(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年7月3日00時20分
宮城県石巻漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二蛸島丸 |
総トン数 |
297トン |
全長 |
51.85メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,176キロワット |
3 事実の経過
第二蛸島丸(以下「蛸島丸」という。)は、昭和59年5月に進水した、大中型まき網漁業付属の運搬船として従事する船尾船橋型の鋼製漁船で、A及びB両受審人のほか7人が乗り組み、操業の目的で、船首3.00メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、平成12年6月27日17時00分宮城県石巻漁港を発し、金華山東南東方沖合の漁場に向かった。
同月29日12時ごろ蛸島丸は漁場に至り、操業を続けたのち、かつお60トンを載せ、水揚げの目的で、船首2.50メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、越えて7月1日13時40分金華山東南東方沖合300海里の漁場を発進し、主機の回転数を毎分360として12.0ノットの全速力前進にかけ、石巻漁港の東泊地(以下「東泊地」という。)に向かった。
ところで、東泊地は、石巻湾に南面し、東西約1,200メートルの魚市場岸壁と、同岸壁の東端から南に約250メートル更に南西に約150メートル延びた東防波堤と、同岸壁の西端から南に約300メートル延びて給氷所の設置された岸壁(以下「給氷所岸壁」という。)と、給氷所岸壁南端から東へ約700メートル更に南東に約500メートル延びた西防波堤とで囲まれており、港口が南東部の東防波堤と西防波堤の間で、両防波堤の最狭部が約250メートルであった。
蛸島丸の機関の遠隔操縦装置は、操舵室の操縦ハンドル1本で主機の回転数制御と逆転減速機(以下「逆転機」という。)の前・後進切替え制御とができるようになっており、主空気槽から送られた圧縮空気が、減圧弁で7.5キログラム毎平方センチメートルに減圧され、制御空気として、エアフィルタ、操縦位置切替え弁を経たのち、前・後進あるいは中立のいずれかの電磁弁を通って、逆転機付の三位置シリンダに導かれるほか、操縦ハンドル連動の管制弁を経て主機調速機のガバナシリンダに導かれていた。
なお、主機警報盤は、機関室下段の前部隔壁に取り付けられ、機側操作用のエンジンテレグラフが組み込まれており、同盤の下方には、遠隔操縦装置の制御空気管系の減圧弁、エアフィルタなどを組み込んだ空気源パネルが取り付けられていて、同フィルタのエレメントには、フェルト製のものが装着されていた。
B受審人は、航行中、機関室当直を自らと一等機関士及び操機長との5時間交代とし、また、機関の遠隔操縦装置の制御空気管系の保守管理に当たっては、かつて以西底引き網漁船に乗り組んでいたとき、同装置のエアフィルタにドレンが滞留して遠隔操作が不能となった経験を有していたこともあって、当直中に自らエアフィルタのドレン抜きを行っており、翌2日17時ごろ、主空気槽及びエアフィルタの各ドレンを排出し、19時00分当直を終えて次直の操機長と交代した。
その後エアフィルタは、ドレン排出後に自動運転した空気圧縮機から湿った空気が主空気槽に補給されてドレンが通常よりも多量に発生したことから、同フィルタのエレメントがドレンの滞留で閉塞し、主機の増速と逆転機の前・後進切替え操作とが不能の状況となっていたところ、翌3日00時00分A受審人は、石巻漁港沖第1号灯浮標及び石巻漁港沖第2号灯浮標の間を北上中、入港準備を令したが、機関を後進にかけるなどして、機関の遠隔操縦装置の作動確認を行わなかったので、この状況に気付かなかった。
B受審人は、蛸島丸ではこれまで機関の遠隔操縦装置が正常に追従していたので大丈夫と思い、入港するに当たり、A受審人に対し、機関を前・後進に切替えるなどして、機関の遠隔操縦装置の作動確認を行うよう進言することなく、船尾配置に就いた。
00時02分半ごろA受審人は、船首及び船尾に乗組員を配置して入港準備態勢としたが、石巻漁港が入港経験豊富な港であったことから投錨の必要はないと思い、投錨準備をすることなく続航し、同時07分半石巻漁港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から140度(真方位、以下同じ。)960メートルの地点に達したとき、針路を着岸予定の魚市場岸壁に向く312度に定め、機関を8.0ノットの半速力前進に減じ、同時10分少し過ぎ石巻漁港西防波堤灯台に並行したところで、速力を5.0ノットに減じて進行した。
00時14分少し過ぎA受審人は、東防波堤灯台から288度300メートルの地点に達したとき、機関を中立に操作したが、前進となったまま中立に切り替わらず、遠隔操作が不能となっていることを認め、このことを船尾配置に就いていたB受審人に伝え、同受審人は機関室に急行した。
このころ、蛸島丸は、船首が船首方の魚市場岸壁まで150メートルばかりに迫っていたので、A受審人は、00時15分東防波堤灯台から297度450メートルの地点において、左舵をとって港奥の給氷所岸壁に向く270度の針路に転じたが、投錨準備をしていなかったので、速やかに錨を投下して行きあしを止める措置がとれないまま進行し、間もなく操縦位置表示灯が操舵室から機関室に切り替わったので、エンジンテレグラフにより全速力後進としたものの減速せず、直ちに同テレグラフを停止とし、引き続き全速力後進と停止を2回令したものの依然減速せず、船内マイクで「アスターンに入っていない。」と叫んで甲板上の乗組員に知らせた。
一方、B受審人は、操縦位置切替え弁を機関室に切り替えたのち、主機回転数が毎分170に低下しているのを認め、逆転機は主機回転数を毎分200以上で運転するよう注意銘板に書かれていたことから、同回転数に上昇させて間もなく、前示船内マイク放送を聞いて機関室中段に駆け下りてきた乗組員の後進発令の叫び声に気が付き、逆転機を後進操作したものの前進のままだったので、とっさにエアフィルタのドレンで遠隔操作が不能となったことがあるのを思い付いて同フィルタからドレンを抜き、後進操作をしたところ後進に入ったので調速機ガバナハンドルで主機回転数を毎分330に増速した。
00時19分少し前A受審人は、船首が給氷所岸壁に約100メートルまで迫ってきたので、同岸壁の南寄りに衝突させて停止しようと考え、東防波堤灯台から281度1,060メートルの地点において、左舵をとって221度としたところ、間もなく蛸島丸は、逆転機が後進に入って減速し始めたものの及ばず、同時20分東防波堤灯台から274度1,120メートルの地点において、同針路のまま、3ノットの前進行きあしをもって右舷船首部が同岸壁に45度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力1の南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
衝突の結果、蛸島丸は右舷船首部に凹損を生じたほか、衝突の反動で左回頭し、給氷所岸壁南端近くに無人で右舷付け係留していた港内給油専用の油送船マリン丸(総トン数99.21トン)に衝突して左舷船首部に亀裂を生じ、マリン丸は右舷船尾部に凹損を生じ、のちいずれも修理されたが、同岸壁に損傷はなかった。
(原因)
本件岸壁衝突は、夜間、宮城県石巻漁港に入港する際、機関の遠隔操縦装置の作動確認が不十分で、制御空気のエアフィルタにドレンが滞留したまま入港して、機関が後進に切り替わらなかったことと、投錨準備が不十分で、行きあしを止める措置がとれなかったこととによって発生したものである。
機関の遠隔操縦装置の作動確認が不十分であったのは、船長が入港するに当たり、同装置の作動確認を行わなかったことと、機関長が、入港するに当たり、船長に対して同装置の作動確認を行うよう進言しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関を遠隔操作して宮城県石巻漁港に入港する場合、機関操作で行きあしを止められないときなどに備えて、投錨準備をしておくべき注意義務があった。ところが、同人は、入港経験豊富な港であったことから投錨の必要はないと思い、投錨準備をしておかなかった職務上の過失により、機関が後進に切り替わらなかった際、投錨による行きあしを止める措置がとれないまま進行して岸壁との衝突を招き、自船の右舷船首部に凹損、左舷船首部に亀裂を生じさせるとともに、マリン丸の右舷船尾部に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、宮城県石巻漁港に入港する場合、操舵室で機関を遠隔操作しているA受審人に対し、機関を前・後進に切り替えるなどして、機関の遠隔操縦装置の作動確認を行うよう進言すべき注意義務があった。ところが、同人は、これまで正常に追従していたので大丈夫と思い、A受審人に対し、機関を前・後進に切り替えるなどして、機関の遠隔操縦装置の作動確認を行うよう進言しなかった職務上の過失により、着岸近くになって、機関を後進に切り替えることができずに岸壁との衝突を招き、自船とマリン丸に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。