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平成12年広審第79号
件名

ケミカルタンカーマリン20号爆発事件

事件区分
爆発事件
言渡年月日
平成13年12月19日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(竹内伸二、中谷啓二、西林 眞、矢野雅昭、石塚 悟)

理事官
安部雅生

受審人
A 職名:マリン20号船長 海技免状:三級海技士(航海)
B 職名:マリン20号一等航海士 海技免状:四級海技士(航海)
C 職名:マリン20号二等機関士 海技免状:四級海技士(機関)(履歴限定・機関限定)
指定海難関係人
K産業株式会社 業種名:海上運送業

損害
1番及び2番の両舷タンク等を損傷
乗組員3人と作業員1人が熱傷

原因
洗浄を行う際の安全対策不十分、危険物取扱いの安全管理不十分

主文

 本件爆発は、貨物油タンクのメタノールによる洗浄を行う際の安全対策が不十分で、同洗浄に従事中の乗組員の携帯していたライターがメタノール混合気の充満していた同タンク内に落下して発火したことによって発生したものである。
 船舶所有者兼運航者が、乗組員に対して危険物取扱いについての安全管理を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Cを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年5月28日13時43分
 広島県尾道糸崎港

2 船舶の要目
船種船名 ケミカルタンカーマリン20号
総トン数 698トン
全長 72.70メートル
11.50メートル
深さ 5.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,029キロワット

3 事実の経過
(1)運航形態
 マリン20号は、昭和62年6月に進水した、二重底構造の船首尾楼付一層甲板船尾船橋型鋼製液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで、指定海難関係人K産業株式会社(以下「K産業」という。)と同社が100パーセント出資している株式会社L(以下「Lマリン」という。)とが共有し、Lマリンが裸用船して乗組員を配乗させたうえ、K産業が同社から定期用船する形態で専らメタノールの国内輸送に従事していた。
(2)船体構造等
 船体は、上甲板下が船首方から順に、フォアピークタンク、錨鎖庫、コファダム、スロップタンク、1番から5番の貨物油タンク、貨物油ポンプ室、機関室及びアフターピークタンクなどに区画され、スロップタンク及び貨物油タンク下方の二重底が1番から5番のバラストタンクとなっており、スロップタンク、貨物油タンク及びバラストタンクはいずれも船体中心線上の縦通隔壁で左右に分割されていた。
 そして、船首楼内は、船首側から甲板長倉庫及び船首倉庫兼ポンプ室となっていて、同室内に電動スロップポンプとその操作盤が設けられ、船尾楼には、貨物油ポンプ室及び機関室の上段区画があり、その船尾側に操舵機室が配置され、機関室の上部が居住区及び操舵室となっていた。
 貨物油タンク(以下「タンク」という。)は、1番タンクの前面及び5番タンクの後面の隔壁を平鋼板、他の隔壁を波形鋼板で構成し、各タンクとも内面が亜鉛塗料でコーティングされ、底部には加熱管を設置しており、2番から5番タンクの上部には幅6メートル高さ0.75メートルの膨張トランク(以下、膨張トランクを含めて「上甲板」という。)を設けていた。
 また、各タンクの上甲板上には、船体中央寄りの前部に外径400ミリメートル(以下「ミリ」という。)で蝶ねじ締めヒンジ式の鋼製カバーが取り付けられたエアハッチ、同じく後部に外径760ミリで上部丸ハンドルねじ締めスイング式の鋼製カバーが取り付けられたオイルタイトハッチ(以下「マンホール」という。)が各1個設けられ、各ハッチともコーミング高さが600ミリで、各マンホールにはタンク底部に至る鋼製はしごが備えられていた。
 各タンクの容積は次のとおりであった。

1番左舷タンク 141.917立方メートル
右舷タンク 142.515立方メートル
2番左舷タンク 254.801立方メートル
右舷タンク 255.097立方メートル
3番左舷タンク 239.043立方メートル
右舷タンク 239.133立方メートル
4番左舷タンク 257.137立方メートル
右舷タンク 257.062立方メートル
5番左舷タンク 156.602立方メートル
右舷タンク 156.687立方メートル
合計 2,099.994立方メートル

(3)メタノール及びメタノールによるタンク洗浄
 メタノールは、天然ガスなどを原料として一酸化炭素、二酸化炭素及び水素から合成される、密度0.796、引火点摂氏12度、固有電気抵抗値4×106オーム・センチメートルの、常温において無色透明な、特有の臭気、毒性及び揮発性などを有する液体で、その蒸気は空気と容易に混合し爆発範囲が6ないし36体積パーセントの爆発性混合気を生成することから、港則法で引火性液体として危険物に指定されていた。
 ところで、マリン20号は、メタノール専用船で積荷の変更に伴うタンク洗浄を行うことはなかったものの、荒天時のバラスト調整のため空のタンクに張った海水の投棄後や入渠時のタンク検査後などに、タンクを清水洗いしたのち、水分を除去して短時間で乾燥させる目的で、海水張り込み後は数分間、タンク検査後は1分間足らずメタノールを吹き付けてタンクを洗浄(以下「メタノール洗浄」という。)することがまれに行われていた。
 メタノール洗浄は、上甲板を縦通する清水・メタノール共用の洗浄管に、それぞれ持ち運び式のタンククリーニングマシン(以下「クリーニングマシン」という。)を先端に装着したゴムホース2本を接続し、1本をエアハッチから、他の1本をマンホールからタンク内に挿入したうえ、スロップタンクに保有する洗浄用のほぼ純正に近いメタノールを、スロップポンプで吸引加圧して同マシンに送り、タンク内壁に噴射するもので、洗浄後タンク底部に溜まったメタノールは貨物油管系統から貨物油ポンプによってスロップタンクに回収するようになっていたが、洗浄後しばらくはタンク内に爆発濃度範囲のメタノール混合気が残留する状況にあった。
 また、クリーニングマシンは、重量が7.8キログラムで、いずれもステンレス製(材料記号SUS316)の段付き円筒状の本体と2本の回転ノズル部で構成され、スロップポンプからメタノールが流入すると、本体に内蔵されたインペラ及び歯車装置の作用で、内径7ミリメートルのノズルが回転しながらメタノールを噴射するようになっており、噴射量は、同ポンプの吐出圧力が6キログラム毎平方センチメートルのとき1台当たり毎分137リットルばかりであった。
(4)受審人
 A受審人は、外航船や内航油タンカーなどに約12年間乗船した経歴を有して平成5年にLマリンに入社し、マリン20号ほか同社が所有するケミカルタンカーに順次乗船したのち、同12年4月から船長としてマリン20号に乗り組み、安全衛生担当者を兼務していたものの、船内でミーティングを開催して安全に関する指導を行うことはほとんどなかった。
 B受審人は、外航船や内航LPG船などに約23年間乗船した経歴を有して平成7年にLマリンに入社し、マリン20号ほか同社が所有するケミカルタンカーに順次乗船したのち、同12年5月から一等航海士としてマリン20号に乗り組んで荷役作業の責任者となっていたが、メタノール洗浄については、それまで1回だけしか経験がなかった。
 C受審人は、漁船や内航船などに約18年間乗船した経歴を有して平成5年にLマリンに入社し、マリン20号ほか同社が所有するケミカルタンカーに順次乗船したのち、同12年1月から二等機関士としてマリン20号に乗り組んだもので、それまでにメタノール洗浄に3ないし4回従事したことがあった。
 ところで、C受審人は、荷役作業の際にはK産業から支給された帯電防止用の正規作業服を着用するようにしていたものの、同作業服を2着しか持たずに乗船していたこともあって、機関当直やその他の作業時には私物を着用するようにしていた。また、愛煙家であったことからたばこを持ち歩く習慣があり、荷役中はライターなどの発火物を携帯しないよう気を付けていたが、機関当直のときなどには私物の作業服のポケットにたばことともにライターを入れて入直することがしばしばあった。
(5)指定海難関係人
 K産業は、海上輸送業及び船舶貸渡等を目的に設立され、主として内航海運業を営んでおり、自社が管理する社船、共有船、用船の計22隻のケミカルタンカーなどを運航し、社内に管理部、船員部、技術部及び営業部のほか、運航する全船舶の統括安全衛生管理を担当する安全推進室を設置していた。
 そして、K産業は、マリン20号の乗組員に対しても、帯電防止用作業服及び保護具を各自へ支給し、安全推進室が中心となって安全に関わる各種文書類の配布及び定期的な訪船指導等を行っていたものの、他社と比べて自社の運航実績が良好で、それまで大きな問題が生じていなかったこともあって、規律の遵守や危険性の認識という観点から同船の就労実態を把握できていなかったことから、タンクのメタノール洗浄などを実施するに際し、危険物取扱い上の具体的な注意を促すなどの安全管理を十分に行っていなかった。
(6)本件発生に至る経過
 マリン20号は、A受審人、B受審人、C受審人、機関長I及び一等機関士Tほか2人が乗り組み、メタノール1,000トンを積載して平成12年5月24日朝兵庫県広畑港を発し、翌25日朝三重県四日市港に入港して3番及び4番タンクのメタノール663トンを揚荷したが、2番両舷タンクの積載分については規定以上の塩分を含んでいるという理由で荷主側に揚荷を拒否されたことから、塩分混入の原因調査のため急遽入渠してタンクを検査することになり、同日夕刻同港を発して広島県木江港経由で同県尾道糸崎港に向かった。
 そして、マリン20号は、木江港に立ち寄って2番両舷タンク内のメタノールを全量陸揚げしてタンクをすべて空にしたものの、右舷スロップタンクにタンク洗浄用のメタノール約11キロリットルを保有したまま同港を発し、その後同月28日朝までに全タンクのガスフリー作業を済ませ、尾道糸崎港長から危険物積載船舶の停泊場所についての許可を得ることや、入渠する向島造機株式会社(以下「向島造機」という。)に対してメタノールを積載している旨の通知をいずれも行わないまま、同日08時20分船首0.7メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、同港内の向島造機の桟橋に出船右舷付けで係留した。
 ところで、A受審人は、当初検査が行われるのは塩分濃度が高かった2番両舷タンクのみと思っていたところ、係留後、タンク検査に立ち会うため来船したK産業の工務監督から、全タンクを検査するので検査後乗組員の手で清水洗いを行うよう告げられたことから、タンク内部の乾燥を早めるためにメタノール洗浄を行うことにした。
 ところが、A受審人は、メタノール洗浄が危険を伴うものであることを十分に承知していたにもかかわらず、乗組員だけで短時間に済ませることができると考え、向島造機などに事前に連絡しなかったばかりか、乗組員は全員ケミカルタンカーの経験者だから改めて注意を与えるまでもないと思い、乗組員に対して、帯電防止用作業服及び保護具の着用、発火物携帯禁止等の危険物取扱い上の作業基準を遵守するよう指示することなく、検査終了後のタンクの清水洗いを行ったのちに、機関長などに要領を聞いてメタノール洗浄を行っておくようB受審人に指示した。
 マリン20号は、各タンク内のガス検知を行ったのち、第三者検査機関、工務監督及びA受審人らの立ち会いのもとで、空気抜き管を取り外して密閉した各バラストタンクに空気圧をかけたうえで各タンク底部に石鹸水を散布し、その発泡状態で亀裂の有無を調査する検査が行われた結果、タンクに異常は認められなかった。
 一方、B受審人は、自らが作業指揮者となって、同日10時ごろから検査の終了したタンクから順次清水洗いに取り掛かり、昼休みを挟んで13時30分ごろ全タンクの清水洗いを終え、A受審人を除く6人の乗組員で、引き続きメタノール洗浄の準備を始め、その際、C受審人だけが私物の作業服上下を着用していることを認めたものの、同人から帯電防止服だと聞いていたので、特に注意を与えず、司厨長にスロップポンプの操作に当たるよう指示し、13時35分ごろメタノール洗浄を開始した。
 これより先、C受審人は、着桟時から私物の作業ズボンと上に半袖のポロシャツを着用し、その左胸ポケットにたばこを携帯して清水洗いに従事していたところ、寒さを覚えたことから、メタノール洗浄の開始前にポロシャツの上に私物の化繊製作業服を着るため自室に帰ったが、早く作業に戻ろうと急いでいたことから、作業服内の所持品を確認しなかったので、同服の左胸ポケットに、回転ヤスリで発火石を擦って火花を発生させる形式の使い捨てライター(以下「ライター」という。)を入れていることに気付かないまま、同洗浄に加わった。
 こうして、マリン20号は、1番左舷タンクからメタノール洗浄を始め、次いでB、C両受審人が1番右舷タンクのエアハッチから、またI機関長とT一等機関士がマンホールからそれぞれクリーニングマシンを下ろして30ないし40秒間メタノールを噴射して洗浄を行ったのち、エアハッチから同クリーニングマシンを引き上げたC受審人が、マンホールから同マシンを引き上げているI、T両人を手伝おうと、左舷側から同ホールの中に上半身を乗り出してゴムホースに手を伸ばしたところ、同人の作業服の胸ポケットからライターが同タンク内に落下した。そして、ライターの回転ヤスリがはしご下部又はタンク底部と衝突して発火し、13時43分牛ノ浦灯台から真方位083度330メートルの地点において、爆発濃度範囲内にあったメタノール混合気に着火して1番右舷タンク内で爆発を生じ、続いて貨物油管を介して1番左舷タンクが誘爆した。
 当時、天候は晴で風力4の南西風が吹き、港内には白波が立っていた。
 A受審人は、工務監督と2人でタンクコーティングの状況等を最終確認するため、順次メタノール洗浄前のタンクに入り、2番左舷タンクを出てマンホールの近くにいたところで船首側から2度にわたって爆発音を聞き、B受審人らととともに、負傷者の救助などの事後措置に当たった。
 一方、向島造機は、本件発生を直ちに尾道海上保安部などに通報するとともに、爆発した1番両舷タンクなどに漲水したり、排気ファンを使用して冷却に努めたのち、同日16時過ぎに同社修繕船部工務課長Eらが事故後最初にタンク内に入り、損傷状況の調査を行っていたところ、1番右舷タンクのはしごの右舷側前方に、金属製キャップが外れ、プラスチック製ガス容器が熱を受けて変形したライターが落ちているのを発見した。
(7)損傷及び負傷者の状況
 爆発の結果、マリン20号は、1番両舷タンクの頂板及び船尾隔壁が膨出し、船尾隔壁の頂板と床板との取合部が破断して上甲板に亀裂を生じ、外板のフレームほか内部材が曲損したほか、2番両舷タンクにも隔壁の膨出や内部材が曲損するなどの損傷を生じたが、のちいずれも修理された。
 爆発の際、1番右舷タンクのマンホールからクリーニングマシンを引き上げていた乗組員3人は、爆風をまともに受け、C受審人及びI機関長の両人が全身熱傷を負って約2箇月間、T一等機関士が顔面及び両前腕などに熱傷を負って約2週間のそれぞれ入院治療を受けた。また、同マンホール後方でバラストタンク空気抜き管の復旧作業を行っていた向島造機作業員勝間博が左足に熱傷を負って約1週間の入院治療を受けた。
(8)事後措置
 本件発生後、K産業は、マリン20号事故調査対策委員会を設けて調査を行い、乗組員に規律の遵守や危険物の取扱いについて安全意識が不足するなど、安全管理が不十分であったことから、安全指導員制度を導入して訪船による安全教育指導を充実させ、タンククリーニング等の各種マニュアルを見直すなど、安全管理を強化し、さらにマリン20号などに固定式クリーニングマシン及び乾燥用ファンを設置して設備改善を図るなど、同種事故の再発防止策を講じた。
 また、Lマリンは、乗組員の配乗及び安全管理体制を一元化することなどを目的に、平成12年10月6日K産業と合併し、解散した。

(原因についての考察)
 本件爆発は、メタノール洗浄を終えた直後の1番右舷タンク内で、爆発濃度範囲にあるメタノール混合気に着火して爆発したものである。
 以下、その発火源などについて検討する。
1 静電気火花
(1)メタノールの帯電
 メタノールは、固有電気抵抗値が4×106オーム・センチメートルで帯電しにくく、1番右舷タンクへのメタノール噴射を終えて約30秒後の、クリーニングマシン引き上げ中に爆発が起きていることから、発火源とは考えられない。
(2)乗組員作業服の帯電
 メタノール洗浄の際、C受審人が着用していた私物の作業服は、化繊製なので帯電していたことは考えられるが、爆発がタンクの底部で発生していることなどから発火源となる可能性はない。
2 クリーニングマシンと鋼製はしごとの接触火花
 マンホール側に挿入されたクリーニングマシンは、洗浄を終えて引き上げるとき、タンク内に取り付けられた鋼製はしごと激しくぶつかることがあり得るが、同マシンの本体及び回転ノズル部がステンレス製であることから、火花は発生することは考えられず、尾道海上保安部の実況見分においても、同マシンを同はしごに激しく当てて調査した結果、火花の発生は認められなかった。
3 ライターの発火
(1)ライターの落下による発火
 本件後、爆発を起こした1番右舷タンク底部から発見されたライターは、回転ヤスリで発火石を擦って火花を発生させる形式のもので、プラスチック製のガス容器が熱変形し、同容器から金属製キャップと回転ヤスリとが外れ、同容器の頂部が黒焦げの状態であったことから、同キャップ付近に強い衝撃が加わったものと考えられる。
 また、ライターは、メタノール洗浄開始直前にA受審人らが1番右舷タンク内の最終確認を行った際、ライターを含め異物が何も残されていないことを確認していることからも、爆発が発生したクリーニングマシンの引き上げ中に、タンク内に落下したものと考えられ、尾道海上保安部の実況見分において、同型のライターをマンホール及びエアハッチからタンク内に落下させてその状況を調査した結果、回転ヤスリがはしご下部又はタンク底部と衝突して発火することが確認された。
(2)ライターの携帯者
 ライターの落下状況については、乗組員の各供述から、1番右舷タンクのマンホールでクリーニングマシンを引き上げていた3人の乗組員のうちで喫煙者は、C受審人だけであることと、同人が同ホールの中に上半身を乗り出してゴムホースに手を伸ばした直後に爆発が起きていること、さらに尾道海上保安部の実況見分において、C受審人着用のものと同種の作業服及びポロシャツの胸ポケットからそれぞれライターが落下することが確認された点から、C受審人が作業服又はポロシャツの胸ポケットに携帯していたライターが落下した可能性が極めて高い。
 ところで、C受審人は、当廷における供述においても、ポロシャツの胸ポケットにたばこを入れていたことは認めたが、ライターの携帯を強く否定した。一方、私物の作業服には機関当直時などにライターを入れることがあり、本件時着用前に作業服のポケットの中は確認していない旨の供述から、作業服の胸ポケットにライターを入れていることに気付かないまま、メタノール洗浄作業に従事したと考えるのが妥当である。
 以上のことから、発火源は、クリーニングマシン引き上げ中にタンク内に落下したライターであり、そのライターは、C受審人が作業服の胸ポケットに携帯していたものと認める。

(原因)
 本件爆発は、タンクのメタノール洗浄を行う際の安全対策が不十分で、広島県尾道糸崎港内の修理工場桟橋に係留して同洗浄を実施中、洗浄直後で爆発濃度範囲内のメタノール混合気が充満していた1番右舷タンク内に、クリーニングマシンを引き上げようとした乗組員の作業服胸ポケットからライターが落下し、ライターの回転ヤスリがはしご下部又はタンク底部と衝突して発火したことによって発生したものである。
 メタノール洗浄の安全対策が十分でなかったのは、船長が、乗組員に対して危険物取扱い上の作業基準を遵守するよう指示しなかったことと、乗組員が、所持品の確認を行わず、作業服の胸ポケットにライターを携帯したまま同洗浄に従事したこととによるものである。
 船舶所有者兼運航者が、乗組員に対して危険物取扱いについての安全管理を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、尾道糸崎港内の修理工場桟橋に係留中、タンクのメタノール洗浄を行うこととした場合、同洗浄はまれにしか行わないものの著しい危険を伴うものであったから、乗組員に対して、帯電防止用作業服及び保護具の着用、発火物携帯禁止等の危険物取扱い上の作業基準を遵守するよう指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、乗組員は全員ケミカルタンカーの経験者だから改めて注意を与えるまでもないと思い、危険物取扱い上の作業基準を遵守するよう指示しなかった職務上の過失により、乗組員がライターを携帯したまま同洗浄に従事し、洗浄直後でメタノール混合気の充満したタンク内にライターが落下して爆発を招き、1番及び2番の両舷タンクなどを損傷させたほか、乗組員3人と修理工場の作業員1人に熱傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は、タンクのメタノール洗浄開始前に作業服を着るため自室に戻った場合、同洗浄が危険を伴うものであることを十分に承知していたのであるから、ライターなどの発火物を携帯することのないよう、作業服内の所持品の確認を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、早く作業に戻ろうと急いでいたことから、作業服内の所持品を確認しなかった職務上の過失により、同服の胸ポケットにライターを入れていることに気付かないまま同洗浄に従事し、洗浄直後でメタノール混合気の充満したタンク内にライターを落下させて爆発を招き、前示の損傷のほか、乗組員2人と作業員1人に熱傷を負わせ、自らも負傷するに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 K産業が、乗組員に対して、タンクのメタノール洗浄などを実施するに際し、危険物取扱い上の具体的注意を促すなどの安全管理を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
 K産業に対しては、本件発生後、訪船による安全教育指導を充実させ、タンククリーニング等の各種マニュアルを見直すなどして安全管理を強化し、さらに固定式クリーニングマシン等を設置して設備改善を図るなど、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。
 B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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