(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年2月23日04時30分
高知県甲浦港南東沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十五広隆丸 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
51.71メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分375 |
3 事実の経過
第三十五広隆丸(以下「広隆丸」という。)は、平成1年3月に進水した鋼製漁船で、主として四国及び九州方面から神奈川県三崎港への活魚輸送に従事しており、主機として株式会社新潟鉄工所が同年に製造した6M26AFTE型ディーゼル機関を装備していた。
主機の過給機は、同社製のニイガタ・M.A.N.−B&W NR20/R型と称する排気ガスタービン過給機で、ロータ軸の中央部が、軸受箱内のタービン側とブロワ側に各1個設けられた浮動スリーブ式平軸受によって支持され、両軸受メタルがスラストリングを挟んで軸受スリーブに挿入されていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室油だめ(張込み量約400リットル)の潤滑油が、直結の潤滑油ポンプにより吸引加圧され、油冷却器及び逆洗可能なノッチワイヤ形複式こし器(以下「こし器」という。)を経て、圧力調整弁で調圧されたのち入口主管に至り、主軸受、クランクピン軸受及びカム軸受などを順に潤滑して再び油だめに戻るようになっているほか、油冷却器出口で分岐し圧力調整弁を出た同油が、主機右舷上方に設けられた張込み量約700リットルの補助サンプタンクに送られて静置され、オーバーフロー油が油だめに落ちるようになっており、主機始動前のプライミング等に使用する目的で、電動の予備潤滑油ポンプが備えられていた。
一方、過給機の潤滑は、主機入口主管の手前で分岐した潤滑油が減圧されたのち軸受箱上部から流入し、各軸受を潤滑したのち同箱下部から主機の油だめに戻るようになっており、潤滑油圧力は平素主機入口主管で3.8キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に、過給機入口で1.8キロにそれぞれ設定され、同主管の油圧が2.0キロまで低下すると油圧低下警報装置が作動するようになっていた。
ところで、圧力調整弁は、弁箱に組み込まれたコイルばねがピストン弁を弁座に押し付けるように作用し、弁箱端部に設けた調整ねじにより同ばねの張力を加減して圧力が設定できる構造で、油圧が同ばねの張力以上になると同弁が開き、潤滑油の一部を補助サンプタンクに送ることで調圧するようになっていたが、ピストン弁が異物の噛み込み等で損傷したり固着気味になるなどして作動不良を起こすと、油圧が保持できなくなり、給油量が不足して各部の潤滑が阻害されるおそれがあった。
A受審人は、平成10年9月に機関長として乗り組んで、機関の運転と保守管理に当たり、翌年2月の第1種中間検査工事において、主機の開放整備を行って過給機の軸受メタルなどを新替えし、主機警報装置の作動確認を実施した。また、主機の潤滑油については、同工事の際と同年11月にそれぞれ油だめ及び補助サンプタンク内の潤滑油を取り替え、こし器は両側を常時使用して1週間毎に開放掃除するようにしており、翌12年2月21日早朝三崎港に入港したのち、同こし器の開放掃除を行った。
広隆丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、三崎港での揚荷を終え、各魚倉に海水バラストを張り、船首2.0メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、同日23時30分同港を発し、愛媛県三瓶港に向かった。
A受審人は、翌22日08時ごろ定常作業として1日に1回実施している主機潤滑油こし器の逆洗を行い、その後夕方の機関室見回り中に主機の潤滑油圧力が2.6キロばかりに低下していることに気付き、もう1度こし器の逆洗を行っていったんは圧力が回復したものの、23時ごろ再び同油圧力が低下していることを認めた。そして、こし器の逆洗を繰り返しても主機潤滑油圧力が低下する状況になったにもかかわらず、依然としてこし器のエレメントが詰まったものと思い、主機を停止してこし器の開放掃除を行っただけで、圧力調整弁を点検するなど、圧力低下原因を十分に調査しなかったことから、同弁が作動不良を起こしていることに気付かないまま、主機を再始動して運転を続けた。
こうして、広隆丸は、主機を回転数毎分338の全速力前進にかけて航行中、圧力調整弁の作動不良で主機の潤滑油圧力がさらに低下するようになり、油圧低下装置が作動しないまま、過給機への給油量が不足したため、同月23日04時30分阿波竹ケ島灯台から真方位142度10.7海里の地点において、過給機の各平軸受が焼損してロータ軸の軸心が偏移し、ブロワ翼が固定部と接触した。
当時、天候は晴で風力1の南南東風が吹き、海上は穏やかであった。
機関室当直に就いていたA受審人は、主機及び過給機の潤滑油圧力がいずれも著しく低下しているのを認め、直ちに主機を停止し、補助潤滑油ポンプを運転しても同油圧力が上昇せず、過給機から異音が発生していたことから運転不能と判断し、事態を船長に報告した。
広隆丸は、手配した引船により高知県甲浦港に引き付けられ、整備業者により過給機のロータ軸完備品及び軸受メタルなどの損傷部品を全て新替えして修理されたほか、主機潤滑油圧力調整弁の作動不良が判明し、のち同弁が新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油こし器の逆洗を繰り返しても同油圧力が低下するようになった際、圧力低下原因の調査が不十分で、圧力調整弁の作動不良で同油圧力が低下するまま運転が続けられ、過給機の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機潤滑油こし器の逆洗を繰り返しても潤滑油圧力が低下するようになった場合、そのまま運転を続けて各部の潤滑を阻害することのないよう、圧力調整弁を点検するなど、圧力低下原因を十分に調査すべき注意義務があった。ところが、同人は、依然としてこし器のエレメントが詰まったものと思い、主機を停止してこし器の開放掃除を行っただけで、圧力低下原因を十分に調査しなかった職務上の過失により、圧力調整弁の作動不良で同油圧力が低下するまま運転を続け、過給機の平軸受及びロータ軸等を損傷させるに至った。