(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年1月25日18時10分
東京湾 浦賀水道
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第十二東洋丸 |
貨物船ヨンチャイ |
総トン数 |
4,375トン |
9,810トン |
全長 |
132.52メートル |
135.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
6,178キロワット |
9,360キロワット |
3 事実の経過
第十二東洋丸(以下「東洋丸」という。)は、可変ピッチプロペラを装備した船首船橋型の自動車運搬船で、A、B両受審人ほか9人が乗り組み、車輌463台シャーシ21台を積載し、船首4.1メートル船尾6.3メートルの喫水をもって、平成12年1月24日16時45分広島港を発し、千葉港に向かった。
A受審人は、船橋当直を4時間ごとの輪番制で行い、8時から12時の時間帯に当直経験が浅く同船にも不慣れであった二等航海士を入れて共に立直し、社内の方針にのっとり、当直要領などについて適宜同人の教育、指導を行うほか、狭水道通航時に自ら操船指揮をとることとしていた。そして、B受審人とは約2年前に同人が入社した際、他の社船で同乗し、同様に半年ばかり一緒に入直して教育、指導を行っていた。また、日ごろから船橋当直者に対し、霧などで狭視界になったとき、他船が多く不安を感じたときなどには知らせること、避航する際には機関の使用や予定針路線から離れることをちゅうちょせず行うことなど指示していた。
こうしてA受審人は、出航操船を終えたのちは常務に従事し、翌25日12時ごろ御前崎の北西方沖で船橋当直を終え、浦賀水道航路南口の手前3海里付近で再度昇橋する予定で降橋した。
B受審人は、16時ごろ神子元島の北東方8海里ばかりの地点で、二等航海士から当直を引き継いで甲板員と共に船橋当直に就き、相模灘を北上し、17時45分剱埼灯台から205度(真方位、以下同じ。)9.2海里の地点に達したとき、針路を048度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、18.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、所定の灯火を表示して進行した。
17時50分B受審人は、レーダーにより左舷前方約12海里のところに、浦賀水道航路を出航して南下中のヨン チャイ(以下「ヨ号」という。)の映像を初認し、その後アルパによる同船の進路表示を参照し、同船が自船の前路約1海里のところを無難に右方に替わってゆくことを認めたものの、左舷前方にはさらに5隻ばかりの南下船がヨ号に後続していたので、ヨ号も含めてそれらと予め右舷を対して航過する態勢にしておこうとし、18時05分剱埼灯台から173度4.4海里の地点で、ヨ号の白、白、緑3灯を左舷船首11度2.9海里に見るようになったとき、手動操舵に切り換えて20度左転し、針路を028度とし、ヨ号を先頭とする南下船群と右舷を対して航過することになったのを認めて続航した。
18時06分B受審人は、右舷船首12度2.3海里のところで、剣埼沖の予定転針地点に達したヨ号が右転し、その白、白、紅3灯を視認できる状況になり、その後同船がその方位にほとんど変化がなく、前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近していたが、いったん右舷を対して航過する態勢としたことで安心し、動静監視を継続して行っていなかったのでこのことに気付かず、大きく右転するなどして同船の進路を避けずに続航中、同時09分ヨ号と0.5海里に接近したとき、同船の紅灯に気付き、その前路を替わして避けようと探照灯を点滅し、左舵20度としたが効なく、東洋丸は、18時10分剱埼灯台から159度3.2海里の地点において、336度に向首したとき、その右舷中央部に、ヨ号の左舷船首部が後方から40度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力5の北風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
A受審人は、自室で休息中、衝撃で衝突したことを知り、急ぎ昇橋して事後の措置に当たった。
また、ヨ号は、可変ピッチプロペラを装備した船尾船橋型のコンテナ船で、船長C、一等航海士Dほか16人が乗り組み、コンテナ貨物1,719トンを積載し、船首5.3メートル船尾6.3メートルの喫水をもって、同日16時25分京浜港横浜区を発し、名古屋港に向かった。
17時42分ヨ号は、浦賀水道航路を出航し、同時50分操舵手と共に船橋当直に就いていたD一等航海士は、剱埼灯台から058度4.6海里の地点で、針路を200度に定め、機関を全速力前進にかけ、19.0ノットの速力で、所定の灯火を表示して進行した。
そのころD一等航海士は、レーダーにより右舷前方約12海里のところに、東洋丸の映像を初認して、剣埼沖の予定転針地点に向け南下し、18時06分剱埼灯台から137度3.2海里の同地点に達したとき、針路を大島西方に向けて232度に転じた。
転針したときD一等航海士は、左舷船首12度2.3海里のところに、東洋丸の白、白、緑3灯を視認し、その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で、自船の進路を避けずに接近していたが、動静監視を十分に行わなかったのでこのことに気付かず、警告信号を行うことも、間近に接近しても衝突を避けるための協力動作をとることもせず続航中、18時09分少し過ぎ左舷前方で左転を始めた東洋丸を認めて衝突の危険に気付き、あわてて右舵一杯をとり機関を停止したが効なく、ヨ号は、296度に向首して前示のとおり衝突した。
衝突の結果、東洋丸は、右舷中央部外板に亀裂を伴う凹損及び同部ハンドレールに曲損を、ヨ号は左舷船首部外板に凹損をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、夜間、浦賀水道において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中、北上する東洋丸が、動静監視不十分で、前路を左方に横切るヨ号の進路を避けなかったことによって発生したが、南下するヨ号が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、夜間、浦賀水道を北上中、前方に同水道を南下中のヨ号の灯火を視認し、その後同船と右舷を対して航過するよう針路を転じて進行する場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、ヨ号といったん右舷を対して替わる態勢になったことで安心し、同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、転針した同船が、前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かず、その進路を避けずに進行して衝突を招き、東洋丸の右舷中央部外板に亀裂を伴う凹損、同部ハンドレールに曲損を、ヨ号の左舷船首部外板に凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。