(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年9月30日10時30分
東シナ海
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十一新東丸 |
総トン数 |
324トン |
全長 |
61.40メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分449 |
3 事実の経過
第三十一新東丸(以下「新東丸」という。)は、平成元年4月に進水した、大中型まき網漁業に従事する鋼製運搬船で、主機として、株式会社新潟鐵工所(以下「新潟鐵工所」という。)が製造した6MG32CLX型と称するディーゼル機関を据え付け、各シリンダを船尾側から順番号で呼称しており、また、推進器として可変ピッチプロペラを装備していた。
ところで、新東丸の主機は、就航時には回転数毎分520(以下、回転数は毎分のものを示す。)及びプロペラ翼角20.2度における連続最大出力が1,140キロワットであると受検・登録されていたが、平成8年7月船舶職員の乗り組み基準変更申請のために臨時検査を施行し、負荷制限装置を調整して同出力を735キロワット及び同回転数を449として再登録したものであった。しかし、その後、同制限装置が再調整されて航行中の全速力前進を回転数550及びプロペラ翼角18.5度までとして運転されていた。
主機の主軸受及びクランクピン軸受の両軸受メタルは、軟鋼の裏金にケルメットを溶着し、鉛錫合金のオーバーレイを施したうえ、さらに錫フラッシュ鍍金した薄肉多層完成メタルが使用されていて、オーバーレイが3分の1以上消滅しているとき、あるいは使用時間が18,000時間を超えたとき、同メタルを交換するよう機関取扱説明書に記載されていた。
そこで、新東丸では、平成7年6月の第1種中間検査において、主軸受及びクランクピン軸受の全ての軸受メタルが新替えされていた。
一方、主機の潤滑油系統は、同油サンプタンクに張られた潤滑油が直結の潤滑油ポンプあるいは予備の電動ポンプによって吸引・加圧され、潤滑油冷却器、同油こし器を経て入口主管に至って分岐し、各シリンダの主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受及びピストン冷却室に給油されたのち、サンプタンクに戻って循環するようになっていた。
また、潤滑油系統内には、通常約2.7ないし3.0キロリットルの潤滑油が保有されていて、入口主管における同油圧力が約5.3キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調整されており、同圧力が2.0キロに低下すると潤滑油圧力低下警報装置が作動し、更に1.5キロまで低下すると主機が危急停止する安全装置が付設してあった。
ところで、潤滑油こし器の吐出側の配管(以下「吐出側配管」という。)は、呼び径100Aの配管用炭素鋼製鋼管で、主機の右舷側後部床下を船首方向に約3メートル直伸したのち、2個のエルボと1本の短管で曲管部を構成し、更に床下を同方向に伸びて入口主管に接続されており、曲管部の前後2箇所をボルトとナットで固定する鋼製バンド(以下「振動止めバンド」という。)で振動止めされていた。
A受審人は、平成9年5月から機関長として乗り組み、機関の運転・保守管理にあたり、サンプタンクの油量を適宜計測して減量分を補給し、入口主管の潤滑油圧力が低下し始めると同油こし器を掃除し、定期的検査工事で入渠したときにはサンプタンク内を掃除したうえ潤滑油を全量新替えし、また、合入渠で上架したときにはサンプタンク内の潤滑油を電動ポンプで排出したのち、新油を補給するなどの性状管理を行いながら、東シナ海での操業に従事していた。
ところで、吐出側配管は、振動止めバンドのボルトとナットがいつしか緩んで脱落し、同管が振動するようになってエルボ溶接部の材質が次第に疲労して亀裂が生ずる状況となっていた。
新東丸は、平成11年9月21日佐賀県唐津港で水揚げしたのち、砕氷約120トンを積載し、漁獲物積込みの目的で09時55分同港を発し、東シナ海の漁場に向かって同県神集島東方沖合に達したとき、吐出側配管のエルボ溶接部の亀裂が進行して多量の潤滑油が噴出し、入口主管の同油圧力が低下したことから、10時15分ごろ潤滑油圧力低下警報装置が作動した。
機関室で当直していたA受審人は、潤滑油圧力低下の警報に気付いて操舵室へ赴き、主機の回転数を下げるよう船長に依頼して機関室へ戻ったところ、同警報が引き続き作動していたことから、10時18分ごろ主機を停止したのち、サンプタンクの油量を点検して検油棒の下限線まで減少していることを認めた。
そこで、A受審人は、潤滑油系統の配管など各部を点検したところ、吐出側配管の前示曲管部の亀裂から同油が漏出していることを発見し、潤滑油の漏洩箇所にゴムバンドを巻くなどの応急措置を施して唐津港へ引き返し、同管亀裂部の溶接修理を業者に依頼した。
しかしながら、A受審人は、潤滑油圧力低下警報が作動したのち、主機が数分間運転状態にあったものの、警報が作動してから短時間で停止したつもりなので大丈夫と思い、修理業者に依頼するなどして、主軸受メタルの点検を行うことなく、主軸受メタルのオーバーレイが一時的な潤滑阻害によって急速に摩滅したことに気付かず、引き続き東シナ海での操業に従事することとした。
吐出側配管の亀裂部の修理を終えたA受審人は、東シナ海の漁場において漁獲物を積み込む予定で、同日15時10分唐津港を発したが、操業の都合で予定が変更されて21時50分長崎港へ入港したものの、依然として、修理業者に依頼するなどして、主軸受メタルの点検を行なわないまま、月例の休漁期間となって同港で待機した。
こうして、新東丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、操業の目的で、同月28日04時10分僚船とともに長崎港を発し、東シナ海の漁場に至って操業に従事していたところ、潤滑阻害の影響を強く受けた4番主軸受メタルのケルメットの露出が進行し、やがてかじり傷が生じるようになって同軸受が過熱し始め、翌々30日早朝主機の回転数を540及びプロペラの翼角を18.5度の全速力前進状態で魚群を探索中、4番主軸受が焼損して3番シリンダのクランクピン軸受メタルへの油路を溶損片が塞ぎ、同メタルも焼損するとともに3番のピストンが冷却阻害されて過熱膨張し、同ピストンとシリンダライナとが焼き付き始め、10時30分北緯26度55分東経123度32分の地点において、主機が異音を発生するようになった。
当時、天候は曇で風力1の北東風が吹いていた。
操舵室で船長と打ち合わせしていたA受審人は、主機の運転音が変化したことに気付き、機関室に赴いて主機を停止したのち、潤滑油こし器を点検したところ、溶損した多量のメタル片を認めて航行不能と判断し、その旨を船長に報告した。
損傷の結果、新東丸は、僚船によって長崎港まで曳航され、主機を陸揚げのうえ、台板主軸受穴部の直径を1ミリメートルオーバーサイズに加工・修正し、クランク軸、全主軸受メタル及び全クランク軸受メタル並びに3番シリンダのピストン及びシリンダライナなど損傷部品を全て新替えする修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、潤滑油こし器の吐出側配管の亀裂部から漏油して同油圧力低下警報装置が作動したのち、主機が数分間運転状態にあった際、主軸受メタルの点検が不十分で、潤滑阻害によって主軸受メタルのオーバーレイが摩滅したまま運転が続けられ、同メタルのケルメットのかじりが進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、潤滑油こし器の吐出側配管の亀裂部から漏油して同油圧力低下警報装置が作動したのち、主機が数分間運転状態にあった場合、一時的でも主軸受メタルなどが潤滑阻害されるおそれがあったから、同軸受メタルの異状の有無を判断できるよう、修理業者に依頼するなどして、主軸受メタルの点検を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、警報が作動してから短時間で停止したつもりなので大丈夫と思い、修理業者に依頼するなどして、主軸受メタルの点検を十分に行わなかった職務上の過失により、潤滑阻害によって主軸受メタルのオーバーレイが摩滅したことに気付かず、そのまま主機の運転を続けて同メタルのケルメットにかじりを招き、4番主軸受メタル及び3番シリンダのクランクピン軸受メタルを焼損させ、台板、クランク軸、3番シリンダのピストン及び同シリンダライナなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成13年1月31日長審言渡
本件機関損傷は、潤滑油の性状管理が不十分であったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。