(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年6月5日11時00分
本州東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十一寿和丸 |
総トン数 |
135トン |
登録長 |
35.96メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
860キロワット |
回転数 |
毎分610 |
3 事実の経過
第三十一寿和丸(以下「寿和丸」という。)は、平成元年2月に進水した、まき網漁業船団に網船として所属する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラを有し、主機として株式会社新潟鉄工所製造の6MG28HX型と称するディーゼル機関を装備し、船橋から主機及びプロペラ翼角の遠隔操作ができるようになっていた。
主機は、A重油が燃料油に使用されており、各シリンダに船尾側を1番として6番までの順番号が付され、1番シリンダ船尾側の架構上にNR24/R型と称する過給機が設置されていた。
また、主機は、連続最大出力1,838キロワット、同回転数毎分750の原機に負荷制限装置を付設して登録されていたが、いつしか、同装置の設定値が変更され、航海全速力前進の回転数を毎分730までとして運転されていた。
主機のシリンダヘッドは、排気弁2個が船尾方の左右両側に、吸気弁2個が船首方の左右両側にそれぞれ直接組み込まれた4弁式構造で、排気弁及び吸気弁が各1組のロッカーアームでそれぞれ2個が同時に駆動されていた。
排気弁は、弁棒軸部基準径20ミリメートル(以下「ミリ」という。)、弁傘部径100ミリのナイモニックと称する耐食耐熱超合金製きのこ弁で、弁棒上端部にはバルブローテータが装着されていた。
ところで、排気弁は、機械切削やすり合わせの整備が何度か繰り返されるうち、弁傘部の厚さが次第に薄くなって強度が低下することから、弁傘部外縁における触火面までの距離(以下「弁傘部肉厚」という。)が、6.0ミリの基準寸法から4.5ミリ以下に減少していることが判明した場合には直ちに、また、整備時において5.0ミリに減少していれば次回整備時までの間の摩耗量などを考慮してそれぞれ新替えするよう、取扱説明書に弁傘部肉厚の管理基準が記載されていた。さらに、同説明書には、経年による材料の劣化を考慮し、使用時間が16,000時間を経過した排気弁については新替えするよう、使用時間の面からの取替基準が明記されていた。
寿和丸は、毎年4月初めから10月初旬にかけて運搬船及び探索船とともに5隻で船団を組んでまぐろ漁に、それ以外の期間は4隻で船団を組んでいわし漁にそれぞれ従事し、専ら北太平洋の東経160度以西の海域で操業を繰り返し、主機の運転時間が年間約4,000時間であった。そして、就航以来、毎年3月の休漁期に株式会社R鐵工所M工場(以下「M工場」という。)に入渠し、船体及び機関の定期整備を行っていた。
A受審人は、寿和丸の新造時から機関長として乗り組み、主機の運転及び保守管理に当たり、定期整備において、主機については全シリンダのピストン抜きを実施し、新替えされた排気弁については整備業者に報告させていたものの、どのシリンダの排気弁が新替えされたかについての確認をしていなかったので、各シリンダの排気弁についてそれぞれの使用時間を把握しないまま、整備業者に任せておけば大丈夫と思い、同時間を基準にして整備計画を立案するなど同弁の経年劣化に対する配慮を十分に行うことなく、同整備を実施していた。
B指定海難関係人は、M工場発足以来工作課に勤務し、寿和丸の建造時から機関の整備を継続して担当しており、主機排気弁の整備について、開放した排気弁棒の当たり面を旋盤で修整したのちに弁傘部肉厚の計測及びカラーチェックを自ら行い、その結果から継続使用の可否を判断して弁傘部肉厚が使用限度に達したものについては新替えし、その後に弁座とのすり合わせを行って組み込むこととしていたが、排気弁の組込箇所を決めていなかったので、各排気弁についてそれぞれの使用時間を把握することができなかった。また、同人は、新替えする部品について、その都度メーカーが製造した純正部品を手配して使用することとしていたものの、排気弁に製造年月を示す刻印が打たれていることを知らなかった。
A受審人は、同12年3月に第一種中間検査工事で主機の定期整備を例年どおりM工場において実施し、全シリンダの排気及び吸気両弁のすり合わせ等を行わせることとしたが、各排気弁についてそれぞれの使用時間を把握していなかったので、使用時間が使用限度を超えた同弁があることを知らないまま工事に着手させた。
B指定海難関係人は、前示第一種中間検査工事をこれまで同様に担当して主機排気弁の定期整備を行ったが、弁傘部肉厚を計測して5.0ミリ以下となったものを5個新替えし、他の7個についてはいずれも5.5ミリから5.0ミリの範囲内にあり、使用限度内であったことから再使用することとしたが、同弁の保守基準の確認を十分に行うことなく、取扱説明書に同弁について使用時間の面からの取替基準が明記されていたことに気付かず、弁傘部肉厚の減少から整備回数を割り出したり、同弁の刻印を見て製造時期を確認したりして同時間を推定しなかったので、同時間が16,000時間を超えて使用限度に達し、経年劣化が進行して強度が低下していた同弁を新替えしないまま、2番シリンダ左舷側に装着して復旧した。
A受審人は、前示第一種中間検査工事の完工前に休暇を終えて帰船したが、排気弁の工事結果について、前示5個の排気弁が新替えされたことを工事完成証明書で確認しただけで、依然として同弁の経年劣化に対する配慮を十分に行っていなかったので、2番シリンダ左舷側に劣化した排気弁が継続使用されていることに気付かないまま、4月6日完工後、同月9日から操業を再開して主機の運転を続けた。
こうして、寿和丸は、A受審人ほか24人が乗り組み、操業の目的で、船首2.0メートル船尾4.5メートルの喫水をもって、5月21日21時40分福島県小名浜港を発し、翌22日15時30分房総半島東方沖合の北緯35度25分東経143度26分の漁場に至り、北上しながら操業を続けていたところ、越えて6月5日03時10分主機が始動され、毎分回転数730、プロペラ翼角20度の全速力前進で魚群探索中、主機2番シリンダ左舷側排気弁の強度が著しく低下して弁傘部が欠損し、脱落した欠損片が排気ガスにより運ばれ、排気マニホルドを経て過給機に飛び込み、11時00分北緯37度36分東経145度54分の地点において、主機及び過給機が異音を発した。
当時、天候は曇で風力2の北北東風が吹き、海上は穏やかであった。
機関当直に就いていたA受審人は、機関監視室で異音に気付き、主機を直ちに停止して点検したところ、2番シリンダ及び過給機に異状を認めて運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
寿和丸は、その後僚船により宮城県石巻港に曳航(えいこう)され、主機を精査した結果、2番シリンダ左舷側排気弁がほぼ3分の1周にわたって欠損し、脱落した欠損片によって2番シリンダヘッドの触火面に打傷を、同シリンダの他の排気及び吸気両弁に曲損を、さらに、過給機のロータ軸及びノズルリングなどに欠損や擦過傷をそれぞれ生じていることが判明し、のち損傷部品の取替えが行われた。
B指定海難関係人は、本件発生後、同種事故の再発防止対策として、交換部品の来歴を示す記録表を作成し、同表に基づいて部品の使用時間を把握して継続使用が可能かどうかを判断するなど、主機排気弁の保守基準に沿った整備が実施できるよう措置した。
(原因)
本件機関損傷は、主機排気弁の定期整備を行う際、同弁の経年劣化に対する配慮が不十分で、使用限度に達して強度が低下した同弁が継続使用されたことによって発生したものである。
整備業者の工作課長が、主機排気弁の定期整備を行う際、同弁の保守基準の確認が不十分で、使用限度に達して強度が低下した同弁を新替えしなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、主機排気弁の定期整備を行う場合、同弁の使用時間が使用限度を超えるおそれがあったから、経年劣化を生じて強度が低下したまま継続使用することのないよう、使用時間を基準にして整備計画を立案するなど、同弁の経年劣化に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、整備業者に任せておけば大丈夫と思い、主機排気弁の経年劣化に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、同弁が経年劣化していることに気付かないまま、同弁を継続使用し、弁傘部が欠損する事態を招き、飛び込んだ欠損片により過給機などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、主機排気弁の定期整備を行う際、同弁の保守基準の確認が不十分で、経年劣化した同弁を新替えしなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後、交換部品の来歴を示す記録表を作成し、同表に基づいて部品の使用時間を把握して継続使用が可能かどうかを判断するなど、主機排気弁の保守基準に沿った整備を実施して同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。