(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年6月29日08時10分
山口県沖家室島沿岸
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船しらふじ丸 |
総トン数 |
138トン |
登録長 |
31.40メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分900 |
3 事実の経過
しらふじ丸は、昭和57年12月に進水した鋼製漁船で、水産庁瀬戸内海区水産研究所に所属し、広島県佐伯郡大野町にある同所内の桟橋を定係地と定め、主として瀬戸内海一円の海域で専ら漁業に関する調査業務に従事しているもので、主機としてダイハツディーゼル株式会社が同年に製造した6DSM−22S型ディーゼル機関を備え、年間の主機運転時間は1,000時間ばかりであった。
主機は、船首側から順番号が付された各シリンダごとに4弁式の吸・排気弁とボッシュ式燃料噴射ポンプを備え、シリンダブロックの左舷側内部にカム軸を配置し、各カムともクロムモリブデン鋼製の一体型として浸炭焼入れしたのち、吸気カム及び排気カムはカム軸にキー止めのうえ焼ばめして固定されていた。
一方、燃料カムは、カム軸の周りを回転して燃料噴射時期が微調整できるよう、同軸にキー止めした軸方向のスリット付テーパースリーブ(以下「スリーブ」という。)中央のテーパー部に嵌合され、スリーブの船首側ねじ部に取り付けられた締付けナットにより、テーパー部に圧着して固定されるようになっていたが、しらふじ丸では就航後1度も同時期の調整が行われていなかった。
また、燃料噴射時期の調整方法は、主機取扱説明書に記載されており、最初にスリーブの船尾端鍔部(つばぶ)に締め付けてある分解ナットを緩め、燃料カム側面の基線と分解ナット上の刻線を合わせて鍔上面の調整用目盛を読み取っておき、締付けナットを緩めるとともに分解ナットを船首方へねじ込んで同カムとテーパー部との圧着を解くようになっていた。そして、再び分解ナットを同目盛を読み取った位置に合わせ、同カムに設けられた調整用孔を利用して同目盛を目安に所望の突き始め位置とし、締付けナットを50ないし60キログラム・メートルの規定トルクで締め付けて同カムを固定したのち、最後に分解ナットを鍔部側に締め戻すことになっていたが、締付けナットの締め付け前に分解ナットを鍔部側に締め戻したうえに、締付けナットが過大なトルクで締め付けられると、同カムがテーパー部の大端側に著しく圧着され、円周方向に過大な引張り応力を受けるおそれがあった。
A受審人は、昭和47年8月に水産庁に入庁し、同庁所属の各種漁船に機関士として乗船したのち、平成12年4月からしらふじ丸に機関長として乗り組み、主機の運転状態を点検するとともに各部を計測したところ、5番及び6番シリンダの爆発最高圧力が他シリンダに比べて若干低いことを認め、両シリンダの燃料噴射時期を調整して各シリンダの同圧力をそろえることにしたが、しらふじ丸の主機で調整するのは初めてであったにもかかわらず、以前僚船の主機で業者とともに同調整を行ったことがあったので大丈夫と思い、取扱説明書などにより燃料カム調整方法を十分に調査しなかったので、分解ナットの操作手順などを把握しないまま、同年6月22日定係地において調整に取り掛かった。
そして、A受審人は、スリーブ鍔上面の調整用目盛を見落とし、燃料カム上の基線と分解ナットの刻まれた線だけを確認して締付けナットを緩めたのち、両線を目安に燃料カムの調整位置を決めたが、締付けナットを締め付ける前に分解ナットをスリーブ鍔部側に締め戻し、専用スパナに長さ約1メートルの鉄パイプを接続して締付けナットに掛け、これを2人がかりで全体重をかけながら適正な締付けトルクも気にかけないで締め付けたため、特に5番シリンダの燃料カムをテーパー部に著しく圧着した状態で固定してしまった。
その後、しらふじ丸は、主機を停止したまま定係地に停留していたところ、山口県屋代島と沖家室島とに囲まれた海域においてまだいの食性調査を行うことになり、A受審人ほか12人が乗り組み、調査員1人を乗せ、同月27日10時52分定係地を発し、14時10分瀬戸ノ石灯標から真方位125度430メートルの地点に投錨し、主機を停止して食性調査を開始した。
一方、A受審人は、航行中に主機全シリンダの最高爆発圧力を計測し、5番シリンダの同圧力が依然として低いことを認めたことから、翌28日の食性調査が終えたのち、同シリンダの燃料噴射時期を再調整することとしたものの、前回22日と同様の手順で再び締付けナットを著しく過大なトルクで締め付けたため、テーパー部に著しく圧着された燃料カムに円周方向の過大な引張り応力が繰り返し作用し、同カムの最も断面積の少ない調整用孔を含む部分の軸方向に疲労による亀裂を生じさせた。
こうして、しらふじ丸は、同月29日早朝の調査を終えて定係地に戻ることになり、08時00分主機を始動したところ、5番シリンダの燃料カムの前示亀裂が急速に進展し、同カムが破断してスリーブとともに回転しなくなり、同時10分前示錨泊地点において、主機を点検していたA受審人が同シリンダの排気温度が異常に低下していることに気付いた。
当時、天候は曇で風力3の東北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、直ちに主機を停止してクランク室を点検した結果、5番シリンダの燃料カムが破断しているのを認め、主機の正常運転が不能と判断してその旨を船長に報告した。
しらふじ丸は、やがて来援した引船により定係地に引き付けられ、同地において修理業者の手によって主機のカム軸が取り外され、5番シリンダの燃料カム、スリーブ、締付けナット及び分解ナットのほか、作業の都合で6番シリンダの吸気カムと排気カムも新替えして修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機の燃料噴射時期を調整するにあたり、燃料カム調整方法の調査が不十分で、同カム締付けナットを過大なトルクで締め付けることが繰り返され、スリーブのテーパー部に著しく圧着された同カムに円周方向の過大な引張り応力が作用して材料が疲労したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機各シリンダの爆発最高圧力をそろえるため、燃料噴射時期を調整する場合、同機で調整を行うのは初めてであったから、取扱説明書などにより燃料カム調整方法を十分に調査すべき注意義務があった。ところが、同人は、以前僚船の主機で業者とともに同調整を行ったことがあったので大丈夫と思い、燃料カム調整方法を十分に調査しなかった職務上の過失により、同カム締付けナットを過大なトルクで締め付けることを繰り返し行い、スリーブのテーパー部に著しく圧着された同カムに材料疲労を生じさせ、同カムが破断して主機の正常運転を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。