(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年11月26日03時00分
明石海峡
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船宣鶴丸 |
貨物船タイチュン |
総トン数 |
199トン |
1,528トン |
全長 |
58.53メートル |
73.80メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
808キロワット |
3 事実の経過
宣鶴丸は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか1人が乗り組み、鋼材614トンを載せ、船首2.4メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、平成12年11月25日20時40分岡山県水島港を発し、大阪港へ向かった。
A受審人は、船橋当直を単独の6時間2直制とし、離岸操船に引き続いて船橋当直に就いて瀬戸内海を東行し、翌26日00時00分播磨灘航路第1号灯浮標を航過したとき、明石海峡航路への入航前に報告しないこともあったB指定海難関係人と船橋当直を交替することとしたが、社長で叔父でもある同人にあえて指示するまでもないと思い、同航路内において自ら操船の指揮が執れるよう、明石海峡航路に接近したときには必ず報告するよう指示を徹底することなく、B指定海難関係人に船橋当直を任せ、休息した。
B指定海難関係人は、単独の船橋当直に就いて播磨灘を東行し、02時45分少し前江埼灯台から264度(真方位、以下同じ。)4,150メートルの地点に達し、明石海峡航路に接近したが、他船が見当たらないので、A受審人に報告して昇橋を求めることなく、針路を065度に定め、機関をほぼ全速力前進にかけ、折からの潮流に乗じて12.7ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で自動操舵により進行した。
間もなく、B指定海難関係人は、明石海峡航路の通航に備え、手動操舵により操船することとし、操舵スタンドと船橋右舷側のGPSプロッターとの間にあるレーダーを前にして立ち、操舵の作動切替スイッチ(以下「切替スイッチ」という。)を操作することとした。
ところで、切替スイッチは、操舵スタンド上面のジャイロコンパス左上に位置し、時計回りに自動、手動、遠隔及びレバー各操舵の4段階切替スイッチで、同スイッチ右隣のジャイロコンパス右上に配された電動油圧操舵装置のパイロット側電源を投入及び切断するスイッチ(以下「電源スイッチ」という。)と同じ形状のものであった。また、B指定海難関係人は、電源スイッチを切断すると操舵できなくなり、警報ブザーが鳴るようにもなっていなかったので、夜間に切替スイッチの操作を行うとき、以前には懐中電灯で同スイッチの確認をするなり、操作後に転舵を試み舵角指示器により作動確認を行うなりしていた。
ところが、B指定海難関係人は、慣れた操作であったので、右方の明石海峡航路が表示されていたGPSプロッター画面を注視していて、切替スイッチの確認を行うことなく、手探りにより左手に握ったスイッチの切替操作を行い、電源スイッチを握って切断の位置に操作したことに気付かず、舵角指示器による作動確認も行わないで操舵不能の状態になったまま続航した。
B指定海難関係人は、GPSプロッター画面に現れる自船の航跡が明石海峡航路の中央から右の部分へ向け直進しているのを確認したり、同航路の灯浮標を目視しながら進行し、02時54分少し過ぎ明石海峡航路の西口に入航し、同航路に沿わないまま東行した。
02時55分B指定海難関係人は、江埼灯台から340度1,400メートルの地点に達したとき、右舷船首18度1.3海里のところに、明石海峡航路をこれに沿って西行するタイチュン(以下「タ号」という。)の白、白、紅3灯を視認したが、その後動静監視を十分に行うことなく、タ号と衝突のおそれのある態勢で接近していることも、早期に右舵をとらなかったので、依然操舵不能の状態であったことにも気付かず、同船の進路を避けないまま進行した。
02時58分B指定海難関係人は、明石海峡航路の中央付近にあたる、江埼灯台から018度1,900メートルの地点で右舵をとったところ、右転しないで直進し、タ号と衝突のおそれのある態勢のまま接近していることに驚き、03時00分わずか前機関を後進としたが効なく、03時00分江埼灯台から031度2,500メートルの地点において、宣鶴丸は、原針路原速力のまま、その船首部がタ号の左舷後部に前方から85度の角度で衝突した。
A受審人は、タ号の汽笛を聞いて衝突の直前に昇橋し、事後の措置に当たった。
当時、天候は晴で風力2の北北西風が吹き、東流最強後1時間35分で約4ノットの東南東流があった。
また、タ号は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、船長W、二等航海士Eほか17人が乗り組み、鋼材2,098トンを載せ、船首4.6メートル船尾5.0メートルの喫水をもって、同月24日12時00分千葉県木更津港を発し、中華人民共和国江陰へ向かった。
越えて、26日02時32分少し前E二等航海士は、明石海峡航路の東口に入航し、甲板員を手動操舵に就かせて見張りと操船指揮に当たり、同航路に沿って西行を続け、同時52分明石海峡大橋下を航過して針路を306度に定め、折からの潮流に抗して5.3ノットの速力で進行した。
02時55分E二等航海士は、江埼灯台から050度2,500メートルの地点に達したとき、左舷船首44度1.3海里のところに宣鶴丸の白、白、緑3灯を視認し、その後同船が明石海峡航路をこれに沿わずに衝突のおそれのある態勢で、自船の進路を避けないまま接近しているのを認め、同時58分警告信号を行いながら10度右転したものの、そのうち宣鶴丸が右転するものと考え、更に間近に接近したとき機関を使用するなど、衝突を避けるための協力動作をとらずに続航した。
03時00分わずか前E二等航海士は、宣鶴丸が左舷至近に迫ってようやく衝突の危険を感じ、右舵一杯としたが及ばず、タ号は、船首が330度を向いたとき、原速力のまま前示のとおり衝突した。
W船長は衝撃を感じて直ちに昇橋し、事後の措置に当たった。
衝突の結果、宣鶴丸は、球状船首等の船首部外板に凹損を、タ号は、左舷船尾部外板に亀裂を伴う損傷をそれぞれ生じた。
(航法の適用等)
1 航法の適用
本件は、明石海峡航路内において、両船が互いに視野の内にある状況下、同航路を西側から入航して東行中の宣鶴丸と、同航路を東側から入航して西行中のタ号が衝突した事件であり、以下、適用される航法について検討する。
衝突地点は、海上交通安全法(以下「海交法」という。)に定める航路内であり、先ず一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の特別法である海交法が適用される。
宣鶴丸は、衝突の約6分前に明石海峡航路の中央から右の部分に入航し、航路の方向と約22度の交角をなす針路で進行し、衝突の2分前に同航路の中央から左の部分に入ったのであるから、航路をこれに沿って航行していたとは認められない。
タ号は、衝突の約28分前に明石海峡航路の中央から右の部分に入航し、航路の方向とほぼ一致した針路で進行したのであるから、航路をこれに沿って航行していたものと認められる。
航路に沿わないで航行していた宣鶴丸については、海交法第3条第1項で「航路を横断しようとし、又は航路をこれに沿わないで航行している船舶は、航路をこれに沿って航行している他の船舶と衝突するおそれがあるときは、当該他の船舶の進路を避けなければならない。」と規定している。
一方、航路に沿って航行していたタ号については、海交法に適用される航法が規定されておらず、予防法第40条の規定により、同法第17条第3項で「間近に接近して、避航船の動作のみでは衝突を避けることができないと認める場合は、第1項の規定にかかわらず、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない。」と規定している。
また、衝突するおそれがある見合い関係とは、具体的な当事者が実際に衝突の危険を認めた関係を意味するものでなく、注意深い船長が注意していたとすれば衝突の危険があるものと認めることができる関係を指すものであって、見合い関係の始期は、両船の大きさ、操縦性能、気象・海象の状況、海域や船舶交通の輻輳状況等によって変化するものである。
宣鶴丸とタ号の両船が衝突のおそれのある態勢で接近を始めたと認められるのは、衝突の5分前、両船間の距離が1.3海里のときからであり、両船の大きさや操縦性能、当時の海上交通事情からして前示の各動作を履行して衝突を回避するのに十分な時間的、距離的な余裕があったものと認められる。
以上のことから、本件は、宣鶴丸が避航動作をとり、タ号が衝突を避けるための最善の協力動作をとるのに何らの制約はなく、海交法第3条及び予防法第17条によって律するのが相当である。
2 その他
本件は、切替、電源両スイッチを取り違えたことによって発生したものであり、本件後、航行中に通常操作しない電源スイッチにカバーを設置して改善措置をとったが、同種海難の再発を防止する観点から、取扱者の誤操作以外に、背景として以下の諸点が含まれている。
(1) 切替、電源両スイッチの形状が同一であった点
(2) 切替、電源両スイッチが同一面の近距離に並べて設置されていた点
(3) 電源スイッチを切断の位置とした場合の警報装置が設置されていなかった点
(原因)
本件衝突は、夜間、淡路島北方沖合において、宣鶴丸が、明石海峡航路に接近する際、切替スイッチの確認が不十分で、同スイッチが操作されず、電源スイッチが切断され操舵不能の状態であったばかりか、同航路をこれに沿わずに航行中、動静監視不十分で、同航路をこれに沿って航行するタ号の進路を避けなかったことによって発生したが、タ号が、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
宣鶴丸の運航が適切でなかったのは、船長が、無資格の船橋当直者に対し、明石海峡航路に接近したときには必ず報告するよう指示を徹底しなかったことと、同船橋当直者が、船長に同報告をして昇橋を求めなかったうえ、切替スイッチの確認及び動静監視のいずれも十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、播磨灘を明石海峡航路に向け東行中、船橋当直をB指定海難関係人と交替する場合、同人が明石海峡航路への入航前に報告しないこともあったのであるから、同航路内において自ら操船の指揮が執れるよう、同航路に接近したときには必ず報告するよう指示を徹底すべき注意義務があった。しかるに、同人は、社長で叔父でもあるB指定海難関係人に、あえて指示するまでもないと思い、明石海峡航路に接近したときには必ず報告するよう指示を徹底しなかった職務上の過失により、明石海峡航路で自ら操船の指揮が執れず、同航路をこれに沿って航行しているタ号の進路を避けないまま進行して衝突する事態を招き、自船の球状船首等の船首部外板に凹損を、タ号の左舷船尾部外板に亀裂を伴う損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、夜間、播磨灘を明石海峡航路に向け東行中、同航路に接近した際、A受審人に報告して昇橋を求めなかったうえに、切替スイッチを操作する際、同スイッチの確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。