(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年2月18日12時55分
和歌山県沖ノ島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船衣美須丸 |
総トン数 |
9.86トン |
登録長 |
13.04メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
75キロワット |
3 事実の経過
衣美須丸は、昭和51年9月に進水したFRP製漁船で、船体中央部に機関室を有し、同室上部に操舵室を設け、船尾甲板上に油圧式揚網機などの漁ろう機器を備えていた。
N(昭和10年4月30日生、一級小型船舶操縦士免状受有、平成13年9月5日死亡により受審人指定が取り消された。)は、平成8年9月に衣美須丸を購入し、機関室に機器が設置されていなかったことから、同室に主機やバッテリー等の機器及び電気配線などを設置し、以来、同人が船長として乗り組み、小型底びき網漁業に従事していた。
機関室は長さ約3.6メートル、幅約3.4メートルで、その船尾上方に位置する操舵室左舷後部に出入口用のハッチが設けられていて、同室には、前部隔壁に沿って容量約500リットルの燃料油タンクが、中央部に逆転減速機(以下「クラッチ」という。)付きの主機が、左舷船首部に揚網用油圧ポンプが、右舷船首部に交流発電機及び舵用の油圧ポンプが、右舷船尾部にバッテリー4個(主機始動用2個及び照明用2個)などがそれぞれ配置されていた。
主機は、三菱重工業株式会社製のS4M3F−M25−2型と称する無過給式4サイクル4シリンダ・ディーゼル機関で、A重油を燃料とし、船首側の動力取出軸に取り付けたプーリを介して、揚網用油圧ポンプを3本のVベルトで、交流発電機及び舵用油圧ポンプを各1本のVベルトでそれぞれ駆動するようになっていた。一方、揚網用油圧ポンプは、船尾甲板上に設けられたハンドルを操作することにより、鉄棒を連結した連結桿を介して、同ポンプ用及び主機用の各プーリ間に設けられたテンションプーリを上下に移動させ、同プーリでVベルトの張りを調節して発停するようになっていた。
ところで、主機の各燃料噴射弁の漏油は、外径約5ミリメートルの漏油集合管に導かれて主機の船首部に至り、同管から長さ約2.2メートルのビニールホース(以下「漏油回収用ホース」という。)を経て、燃料油タンクに回収されるようになっており、一方、同ホースは、揚網用油圧ポンプ駆動用Vベルトの真上約40センチメートルの位置に配管されていて、同ホースと漏油集合管との取付け部には、ホースバンドなどの離脱防止措置が施されていなかった。
N船長は、各機器の運転及び保守管理に携わり、漏油回収用ホースが漏油集合管に差し込まれただけで離脱防止措置が施されていないこと、及び同ホース周辺の振動が激しいことを認めていたが、ホースバンドを取り付けるなどの同ホース離脱防止の措置を行っていなかった。
衣美須丸は、03時30分ごろ出漁し、漁場で投網開始から揚網終了まで約1時間の操業を繰り返したのち、17時ごろ帰港するという日帰り操業を、月間10日間ほど周年にわたって繰り返していたところ、揚網用油圧ポンプのVベルトのスリップが激しくなるとともに、漏油回収用ホースが、内部に溜まったA重油の重みと振動の影響とで次第に漏油集合管から抜け始め、いつしか、漏油集合管から離脱するおそれのある状況となっていた。
こうして、衣美須丸は、N船長と同人の妻が乗り組み、操業の目的で、船首0.4メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成12年2月18日03時30分和歌山県田ノ浦漁港を発し、04時ごろ同港南西沖合の漁場に至って、操業を開始した。
その後、衣美須丸は、船尾方から風を受け、機関室の出入口用ハッチを閉めた状態で、N船長と同人の妻が共に船尾甲板上で船尾方を向き、揚網用油圧ポンプを運転して揚網中、漏油回収用ホースが漏油集合管から離脱し、A重油がスリップしていたVベルトなどの発熱部に降りかかって着火、延焼し、同日12時55分下津沖ノ島灯台から真方位000度2.3海里の地点において、操舵室後部右舷及び左舷の壁面から火炎が噴き出した。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹いていた。
その頃、N船長は、船尾方から強い風を受けていたために、火災の発生に気付かず、網が揚がったのでクラッチを前進側に入れて回転数を上昇させようとしたところ、突然主機が自停したので、主機を再始動するために操舵室に向かおうとしたとき、前示の火炎に気付き、直ちに近くで操業中の僚船に救助を求めた。
衣美須丸は、僚船の要請で来援した下津海上保安署の巡視船の消火活動によって鎮火されたものの、火災の結果、操舵室、機関室及び船首甲板等を焼損し、のち廃船処理された。
(原因)
本件火災は、主機燃料噴射弁漏油回収用ホースの離脱防止の措置が不十分で、主機でベルト駆動される揚網用油圧ポンプを運転して揚網中、同ホースが漏油集合管から離脱し、燃料油がスリップしていたVベルトなどの発熱部に降りかかって着火したことによって発生したものである。
よって主文のとおり裁決する。