留していた旅客船うらなみ(総トン数17.97トン、全長17.07メートル)、同かしわ丸(総トン数12トン、登録長11.98メートル)、同さつき丸(総トン数10トン、登録長11.96メートル)及び交通船かつら丸(登録長9.4メートル)はそれぞれ凹損等の損傷を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
 本件岸壁衝突は、清水港において、清水船だまりの公共岸壁に向けて入航中、主機遠隔操縦装置の操作要領の確認が不十分で、同装置が適切に操作されず、主機が自停して操船不能に陥り、日の出ふ頭北部西側の物揚場岸壁に惰力で向首進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、長栄丸の船長として運航に当たる場合、主機遠隔操縦装置により主機が過回転となる操作が行われると、同機が自停するおそれがあったから、同装置を適切に操作できるよう、ハンドル操作について機関取扱説明書を精読するなり、機関長に十分な説明を受けるなりして同装置の操作要領を十分に確認するべき注意義務があった。ところが、同受審人は、これまでに乗船した他船の主機遠隔操縦装置を支障なく操作していたので、長栄丸でも安全に操作できるものと思い、同装置の操作要領を十分に確認しなかった職務上の過失により、清水船だまり内の水路に認めたオ号の進路を、船だまり防波堤の外で避けようと機関を全速力後進にかけたのち、同装置が適切に操作されず、更に後進力を強めようとしてハンドルを手前に一杯まで倒し、主機が過回転となる操作を行い、同機を自停させて操船不能に陥らせ、惰力で進行して日の出ふ頭北部西側の物揚場岸壁との衝突を招き、長栄丸の球状船首に凹損、同岸壁に擦過傷、同岸壁に係留していた浮桟橋3台及び同浮桟橋に係留していたうらなみ外3隻に凹損等の損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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