(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年1月11日08時00分
静岡県内浦湾
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第18神恵丸 |
総トン数 |
19.97トン |
登録長 |
16.31メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
324キロワット |
回転数 |
毎分1,890 |
3 事実の経過
第18神恵丸(以下「神恵丸」という。)は、昭和50年9月に進水した、中型まき網漁業に従事するFRP製漁船で、平成5年1月に主機がアメリカ合衆国カミンズエンジン株式会社製造のKTA−1150−M型と称する昭和57年10月に製造された中古のディーゼル機関に換装され、操舵室に主機の遠隔操縦装置及び監視盤を備え、主機の始動及び停止を含む遠隔操作ができるようになっていた。
主機は、A重油を燃料油とし、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付され、1シリンダ当たりの行程容積が3.15リットルで、清水による密閉加圧循環方式で冷却が行われ、前示監視盤に回転計、潤滑油圧力計及び冷却清水温度計などの計器のほか、セルモータ用始動キースイッチ、警報ランプ及び警報ブザーなどが組み込まれ、また、架構の右舷側上方の中央部分に過給機が据え付けられていた。
主機の冷却清水系統は、主機直結の冷却清水ポンプ(以下「清水ポンプ」という。)によって加圧された清水が二方に分かれ、一方が潤滑油冷却器を経てシリンダライナ及びシリンダヘッドを冷却し、冷却清水出口マニホルドに至り、一部が排気マニホルドを冷却し、他方が空気冷却器を冷却して冷却清水出口マニホルドの出口で合流し、自動温度調整弁で清水冷却器を経由するものと、それをバイパスするものとに分かれ、清水ポンプの吸入側に還流するようになっていて、循環する冷却清水の総量が約66リットルであった。また、1番シリンダの船首側架構上に容量約20リットルの冷却清水膨張タンク(以下「膨張タンク」という。)が据え付けられ、循環する清水の過不足が、膨張タンク底部から清水ポンプ吸入側に至る連絡管を通して調節されるようになっていた。
主機の排気マニホルドは、主機シリンダヘッドの右舷側に取り付けられ、直方体の箱状に鋼板を溶接した二重構造の一体形で、内側を排気ガスが、外側を冷却清水がそれぞれ流れるようになっていて、内側には中央部分に間仕切りがあり、1番、2番及び3番の各シリンダから流入した排気ガスと4番、5番及び6番の各シリンダから流入した同ガスがそれぞれ同マニホルド出口から過給機タービンに導かれるようになっていた。
主機のターニング装置は、主機船首側歯車箱内の駆動軸をスパナで回し、中間歯車及びクランク軸駆動歯車を介してクランク軸を回転させるようになっていて、専ら主機の調整時にクランク軸を変位させるとき使用され、始動準備でのターニングには使用されていなかった。そして、シリンダヘッドには指圧器弁や検爆コックなどが装備されていないので、冷却清水や燃料油が漏洩(ろうえい)してピストン上に滞留していても、ターニングでそれらを確認することができなかった。
ところで、膨張タンクは、左舷側面船首方に水面計を付設し、その後方に容量約4リットルの半透明のプラスチック製タンク(以下「サブタンク」という。)をほぼ同じ高さの位置に併設し、膨張タンク上面の補給口の蓋(ふた)を兼ねた圧力キャップとサブタンク上部が連絡管を通じて接続されていた。そして、冷却清水温度が上昇して同清水系統内の蒸気圧が上昇すると圧力キャップが開き、蒸気や熱水がサブタンクに入り、外気によって冷却されて低温の清水となり、主機が停止して清水温度が低下すると膨張タンク内が負圧になってサブタンク内の清水は膨張タンク内に吸い戻されるようになっていて、サブタンク側面には、水位の適正な範囲を示す上限及び下限位置が印されていた。また、冷却清水系統から外部に漏洩して回収されない清水があれば、膨張タンクの水位が漏洩分だけ低下するので、その水位の減少量から同系統の漏洩などの異状の有無が分かるようになっていた。
神恵丸は、探索船として僚船4隻とともに船団を構成し、静岡県内浦漁港を基地とし、年間を通して専ら駿河湾沖合の海域を漁場とし、午後に出港して翌朝帰港する操業を繰り返し、市場が休みになる前日の毎週金曜日を休日とし、それ以外に、1箇月に約5日の休漁期間を設けて漁網、船体及び機関の整備を実施していた。
A受審人は、平成7年ごろから船長として乗り組み、操船のほか機関の運転管理にも当たり、平素の主機の取扱いにおいて、冷却清水量及び潤滑油量などの点検を行った後に操舵室から始動することとし、冷却清水の予備として、容量が12リットルのポリエチレン缶1個に清水を満たして船内に保管していた。
また、A受審人は、膨張タンクの水面計及びサブタンク内面に水あかなどの汚れが付着して水位が外から確認できず、冷却清水量の点検では、膨張タンクの圧力キャップを開けて内部を点検し、膨張タンクの水量が減少していたら、容量3リットルのポリエチレン製ジョッキを用い、補給口のぎりぎりまで清水を補給することとしていた。
神恵丸は、こうした状況のもとで運航を繰り返すうち、海水温度が高くなる夏季、漁場への往復、漁場の移動又は魚群探索などで、主機回転数を毎分1,800にかけて航行していると、冷却清水高温警報が作動することがあり、A受審人は、その都度回転数を下げて同温度が下がるのを待って主機の運転を続けていたところ、いつしか排気マニホルドの6番シリンダの排気ガスが流入する箇所に熱疲労から微小亀裂が生じ、冷却清水が排気ガス側にわずかに漏洩するようになったものの、微量であったので、主機の運転に支障を生じるまでには至らなかった。
そして、A受審人は、冷却清水系統に使用されていたゴムホースの継手などから時々清水が漏洩することがあり、その都度ホースバンドを増締めし、運転中に冷却清水が不足することのないよう、主機始動前に膨張タンクの水量を確認するようにしていたところ、前示亀裂からの漏洩が加わり、補給量が徐々に増加し、4日ないし5日ごとに約2リットルないし3リットルの清水を補給するようになっていた。
ところが、A受審人は、運転中に冷却清水が不足し、主機の運転に支障を生じたことがなかったので、今までと同様、始動前に膨張タンクが一杯になるまで補給すれば大丈夫と思い、膨張タンクの補給量を把握して同清水の漏洩の有無を確認するなど、冷却清水量の管理を十分に行うことなく、同清水が排気マニホルドの前示亀裂から漏洩していたことに気付かず、依然として、膨張タンクが減少すると一杯になるまで補給していたところ、その補給量及び頻度も徐々に増加し、2日ないし3日に約3リットルを補給することもあったが、整備業者に依頼して開放するなど、漏洩箇所を見出せないまま運転を続けた。
神恵丸は、平成11年12月9日操業を終えて内浦漁港に戻り、伊豆内浦港小海1号防波堤灯台から真方位345度15メートルの地点に係留し、次の操業に備えていたものの天候の不順が続き、出漁を見合わせていた。
A受審人は、その後も天候の不順が続き、操業の時機を逸していたところに年末年始の休漁時期にも重なり、引き続き係留したまま、主機の冷却清水を抜くなどの長期停泊に備えた措置は行わず、また、膨張タンクの水量を確認するなど、冷却清水量の管理を十分に行わず、主機排気マニホルドの前示亀裂から漏洩した冷却清水が、開弁状態となっていた6番シリンダ排気弁から同シリンダ内に浸入してピストン上に徐々に滞留するようになっていたことを知らなかった。
こうして、神恵丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首尾とも0.5メートルの等喫水をもって、越えて同12年1月11日08時00分少し前、出航準備にかかり、いつものとおり膨張タンクが一杯になるまで2リットルないし3リットルの清水を補給し、冷却清水量の管理を十分に行っていなかったので、依然として冷却清水が主機排気マニホルドの前示亀裂から漏洩していたことに気付かず、機関室内を点検して漏水などの兆候もなかったことから、同人が操舵室で主機の始動を試みたところ、08時00分前示係留地点において、6番シリンダのピストン上に滞留した漏洩水がピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃され、水撃作用が生じて主機が大音を発し、同シリンダの連接棒が曲損するとともにピストンがシリンダライナに強く接触して両者にかき傷を生じた。
当時、天候は晴で風力2の北東風が吹いていた。
A受審人は、機関室に赴き、主機の点検を行い、ターニングができないことから、主機の運転を断念し、整備業者に修理を依頼した。
神恵丸は、主機を精査した結果、排気マニホルドに溶接部を起点として長さ18ミリメートルの亀裂が生じ、冷却清水が排気ガス側に漏洩していたことが判明し、同マニホルドの在庫がなかったことから、亀裂部を溶接補修による応急処置のうえ、損傷部品を新替えして復旧し、のち同マニホルドの取替えが行われた。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理に当たる際、冷却清水量の管理が不十分で、排気マニホルドに生じた亀裂から同清水がわずかに漏洩したまま運転が続けられ、天候不順で操業ができずに長期間停泊中、同亀裂から漏洩した冷却清水が、開弁状態となっていた排気弁からシリンダ内に浸入し、ピストン上に滞留したまま主機が始動され、ピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、主機内部で冷却清水系統に亀裂などの異状が生じて同清水が漏洩し、膨張タンクの水量が減少することがあるから、減少量から異状の有無が分かるよう、膨張タンクの補給量を把握して漏洩の有無を確認するなど、冷却清水量の管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、始動前に膨張タンクが一杯になるまで補給すれば大丈夫と思い、冷却清水量の管理を十分に行わなかった職務上の過失により、排気マニホルドに生じていた亀裂から漏洩して冷却清水量が減少していたことに気付かず、天候不順で操業ができずに長期間停泊中、同マニホルドから漏洩した冷却清水が、開弁状態となっていた排気弁からシリンダ内に浸入してピストン上に滞留し、主機の始動時に、ピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃されて水撃作用の発生を招き、連接棒に曲損を、さらにピストン及びシリンダライナにかき傷などの損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。