(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年9月6日16時40分(現地時刻)
アメリカ合衆国ハワイ諸島北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十八惣寶丸 |
総トン数 |
349トン |
全長 |
71.30メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
回転数 |
毎分360 |
3 事実の経過
第五十八惣寶丸(以下「惣寶丸」という。)は、昭和63年3月に進水した、いか一本釣り漁業などに従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6M31AFTE型ディーゼル機関を装備し、主機のクランク軸がプロペラ軸などの軸系と、新潟コンバーター株式会社(以下「メーカー」という。)製のガイスリンガー継手及びMGR2501AVC型マリンギア(以下「減速機」という。)を介して連結され、また、推進器として可変ピッチプロペラを備えていた。
減速機は、逆転機構が設けられておらず、主機の動力が減速機内において、入力軸、正転用の油圧・湿式多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)、小歯車、大歯車及び出力軸を順に経て軸系に伝達され、入力軸の両端がころ軸受で支持されていた。また、減速機の油圧系統は、減速機ケーシング下部の油だめの潤滑油が60メッシュの金網式こし器(以下「潤滑油こし器」という。)を通って、入力軸駆動の油圧ポンプにより加圧され、作動油圧調整弁により23ないし25キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力単位は「キロ」という。)に調圧されて、クラッチかん脱弁に分配され、クラッチに分配された残りが冷却器を経て潤滑油圧調整弁で2ないし4キロに調圧され、軸受、歯車などを潤滑したのち、油だめに戻るようになっており、作動油圧は、15キロで警報が作動し、14キロで安全装置が働いてクラッチが脱となるようになっていた。
A受審人は、平成11年4月惣寶丸に機関長として乗り組み、減速機については、半月ないし1箇月ごとに潤滑油こし器を掃除するなどして運転保守に当たっていたところ、入力軸の船尾側軸受に潤滑油中のごみなどの異物を噛み込んだものか同軸受が摩耗して鉄粉を生じ、同年7月中旬に潤滑油こし器を掃除したとき、同こし器に鉄粉が付着していたので、減速機上面ののぞき蓋を外して歯車などを点検したものの異常を認めず、同こし器の掃除周期を短くしながら様子を見ることとして減速機の運転を続けていたが、同月29日惣寶丸は、その年のアルゼンチン共和国沖合におけるいか一本釣り漁を終了するとともに、当年度の操業を終了した。
翌8月3日惣寶丸は、乗組員の休暇と定期検査受検の目的で、A受審人ほか19人が乗り組み、船首4.5メートル船尾5.0メートルの喫水をもって、アルゼンチン共和国プエルトマドリン港を出港し、アメリカ合衆国ホノルル港経由の予定で、青森県八戸港に向けて航行中、減速機入力軸の船尾側軸受の摩耗が進み、多量の鉄粉が潤滑油こし器に付着して作動油圧が低下し、翌々5日同油圧が14キロ以下となって安全装置が働き、クラッチが脱となったので、A受審人は、同こし器を開放したところ多量の鉄粉の付着を認めたが、掃除して作動油圧が正常に復帰したので、減速機の運転を続行した。
その後も減速機は、入力軸の船尾側軸受から摩耗による鉄粉の発生が続き、潤滑油こし器が鉄粉で目詰まりして、クラッチがプエルトマドリン港出港後4回ばかり脱を繰り返す状況の下で、8月30日08時00分(現地時刻、以下同じ。)惣寶丸は、ホノルル港に入港し、清水などを補給したが、A受審人は、同こし器を適宜掃除すれば八戸港まで大丈夫と思い、メーカー系列会社に依頼するなどして、減速機の開放点検を行わなかった。
こうして惣寶丸は、翌9月1日12時00分ホノルル港を発し、八戸港に向けて主機を回転数毎分360、プロペラ翼角を19度として、12ノットの全速力前進で航行中、減速機のクラッチが脱を繰り返すとともに入力軸船尾側軸受の摩耗が更に進行したことから、入力軸の軸心が著しく偏移した状態で運転が続けられることになり、同月6日16時40分北緯34度52分西経173度10分の地点において、小歯車及び大歯車の歯が歯当たり不良で欠損するなどして、大きな異音を発した。
当時、天候は晴で、海上にはやや大きなうねりがあった。
機関室当直中のA受審人は、減速機の潤滑油こし器を点検し、これまでのものより大きい粒状のものが多量に付着し、また、同こし器掃除後作動油圧が正常に復帰しないので、メーカー系列会社に衛星電話で状況を説明したところ、日本までの航行は無理との助言を得たが、減速機用の予備電動潤滑油ポンプを運転すると作動油圧が正常となるので、速力を下げると何とか航行可能である旨を船長に報告した。
惣寶丸は、できるだけホノルル港に近づくこととして、主機を回転数毎分300、プロペラ翼角を13度の半速力前進にかけて航行していたところ、入力軸のシール部などから漏油が次第に多くなって作動油圧が低下したので、9月9日航行を中止して漂泊し、翌10日手配していたタグボートと会合し、曳航されて同月13日ホノルル港に引き付けられた。
減速機は、メーカー系列会社の技術員が開放精査したところ、入力軸の船尾側軸受に亀裂を伴う異常摩耗、小歯車の歯全数に欠損あるいは剥離、大歯車の歯数70枚中3枚に欠損、油圧ポンプ歯車先端に削傷、同ポンプ軸受に転動体の脱落、入力軸のシールリング溝に摩耗、減速機ケーシングの入力軸船尾側軸受部に著しい摩耗などの損傷がそれぞれ認められ、のち損傷部品を新替えするなどして修理された。
(原因)
本件機関損傷は、アルゼンチン共和国プエルトマドリン港を出港し、アメリカ合衆国ホノルル港経由の予定で、青森県八戸港に向けて航行中、主機減速機の潤滑油こし器に鉄粉が付着して作動油圧が低下し、同減速機のクラッチが脱を繰り返す状況の下でホノルル港に入港した際、同減速機の開放点検が不十分で、同港を出港後、入力軸の船尾側軸受の摩耗が進行し、同軸の軸心が著しく偏移したまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、アルゼンチン共和国プエルトマドリン港を出港し、アメリカ合衆国ホノルル港経由の予定で、青森県八戸港に向けて航行中、主機減速機の潤滑油こし器に鉄粉が付着して作動油圧が低下し、同減速機のクラッチが脱を繰り返す状況の下でホノルル港に入港した場合、軸受などに異常摩耗を生じているおそれがあったから、異常箇所を発見できるよう、メーカー系列会社に依頼するなどして、同減速機の開放点検を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、同こし器を適宜掃除すれば八戸港まで大丈夫と思い、メーカー系列会社に依頼するなどして、同減速機の開放点検を行わなかった職務上の過失により、ホノルル港出港後、入力軸軸受の摩耗が進行し、同軸の軸心が著しく偏移した状態での運転を招き、同軸受、小歯車、大歯車、油圧ポンプ、減速機ケーシングなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。