(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年8月2日08時12分
浦賀水道
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船しらはま丸 |
遊漁船第十二海宝丸 |
総トン数 |
3,260トン |
16トン |
全長 |
79.09メートル |
18.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
3,236キロワット |
514キロワット |
3 事実の経過
しらはま丸は、神奈川県横須賀港久里浜と千葉県浜金谷港との間に就航する船首船橋型旅客船兼自動車渡船で、A受審人ほか7人が乗り組み、旅客31人及び車両12台を積載し、船首2.95メートル船尾3.10メートルの喫水をもって、平成13年8月2日07時55分浜金谷港を発し、横須賀港久里浜に向かった。
ところで、しらはま丸が就航する浦賀水道は、浦賀水道航路(以下「航路」という。)を入出航する大型船やプレジャーボートを含む各種船舶が南北に輻輳し、ところどころに停留中の遊漁船群や操業中の漁船などが存在する海域であった。
A受審人は、昭和44年にTフェリー株式会社に航海士として入社して以来、久里浜、浜金谷間のフェリー運航に従事し、昭和57年からは船長職を執っていたが、同社の航路が、前示海域を東西に横切るため、運航管理規定に定められた基準航路図に沿った運航は難しく、船舶の輻輳状況によっては、所定の航法に従うことがかえって通航船の円滑な運航を阻害することにもなりかねないことから、航路の入出航船や同海域を航行するその他一般貨物船については、東京湾海上交通センター(以下「東京マーチス」という。)や通航船に乗船中の水先人と連絡したり、直接、通航船とVHF等で連絡をとりながら航法に関係なく自船から先に避けることにしていた。
また、A受審人は、航行中の遊漁船や漁船と見合い関係が生じた場合、航法に関係なく相手船の方から先に避けることが多かったことから、互いの意思確認のないまま習慣的に相手船側の避航措置を期待することとなり、ときにそれらの船舶が避航動作をとらないで400ないし500メートルに接近したときには汽笛による注意喚起信号を連吹し、避航を促すことにしていた。
出航時、A受審人は、甲板手を手動操舵に就けて操船に当っていたところ、航路南口に向く3隻の北航船を認め、それらに乗船中の水先人と連絡した結果、比較的船間距離のあった2隻目と3隻目の間を通航することとして浜金谷港防波堤灯台を左舷側15メートルに通過した。
07時59分少し過ぎA受審人は、浜金谷港防波堤灯台から315度(真方位、以下同じ。)700メートルの地点に達したとき、針路を315度に定め、機関を全速力前進にかけ、13.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行し、08時03分少し過ぎ同灯台から315度1.3海里の地点に至ったとき、3隻目の北航船の船首方1海里ばかりを通過するため針路を270度に転じ、同時07分少し前同灯台から298度1.9海里の地点において同船の正船首方を通過したところで針路を315度に戻したところ、右舷船首21度3.0海里のところに航路の西側海域を南下する第十二海宝丸(以下「海宝丸」という。)を初めて認めた。
A受審人は、いつも船舶が輻輳(ふくそう)する航路南口付近に南航船やプレジャーボート等の他船を認めない状況下、海宝丸の動静を監視するうち、08時10分海獺(あしか)島灯台から121度2.2海里の地点に至ったとき、1.1海里に近づいた同船が方位変化のないまま前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近していることを知ったが、その船形からみて明らかに遊漁船と分かったことから、いつものように、海宝丸の避航措置を期待し、大きく右転するなど、同船の進路を避けないまま続航した。
08時11分半A受審人は、同方位500メートルに接近した海宝丸を認め、短音の連吹による注意喚起信号を開始したものの、なおも同船の避航措置を期待して進行中、同時12分わずか前間近に接近した海宝丸を見てようやく衝突の危険を感じ、何か措置をとろうと操舵スタンドにかけ寄ったが、何もできないまま、08時12分しらはま丸は、原針路、原速力のまま海獺島灯台から118度1.8海里の地点において、その右舷側中央部に、海宝丸の船首が前方から34度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、海宝丸は、FRP製遊漁船で、B受審人が1人で乗り組み、釣客3人を乗せ、魚釣りの目的で、船首0.50メートル船尾1.30メートルの喫水をもって、同日07時10分京浜港東京区多摩川沿いの係留地を発し、千葉県館山湾に向かった。
ところで、B受審人は、30年ほど前から遊漁船業を営み、自らも船長として東京湾周辺や伊豆大島周辺海域に釣客を案内しており、航行中、自船と接近しそうな一般貨物船等を認めた場合、釣客の安全や鋼船と衝突した際の自船の損傷等を考慮して航法に関係なく自ら先に避航することにしていた。
B受審人は、多摩川河口から中ノ瀬航路及び第2海堡の東側海域を南下し、浦賀水道航路中央第3号及び同4号灯浮標(以下、灯浮標名については「浦賀水道航路」を省略する。)の中間付近で航路を直角に横切り、07時59分観音埼灯台から006度1.3海里の航路境界線に達したとき、針路を169度に定め、22.5ノットの速力で航路の西側海域を進行した。
B受審人は、平素、第1号灯浮標に並航したところで少し左転し、館山湾に向けることにしていたので、08時09分海獺島灯台から078度1.4海里の、第1号灯浮標に並ぶ600メートル手前の地点に至ったとき、左舷船首方を見渡したところ、航路南口に向かう3隻の北航船を認め、その3隻目の船舶が予定針路線上にいたことから、しばらく同針路のまま続航してから左転することとした。
08時10分B受審人は、海獺島灯台から094度1.4海里の地点に達したとき、左舷船首13度1.1海里のところに、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近するしらはま丸を認め得る状況となったが、3隻目の北航船の動静に気を奪われ、見張りを十分に行っていなかったので、同船の手前を北西進するしらはま丸に気付かずに進行した。
08時11分半B受審人は、同方位500メートルに接近したしらはま丸が注意喚起信号を開始したものの、依然、北航船が気になって見張りが疎かとなり、しらはま丸を認めず、警告信号を行うことも、機関を停止するなどの衝突を避けるための協力動作をとることもなく続航中、同時12分少し前ようやく同船を左舷船首至近に認め、クラッチを中立とするとともに左舵一杯としたが及ばず、ほぼ原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、しらはま丸は右舷側中央部に擦過傷を生じただけであったが、海宝丸は、船首部が圧壊したほか、操舵室右舷側前端が破損し、釣客Kが1箇月の安静加療を要する尾骨骨折を、同Sが2週間の加療を要する腰部、右肩及び右上腕挫傷を負った。
(原因)
本件衝突は、浦賀水道において、久里浜に向け北西進中のしらはま丸が、前路を左方に横切る海宝丸の進路を避けなかったことによって発生したが、釣場に向け南下中の第十二海宝丸が、見張り不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、浦賀水道を釣場に向け南下中、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近するしらはま丸を認め得る状況となった場合、同船を見落とさないよう、見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、航路に向かう北航船に気を奪われ、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、しらはま丸に気付かず、警告信号を行うことも、衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行して同船との衝突を招き、自船の船首、操舵室等に損傷を、しらはま丸の右舷側中央部に擦過傷をそれぞれ生じさせ、自船の釣客2人に尾骨骨折等を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、浦賀水道を久里浜に向け北西進中、前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する海宝丸を認めた場合、右転するなどして同船の進路を避けるべき注意義務があった。しかるに、同人は、平素、遊漁船と接近した際には航法に関係なく相手船側で自船を避けることが多かったことから、今回も遊漁船である海宝丸が自船を避けることを期待し、海宝丸の進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、海宝丸の釣客2人を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告すべきところ、同人が多年にわたり船員としてその職務に精励し海運の発展に寄与した功績によって平成13年7月20日国土交通大臣から表彰された閲歴に徴し、同法第6条を適用してその懲戒を免除する。
よって主文のとおり裁決する。