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平成13年横審第63号
件名

貨物船貴春丸漁船定丸衝突事件
二審請求者〔補佐人赤地 茂、補佐人松井孝之〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年1月24日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(長谷川峯清、半間俊士、甲斐賢一郎)

理事官
関 隆彰

受審人
A 職名:貴春丸船長 海技免状:一級海技士(航海)
B 職名:貴春丸二等航海士 海技免状:三級海技士(航海)(履歴限定)

損害
貴春丸・・・左舷後部外板に凹損と擦過傷
定丸・・・船首部を圧壊、のち廃船、船長が肝損傷等で死亡

原因
定丸・・・動静監視不十分、横切の航法(避航動作)不遵守(主因)
貴春丸・・・警告信号不履行、横切の航法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、定丸が、衝突のおそれについての判断が不適切、かつ、動静監視不十分で、前路を左方に横切る貴春丸の進路を避けなかったことによって発生したが、貴春丸が、衝突のおそれについての判断が不適切で、警告信号を行わず、衝突を避けるための動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年4月17日02時55分
 千葉県八幡岬東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 貨物船貴春丸 漁船定丸
総トン数 11,736.22トン 4.8トン
全長 158.50メートル  
登録長   10.61メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 8,826キロワット 220キロワット

3 事実の経過
 貴春丸は、主として宇部港から本州太平洋沿岸諸港へのセメントばら積み輸送に従事し、2基1軸及び舵板2枚のベックツイン舵を装備する中央船橋型の鋼製貨物船で、A、B両受審人ほか16人が乗り組み、セメント14,003トンを積み、船首7.28メートル船尾7.93メートルの喫水をもって、平成13年4月16日10時45分名古屋港を発し、塩釜港仙台区に向かった。
 ところで、貴春丸は、前部マスト灯が船首端から後方約19メートル水面上高さ約22メートル、後部マスト灯が同端から後方約127メートル同高さ約32メートル及び両舷灯が同端から後方約64メートル同高さ約13メートルにそれぞれ装備され、船橋前面が船体中央の少し船首側で同端から後方約63メートルにあった。このため、夜間、船橋で見張りに当たる当直者は、その見張り位置と貴春丸の長さとの関係から、接近してくる他船のコンパス方位に明確な変化が認められる場合においても、これと衝突するおそれがあり得ることを考慮する必要があり、また、貴春丸の舷灯が見える範囲から同船に接近する他船は、コンパス方位に明確な変化が認められる場合においても、これと衝突するおそれがあり得ることを考慮しなければならず、特に近距離で接近するときには、船尾船橋型の大型船とは異なるマスト灯と舷灯との位置関係や各灯火の高さに留意して見張りに当たる必要があった。
 A受審人は、船橋当直体制を、00時から04時まで及び12時から16時までをB受審人、04時から08時まで及び16時から20時までを一等航海士、並びに08時から12時まで及び20時から24時までを三等航海士にそれぞれ受け持たせ、各直に甲板員1人を配する2人1組の4時間3直制とし、狭水道通航時、船舶輻輳(ふくそう)時及び視界制限時等には昇橋して指揮を執っていた。
 平素、A受審人は、船橋当直者に対し、漁船には接近しないよう早めに避けること、機関及び舵を自由に使用して良いこと、汽笛の吹鳴に遠慮は不要であること並びに視程が2海里以下になったら知らせることなどを口頭で指示していたが、これまで、衝突のおそれを判断するうえで船体の長さについて不安を感じたことがなかったので、同長さが衝突のおそれの判断を誤らせることはないものと思い、他船と接近するときには、できる限り、十分に余裕のある時期に、衝突を避けるための動作がとれるよう、船橋での見張り位置と貴春丸の長さとの関係を考慮し、衝突のおそれについての判断を適切に行うよう十分に指示することなく、それぞれ同当直に就かせていた。
 こうして、A受審人は、発航後全航海士に対し、千葉県勝浦及び銚子両漁港沖合には漁船が多いので気をつけること、視界制限状態に注意すること等を指示したのち、これらのことに併せ、北上する黒潮をつれ潮として利用するつもりで、使用海図にボールペンで記載してある平素の予定針路より少し沖合を航行することとし、伊豆大島竜王埼の南方沖合から勝浦灯台の南東方沖合まで075度(真方位、以下同じ。)及び同南東方沖合から犬吠埼灯台の東方沖合まで035度の各針路(以下「沖合針路」という。)を同海図に鉛筆で記入し、同日21時ごろ竜王埼の南西方沖合を航行しているときの船橋当直者に沖合針路を採るよう指示した。
 翌17日00時00分B受審人は、航行中の動力船が表示する灯火がそれぞれ点灯されていることを確認したのち、甲板員Eとともに昇橋して前直者から当直を引き継ぎ、01時45分勝浦灯台から155度17.2海里の地点に達したとき、A受審人の指示に従って針路を035度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの東南東向きの海潮流に乗じて右方に5度圧流されながら、13.8ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、自動操舵によって進行した。
 02時00分B受審人は、勝浦灯台から144度16.0海里の地点で、船橋前面の中央に立ち、周囲の見張りに当たっていたとき、E甲板員が測定した船位が沖合針路の右方に偏していたことから、針路を030度に転じ、同海潮流に乗じて右方に5度圧流されながら、13.7ノットの速力で続航した。
 02時35分B受審人は、勝浦灯台から115度15.3海里の地点に差し掛かったとき、左舷船首51度6海里付近に、前後左右に広がった約20隻の漁船群の灯火を初めて認め、その後レーダーの衝突予防援助装置(以下「ARPA」という。)により同漁船群が東方に航行していることを知り、同時50分同灯台から103度16.3海里の地点に達したとき、同漁船群の灯火の方位が約3度右方に変わり、前路を横切る態勢で約1.5海里に接近したことから、それらの動静を監視しながら、同じ針路、速力で進行した。
 02時52分B受審人は、勝浦灯台から101.5度16.5海里の地点で、左舷船首46.8度1.0海里のところに、漁船群中の1隻である定丸が表示する白、緑2灯を初めて認め、同船が見張り位置から後方46メートルの左舷後部に向かって衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、船橋での見張り位置と貴春丸の長さとの関係で、接近する定丸の方位に明確な変化が認められる場合においても、同船と衝突するおそれがあり得ることを考慮していなかったので、その後同灯火の方位が少しずつ左方に変わっていくのを認めたことから、定丸が無難に自船の船尾後方を替わるものと思い、定丸との衝突のおそれについての判断を適切に行うことなく、同船との接近状況に気づかず、直ちに警告信号を行うことも、更に接近してもベックツイン舵を活用して激右転するなど、定丸との衝突を避けるための動作をとらないまま、同船以外の漁船群の動静を監視しながら続航した。
 02時55分少し前B受審人は、依然、定丸が左舷後部に向かって衝突のおそれがある態勢で接近する状況のもと、船首方約1海里を右方に横切る漁船や船尾方を約500メートル離して替わる漁船を監視していたとき、左舷船首60度125メートルに接近した定丸の白、緑2灯を再び認め、その方位が船尾方に変わってはいたものの、異常に近づくので、注意喚起のつもりで同船の操舵室に向けて昼間信号灯を繰り返し点滅照射したが効なく、02時55分勝浦灯台から099度16.8海里の地点において、貴春丸は、原針路、原速力のまま、その船首端から109メートル後方の左舷舷側に、定丸の船首が直角に衝突した。
 当時、天候は晴で風はなく、視界は良好で、衝突地点付近には113度方向に1.2ノットの海潮流があった。
 A受審人は、E甲板員から船内電話によって衝突の報告を受け、直ちに昇橋して事後の措置に当たった。
 また、定丸は、一本つり漁業に従事する船尾船橋型のFRP製漁船で、船長Dが1人で乗り組み、かつお引き縄漁の目的で、喫水不詳のまま、同月17日01時50分千葉県岩和田漁港を発し、僚船約20隻とともに、同漁港沖合約50海里で水温摂氏19度台の黒潮本流西側の漁場に向かった。
 D船長は、発航時に航行中の動力船が表示する灯火を掲げ、01時55分勝浦灯台から044度3.3海里の地点で、針路を109度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの海潮流に乗じて15.2ノットの速力で、自動操舵によって進行した。
 D船長は、操舵室後部左舷側出入口の前に敷いた板に腰掛け、レーダーを監視しながら前路の見張りに当たり、進路が交差する大型船が多いから注意しようなどの話題で僚船と無線交信しているうち、02時35分勝浦灯台から094.5度11.9海里の地点に差し掛かったとき、右舷船首50度6海里のところに、貴春丸のレーダー映像を初めて認め、その後同映像が互いに進路を横切る態勢で接近する船舶であることを知り、もう少し接近してから対処するつもりで、同映像を監視しながら続航した。
 02時50分D船長は、勝浦灯台から098度15.6海里の地点に達したとき、右舷船首53度1.5海里のところに、貴春丸が表示する前後部両マスト灯及び同両灯間の少し船首寄りに掲げられた紅灯の3灯を初めて認め、同時52分同灯台から098.3度16.1海里の地点で、同船の紅灯が右舷船首54.2度1.0海里に接近したとき、貴春丸の船尾を替わすよう針路を120度に転じ、同船の紅灯の方位変化を見ながら、同じ速力で進行した。
 転針後D船長は、貴春丸の紅灯の方位がわずかずつ左方に変わるのを認め、同船の左舷後部に向かって衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、接近してくる他船のコンパス方位に明確な変化が認められる場合においても、大型船舶若しくはえい航作業に従事している船舶に接近し、又は近距離で接近するときには、これと衝突するおそれがあり得ることを考慮しなかったので、同船との衝突のおそれについての判断を適切に行わず、また、貴春丸の後部マスト灯の方位変化を確認するなどしてその動静を十分に監視することもなく、同船との接近状況に気づかず、貴春丸の進路を避けないまま続航した。
 02時55分少し前D船長は、依然、貴春丸の左舷後部に向かって衝突のおそれがある態勢で接近する状況のもと、同船の紅灯が右舷船首30度125メートルに接近したとき、同船船橋から昼間信号灯による点滅照射を繰り返し受けたものの、定丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、貴春丸は左舷後部外板に凹損と擦過傷を生じたが、のち修理され、定丸は船首部に圧壊を生じ、僚船によって岩和田漁港に引き付けられたが、のち廃船処理された。また、D船長(昭和7年6月4日生、一級小型船舶操縦士免状受有)は、衝突の衝撃で操舵室前面の棚に激突して胸を打ち、同漁港に運ばれて病院に収容されたが、同日13時00分肝損傷等により死亡した。

(原因)
 本件衝突は、夜間、千葉県八幡岬東方沖合において、定丸が、衝突のおそれについての判断が不適切、かつ、動静監視不十分で、前路を左方に横切る貴春丸の進路を避けなかったことによって発生したが、貴春丸が、衝突のおそれについての判断が不適切で、警告信号を行わず、衝突を避けるための動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 貴春丸の運航が適切でなかったのは、船長が、船橋当直者に対し、船橋での見張り位置と貴春丸の長さとの関係を考慮し、衝突のおそれについての判断を適切に行うよう十分に指示を行わなかったことと、船橋当直者が、衝突のおそれについての判断を適切に行わなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、千葉県八幡岬東方沖合において、漁船群との遭遇が予想される場合、船橋での見張り位置と貴春丸の長さとの関係から、接近してくる他船のコンパス方位に明確な変化が認められても、これと衝突するおそれがあり得ることを考慮し、できる限り、十分に余裕のある時期に、衝突を避けるための動作がとれるよう、衝突のおそれについての判断を適切に行うよう船橋当直者に対して十分に指示を行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、船体の長さが衝突のおそれの判断を誤らせることはないと思い、衝突のおそれについての判断を適切に行うよう船橋当直者に対して十分に指示を行わなかった職務上の過失により、同当直者が定丸との衝突のおそれについての判断を適切に行わないまま進行して同船との衝突を招き、貴春丸の左舷後部外板に凹損と擦過傷を、定丸の船首部に圧壊をそれぞれ生じさせ、D船長を肝損傷等により死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、夜間、千葉県八幡岬東方沖合において、左舷前方に認めた定丸が表示する灯火の方位が少しずつ左方に変わっていくのを認めた場合、船橋での見張り位置と貴春丸の長さとの関係から、接近する定丸の方位に明確な変化が認められても、同船と衝突するおそれがあり得ることを考慮し、定丸との衝突のおそれについての判断を適切に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、同灯火の方位が少しずつ左方に変わっていくので、定丸が無難に自船の船尾後方を替わるものと思い、定丸との衝突のおそれについての判断を適切に行わなかった職務上の過失により、同船が見張り位置から後方の左舷後部に向かって衝突のおそれがある態勢で接近する状況に気づかず、直ちに警告信号を行うことも、更に接近しても激右転するなどして定丸との衝突を避けるための動作をとらないまま進行して同船との衝突を招き、両船及びD船長に前示の事態を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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