(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月17日18時42分
北海道室蘭港
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船ばるな |
旅客船れいんぼうらぶ |
総トン数 |
13,654トン |
13,621トン |
全長 |
192.0メートル |
196.0メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
26,182キロワット |
33,980キロワット |
3 事実の経過
(1)ばるなの推進器及び推進機関
ばるなは、北海道室蘭港と茨城県大洗港間の定期航路に就航する、バウ及びスターン各スラスタを装備した2基2軸の船首船橋型旅客船兼自動車渡船で、推進器として油圧変節式の可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を備え、船橋または機関室の制御室(以下「制御室」という。)からCPP翼角(以下「翼角」という。)の遠隔操縦ができるようになっていた。
また、ばるなは、主機1基の出力が13,091キロワットで、停止状態から左右両舷(以下「両舷」という。)の回転数毎分400、翼角30.5度の全速力前進にしたとき、30秒後には約8.0ノット、1分後には約12.5ノットの速力に上がる運動性能を有していた。
(2)ばるなの主機及びCPP遠隔操縦装置
主機及びCPP遠隔操縦装置は、制御室操縦盤の主機及びCPPの各操縦場所切替えスイッチにより操縦場所を船橋、制御室のいずれかに選択でき、船橋で操縦する際には船橋操縦盤の両舷のテレグラフを兼ねる操縦ハンドル(以下「ハンドル」という。)の操作により、エンジンモーションを伝えるとともに主機回転数と翼角の制御を、また制御室で操縦する際には制御室操縦盤の両舷の主機操縦ハンドルの操作により同回転数、両舷のテレグラフを兼ねるハンドルの操作により翼角をそれぞれ制御するようになっており、サブテレグラフとして機関用意、機関用意解除及び機関終了の押しボタンが併設されていた。操縦場所の制御室から船橋への切替えは、船橋及び制御室の両ハンドルの各位置が一致していなければ切り替わらないが、操縦場所切替えスイッチを制御室に選択したときには各位置に関係なく直ちに切り替わるようになっており、また各位置が一致していないときには一致するまでゴングが連続吹鳴するものであった。
(3)本件発生に至る経緯
ばるなは、A、B及びC各受審人ほか23人が乗り組み、旅客83人を乗せ、車両128台を積載し、船首6.40メートル船尾6.60メートルの喫水をもって、平成13年6月16日23時30分大洗港を発し、室蘭港フェリーふ頭2号岸壁(以下、岸壁名については「室蘭港フェリーふ頭」を省略する。)に向かった。
B受審人は、平成10年10月ばるなに機関長として乗り組み、機関の運転管理に当たっていたもので、出港後、左舷主機の燃料噴射ポンプラックの作動が円滑でなかったことから、万全を期して機側で対処できるよう、港外に出て機関用意が解除されたところで、制御室両舷のハンドル位置を船橋の位置と一致する航海全速力前進の、右舷翼角28.5度、左舷翼角26.5度に合わせ、CPPの操縦場所切替えスイッチを制御室に切り替えて航行を続けた。
着岸予定の2号岸壁は、室蘭港第1区の入江臨海公園北側に隣接した、室蘭港新日本製鉄ふとう灯台(以下「ふとう灯台」という。)から188度(真方位、以下同じ。)2,220メートルばかりの地点を基部として000度方向に延びる長さ230メートルの岸壁で、その先端東側40メートルのところから000度方向に長さ230メートルの4号岸壁が延びていた。
B受審人は、着岸に当たり、平素から航海中には特別の事情がない限り、主機及びCPPの各操縦場所切替えスイッチを船橋にして航行し、岸壁に係留したのち船橋から機関終了の指令があったとき、C受審人に同スイッチ操作を行わせて操縦場所を船橋から制御室に切り替えるようにしていたが、これまで無難に切り替えられていたことから大丈夫と思い、切り替えるときに制御室のハンドル位置を確認して同スイッチ操作を行う手順について徹底しなかった。
翌17日17時56分A受審人は、室蘭港港外に達したとき入港用意を令し、三等航海士を船橋操縦盤のハンドル操作に、甲板手を手動操舵にそれぞれ配置し、また制御室には、B、C両受審人、二等、三等両機関士、操機長及び操機手の6人が配置に就いて入港体制とした。
ところで、ばるなでは、主機及びCPP遠隔操縦装置の操縦場所を制御室から船橋に切り替えたときには制御室のハンドルを停止位置に置くようにしていたものの、B受審人は、制御室の配置に就いた後、操縦場所切替えスイッチを操作して操縦場所を制御室から船橋に切り替えたとき、同ハンドルを停止位置に置くことをたまたま失念して前示航海全速力前進位置としていた。
入航操船中のA受審人は、2号岸壁に近づいたとき、船首に5人、船尾に4人の乗組員を配置し、その後船橋右舷側のウイングで操船の指揮を執り、引船1隻と機関、舵、バウ及びスターン各スラスタを種々使用して船体を着岸予定地点に寄せ、両舷主機を回転数毎分330としたまま、右舷船首からヘッドライン2本とバックスプリング1本、また右舷船尾からスターンライン及びフォアスプリング各1本を岸壁のビットにとり、2号岸壁に右舷付けで係留したところで両舷のハンドルを停止位置とし、18時40分わずか過ぎ三等航海士に機関終了を指示して船橋内に戻った。
そこで三等航海士は、電話で制御室の三等機関士に機関終了を伝えたうえ、18時40分半サブテレグラフの機関終了押しボタンを操作した。
一方、B受審人は、機関終了が発令されたのを聞いたのち、いつものように主機のエアランニングを行うつもりで制御室を出て左舷主機の機側に向かった。
制御室操縦盤の前で機器操作に当たっていたC受審人は、三等機関士から機関終了の報告を受け、機関終了押しボタンを操作したのち、主機及びCPP遠隔操縦装置の操縦場所を船橋から制御室に切り替えることにしたが、その際、制御室の両舷ハンドルが停止位置になっているものと思い、同室のハンドル位置を確認しなかったので、これが航海全速力前進位置になっていることに気付かず、18時41分主機及びCPP遠隔操縦装置の各操縦場所切替えスイッチを順次操作して制御室に切り替えた。
C受審人は、各操縦場所切替えスイッチの操作を終えたところ、突然ゴングが鳴ったので船橋に電話をしようとしたとき、三等航海士から電話があり、船体が前進しているとの連絡を受け、両舷ハンドルを見て翼角が前進27度付近になっていることに気付き、初めて制御室の両舷のハンドル位置が航海全速力前進のままであることを認め、驚いて同ハンドルを後進位置にしたのち停止位置に操作した。
一方、B受審人は、左舷主機の機側に向かう途中で突然ゴングが鳴り始め、その後ゴングが鳴り続けたので不審を抱きながらも機側に着いたころ、ゴングが鳴りやんだものの、間もなく機側の燃料噴射ポンプラックが増の方に移動するとともに、運転音が変化したことから急いで制御室に戻ることにした。
このころA受審人は、船橋中央で風向風速計を見て風の強さを確認していたところ、突然ゴングが鳴り出したので、何事が起こったのかと思いながら右舷側のウイングに出てみると、船体がかなりの速力をもって係留索を切断しながら前進を始めているのを認め、18時41分少し過ぎ左舷錨を投下するよう命じた。
こうして、ばるなは、その後左舷錨が投下され、更に緊急全速力後進とされたものの、係留索5本のうちヘッドライン1本を残して4本が切断し、左舷方からの強い西風と右舷船尾方に張ったヘッドラインにより船首を右方に振りながら4号岸壁に係留中のれいんぼうらぶの左舷側に向かって接近し、18時42分ふとう灯台から189度1,930メートルの地点において、010度を向首していた、ばるなの右舷船首が、れいんぼうらぶの左舷後部に、ほぼ前進速力がなくなったとき後方から10度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力6の西風が吹き、潮侯は上げ潮の初期であった。
また、れいんぼうらぶは、福岡県博多港から新潟県直江津港を経て室蘭港に至る定期航路に就航する2基2軸の推進機関を備えた旅客船兼自動車渡船で、船長Dほか25人が乗り組み、旅客142人を乗せ、車両156台を積載し、船首6.40メートル船尾6.55メートルの喫水をもって、同月17日01時45分直江津港を発し、室蘭港に向かった。
れいんぼうらぶは、18時05分4号岸壁に右舷付けで着岸し、同時10分から旅客の下船及び車両の揚荷役を始め、旅客の下船を終え引き続き車両の揚荷作業中、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ばるなは、右舷船首部ブルワークに曲損を、れいんぼうらぶは、左舷後部外板に凹損及び擦過傷をそれぞれ生じ、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、北海道室蘭港において、ばるなが、岸壁に右舷付けで係留索をとり終えた際、CPP遠隔操縦装置の操縦場所の切替え手順が不適切で、制御室のハンドル位置の確認が行われず、同室のハンドルが前進翼角となったまま操縦場所が船橋から制御室に切り替えられ、右舷前方の岸壁に係留中のれいんぼうらぶに向かって進行したことによって発生したものである。
ばるなのCPP遠隔操縦装置の操縦場所の切替え手順が適切でなかったのは、機関長が、操縦場所切替えの手順を徹底していなかったことと、一等機関士が、操縦場所を船橋から制御室に切り替える際に制御室のハンドル位置を確認しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
B受審人は、室蘭港で一等機関士にCPP遠隔操縦装置の操縦場所の切替え操作を行わせる場合、切り替えるときに制御室のハンドル位置を確認して操縦場所切替えスイッチの操作を行う手順について徹底すべき注意義務があった。ところが、同受審人は、これまで無難に切り替えられていたことから大丈夫と思い、その手順について徹底しなかった職務上の過失により、同位置が前進翼角になったまま船橋から制御室に切り替えられて船体が前進し、右舷前方の岸壁に係留中のれいんぼうらぶとの衝突を招き、ばるなの右舷船首部ブルワークに曲損を、れいんぼうらぶの左舷後部外板に凹損及び擦過傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、室蘭港において、制御室でCPP遠隔操縦装置の操作に当たり、船橋から機関終了の連絡を受け操縦場所を船橋から制御室に切り替える場合、船体が移動することのないよう、制御室のハンドル位置を確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、同室のハンドルが停止位置になっているものと思い、同位置を確認しなかった職務上の過失により、同位置が前進翼角になっていることに気付かずに船橋から制御室に切り替えて船体を前進させ、れいんぼうらぶとの衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。