(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年4月15日00時30分
小笠原群島父島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二十八幸進丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
16.61メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
529キロワット |
回転数 |
毎分1,400 |
3 事実の経過
第二十八幸進丸(以下「幸進丸」という。)は、平成6年8月に進水した、まぐろ延縄漁業に従事するFRP製漁船で、主機として三菱重工業株式会社製造のS6R2F−MTK−2型と称するディーゼル機関を装備し、湿式多板逆転減速機を船尾側に配置して中間軸及びプロペラ軸を介してプロペラに動力を伝達するようになっていた。また、操舵室で主機を遠隔操縦できるようになっていた。
プロペラ軸は、株式会社高澤製作所が大同特殊鋼株式会社に発注して求めたステンレス鋼(材料記号SUS304相当)の素材から製造したもので、長さ3,066ミリメートル(以下「ミリ」という。)、船首側から654.5ミリ後方までの直径が110ミリ、その後方が直径120ミリで、両端が10分の1のテーパーになっていて、船首側には中間軸用軸継手を、船尾側にはプロペラをそれぞれ装着するためのキー溝が設けられ、第二種プロペラ軸として認定されていた。
船尾管は、船首部に長さ240ミリ、内径120ミリのリグナムバイタ製軸受(以下「前部軸受」という。)、船尾部に長さ480ミリ、内径120ミリのゴム製軸受(以下「後部軸受」という。)を装着し、内部を貫通するプロペラ軸を両軸受で支持していた。そして、前部及び後部両軸受は、いずれも海水潤滑式で、主機冷却海水系統から分岐した海水が船尾管の船首側から供給され、前部軸受を経て同管内を通って後部軸受に流れ、それぞれ潤滑及び冷却したのち、船尾側から船外に排出されるようになっていて、前部軸受船首側にメカニカルシール式軸封装置を備えていた。また、船尾管に供給される海水系統には、こし器や圧力計は装備されていなかった。
プロペラは、ナカシマプロペラ株式会社製造のアルミニウム青銅鋳物(材料記号AlBC3相当)製で、直径1,500ミリ、ピッチ1,070ミリ、重量182.5キログラムの4翼一体形で、プロペラ軸にキーで強固に取り付けられていた。
幸進丸の漁具は、長さ約45メートル、直径2.25ミリのナイロン製幹縄を16本つなぎ、そのつなぎ手にスナップフックでそれぞれ枝縄を取り付けたものを1枚とし、その両端にプラスチック製の浮子を付け、さらに、10枚ごとにラジオブイを取り付けて全長約30海里になるものであった。また、枝縄は、直径1.75ミリの呉羽合繊株式会社製造のシーガー110号と称するフッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体の製品で、長さが約22メートルあり、先端に金属製の止め金具を用いて釣り針を取り付けるものであった。
ところで、プロペラ軸は、船尾管後端部からプロペラボスまでの長さ150ミリの海中にさらされた軸身部分に、操業中に枝縄などの漁具を巻き込むことがあり、それによって漁具の一部が後部軸受の中に押し込まれ、同管に供給されている冷却水の流れが減少し、船尾管内の軸受の冷却が阻害されて過熱気味となり、さらに、後部軸受が侵入した漁具などの異物との摩擦で焼損して異常摩耗し、軸心に不正が生じて同軸に作用する回転曲げ応力が大きくなるとともに、枝縄に取り付けられた釣り針や、止め金具などで軸身に傷が付くおそれがあった。
幸進丸は、専ら北太平洋の東経160度以西の海域で1回の航海が約1箇月に及ぶ操業を繰り返し、毎年5月から6月にかけての約1箇月を休漁期とし、入渠して船体、機関及び漁具の整備を行っていた。
A受審人は、平成6年9月から有給休暇時以外は機関長として乗り組み、機関の運転及び保守管理に当たり、操業中、漁具の縄がプロペラ軸に巻き付くことが度々あり、その都度巻き付いた縄の一端を舷側のハンドレールに縛り止め、プロペラを2分から3分間ほど前進側に回転させて強引に同縄を引き切っては操業を続行していたので、同軸に短時間ながら過大なねじり及び曲げモーメントがかかることがあった。そして、同人は、帰港後、潜水夫に依頼し、巻き付いたまま残っていた縄類を除去するとともに、後部軸受のすきまの点検を行っていた。
潜水夫は、後部軸受のすきまの点検を行うに当たり、縄を切断するための厚さ約1ミリ、長さ約200ミリのナイフを同すきまに40ミリばかり挿入し、その感触ですきまの大小を判断していたことから、同軸受内部の摩耗状況まで知ることはできなかった。
幸進丸は、プロペラ軸に巻き付いた枝縄の残骸(ざんがい)がいつしか後部軸受内に侵入し、同軸に連れ回るうち、同軸受に供給されていた冷却海水の流れが阻害されて過熱し、さらに、同残骸との摩擦により同軸受の摩耗が著しく進行して軸心に不正が生じ、同軸が振れ回るようになるとともに、枝縄に付属していた釣り針や止め金具の金属などによって同軸表面の周方向に筋状の傷が多数付き、同軸受の船尾端から約165ミリ船首寄りの位置で、同軸に回転曲げ応力が集中して作用し、同位置で材料が疲労するようになり、前示傷が起点となって内部に向かう亀裂が発生し、進展した。
A受審人は、同8年2月に後部軸受の摩耗が過大となり、同軸受を整備業者に依頼して新替えしたが、同業者が、プロペラ軸を抜き出し、プロペラ取付部のキー溝周囲についてカラーチェックを行って異状を認めず、また、船底、舵及びプロペラの外観検査でも異状がなかったことから、第一種中間検査の受検を翌年に控えていたので、船舶検査手帳に上架の記録としてこのことを記載していたものの、軸身を非破壊検査などで詳細に点検していなかったため、前示亀裂が生じていたことを知らなかった。
幸進丸は、前示軸受の新替え以後、軸心の不正が改善され、プロペラ軸に生じていた前示亀裂の進展も緩やかになり、同9年3月に上架し、船底、舵及びプロペラの掃除並びに点検を行い、外観検査で異状を認めず、前回と同様、船舶検査手帳に上架の記録としてこのことを記載し、同年6月の第一種中間検査では、前年に同軸を抜き出して点検していたこともあって、同軸の抜出しを省略した。
幸進丸は、その後もプロペラ軸に枝縄などが巻き付き、A受審人が前示処置を繰り返していたところ、その都度同軸に過大なねじり及び曲げ応力が作用し、また、後部軸受の冷却が阻害されて過熱し、同軸受が徐々に摩耗し始める状況となり、軸心の不正から軸が振れ回り始め、回転曲げ応力の作用で、材料の疲労が助長され、前示亀裂の内部への進展が大きくなった。
A受審人は、同11年2月ごろから船体が左右に振れるような異常振動が生じ始めたのを認めたが、主機据付ボルトの緩みを点検して異状がなく、わずかな振動だから大丈夫と思い、早い時期に上架し、プロペラ軸を抜き出して非破壊検査を行うなど、同軸の軸身を十分に点検することなく、同軸に前示亀裂が内部に進展していたことに気付かないまま、振動がさらに大きくなるようであれば、整備業者に相談することとして運航を継続した。
A受審人は、越えて3月7日高知県室戸岬港に入港し、潜水夫に依頼してプロペラ軸に巻き付いた枝縄などの異物を除去させたが、船体を上架させて同軸の軸身を十分に点検するよう措置せず、依然として、前示亀裂の進展に気付かないまま、次の航海準備を行った。
こうして、幸進丸は、A受審人ほかインドネシア人2人を含む7人が乗り組み、操業の目的で、船首0.6メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、同月17日14時00分室戸岬港を発し、同月25日06時00分マリアナ諸島東方沖合の北緯15度0分東経150度0分付近の漁場に至り、操業を開始し、越えて4月12日01時00分第16回目の操業を終え、同漁場を発進して水揚げのため和歌山県勝浦港へ向け、主機を毎分回転数1,150の前進にかけ、8.0ノットの対地速力で航行中、前示亀裂がプロペラ軸中心部まで達していたところ、軸心の不正による回転曲げ応力に、運転中の変動トルクによるねじり応力が重畳して進展し、同月15日00時30分北緯27度6分東経143度11分の地点において、同軸が軸心にほぼ直角に折損した。
当時、天候は曇で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
A受審人は、自室で就寝中のところ、異音と振動に気付いて機関室に赴き、主機の運転を停止し、夜明けを待って潜水調査を行った結果、プロペラとともにプロペラ軸の船尾部が脱落しているのを認め、事態を船長に報告した。
幸進丸は、救助を要請し、和歌山県勝浦港に引き付けられ、のち、プロペラ、プロペラ軸及び後部軸受などが新替えされた。
(原因に対する考察)
本件機関損傷は、航行中、プロペラ軸が折損したものであり、これまでの事実認定に基づき、同軸が折損するに至った経緯について以下考察する。
プロペラ軸は、亀裂発生から次の3段階の期間を経て折損に至ったものと考えられる。第1期は、2箇所の起点からの亀裂が進展し、両者が合体するまでの期間、第2期は、明瞭な貝殻模様を呈して亀裂が軸中心部まで進展するまでの期間、そして、第3期は、折損に至るまで亀裂が急速に進展した破壊の期間である。
第1期は、破面に付着している腐食生成物の状況から、時間が相当経過していたものと認められ、続く第2期の亀裂進展時と破面が異なることから、亀裂の進展に影響を及ぼす大きな変化があったと考えられ、平成8年2月にプロペラ軸を抜き出し、後部軸受を新替えしたことがそれに該当し、したがって、第1期の亀裂は就航後の比較的早い時期に発生したものと認めるのが相当である。
第2期は、後部軸受の新替えによって、一時的に軸心の不正は改善されたが、破面の貝殻模様の間隔から見て、その後の航海におけるトルク変動の大小に応じ、1航海ごとに最大2ミリ程度の亀裂が進展し、約3年間にわたる航海の繰返しによって次第に疲労が伝播(でんぱ)し、亀裂が内部に進展したと考えるのが相当である。
第3期は、亀裂の長さが十分に長くなり、回転曲げ応力に加えて運転中のトルクによるねじり応力の重畳で急速に亀裂が成長し、プロペラ軸の折損に至ったものであり、このことは、最終破断に至った破面の全断面に占める割合が小さいことからもうかがい知ることができる。
ところで、まぐろ延縄漁業に従事する漁船では、操業形態からプロペラ及びプロペラ軸に枝縄などの漁具を巻き込むことが避けられず、ロープガードの設置により縄の巻き込みを防止する方法もあるが、船尾管軸受の摩耗によってプロペラ軸が降下し、プロペラボスがロープガードと接触することがあるから、両者のすきまをあまり小さくすることができず、枝縄の巻付きを防止するうえで、効果が期待できないばかりか、巻き込んだ場合の除去に手間がかかり、同漁船に対して有効でなく、また、ロープガードの装備などについての照会に対する回答書中のロープガードを装備した船がない旨の記載からも、実用的な対策でないと考えられる。
第二種プロペラ軸を装備した幸進丸では、就航後、4年8箇月もの間、同軸の軸身の非破壊検査などが十分に行われず、軸身に生じた亀裂が放置された状態で運転が続けられ、材料の疲労から折損に至ったものである。その間、平成8年2月にはプロペラ軸が抜き出されたものの、第一種中間検査を1年後に控え、同軸の軸身の非破壊検査まで行われなかったこと、後部軸受の新替えで軸心の不正が一時的に改善され、亀裂の進展が緩やかになり、その後の上架での軸系関係の外観検査で異状が認められず、平成9年の第一種中間検査では、前年に同軸の抜出しが行われていたことから、同抜出しが省略されたことが重なり、同軸の点検が不十分になり、同軸に生じていた亀裂が見落とされたが、これらは、いずれも、A受審人が亀裂の発生及び同軸折損を予見するに足る状況ではなかったと思料する。しかし、同受審人が、平成11年2月ごろ、それまでになかった船体の異常振動に気付いた際には、軸系の来歴を省みれば、起振源としてのプロペラ軸の点検を考える機会があったのであり、主機の据付状態の点検のみに終わったことは、軸系点検の重要性を軽視したものと言わざるを得ない。
以上のことから、本件は、航行中、船体に異常振動が生じた際、プロペラ軸の軸身の点検が不十分で、同軸に生じた亀裂部に回転曲げ応力が集中し、同部の材料が疲労したことによって発生したものと認めるのが相当である。
(原因)
本件機関損傷は、航行中、船体に異常振動が生じた際、プロペラ軸の軸身の点検が不十分で、同軸に漁具が巻き付いて生じた傷が起点となって、同軸内部に進展していた亀裂部に回転曲げ応力が集中し、同部の材料が疲労したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、航行中、船体に異常振動が生じた場合、プロペラ軸に巻き込んだ漁具などの異物により、同軸の軸身に傷が付いて亀裂が内部に進展しているおそれがあるから、亀裂の有無が分かるよう、早期に整備業者に依頼し、プロペラ軸を抜き出して非破壊検査を行うなど、同軸の軸身の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、主機据付ボルトの緩みを点検して異状がなく、わずかな振動だから大丈夫と思い、プロペラ軸を抜き出して軸身の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同軸に亀裂が進展していることに気付かないまま運航を続け、同亀裂部に回転曲げ応力が集中して材料が疲労する事態を招き、同軸を折損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。