(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年10月17日02時10分
八代海
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一 一栄丸 |
総トン数 |
4.6トン |
全長 |
10.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
70 |
3 事実の経過
第一 一栄丸(以下「一栄丸」という。)は、僚船3隻と船団を組み、主としていわしやさよりを対象とする小型まき網漁業の探索船として従事するFRP製漁船で、A受審人ほか4人が乗り組み、船首0.15メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、平成11年10月16日16時00分熊本県御所浦町横浦漁港を発し、牧島北西の生けすに向かった。
A受審人は、御所浦島の周辺海域で年間を通じてまき網漁を行っていて、夕方出航し、夜間、操業を繰り返し、朝方帰港するもので、生きたいわしは、牧島大通越の湾内に設置した生けすに入れ、時期をみて鰹の餌として出荷していた。
A受審人は、16時30分ごろかご船、網船2隻とともに生けすに集結して夕食をとったのち、操業に備えて休息し、翌17日01時30分生けすを発航し、周辺海域でいわしの探索を開始し、牧島の北岸、龍ケ岳町赤崎を経て棚底湾で探索を行ったが、魚群を発見できなかった。
02時05分A受審人は、魚群の探索を切り上げて生けすに戻ることとし、棚底港曙防波堤灯台から142度(真方位、以下同じ。)350メートルの地点において、針路を204度に定め、機関を24.0ノットの航海全速力前進にかけ、手動操舵によって進行した。
ところで、楠森島の東岸の沖合400メートルばかりには、大道漁業協同組合が免許を受けた南北約500メートル東西約300メートルの方形の形状をした天区第559号の区画漁業権があって、そこには、組合員が直径15ないし20メートルの鯛の養殖生けす(以下「養殖施設」という。)を多数設置し、同区画の外周の角4点のうち船舶が航行しない水域である北西端を除く3箇所には標識灯が設けられていた。
指定海難関係人株式会社LM事業部(以下「M事業部」という。)は、株式会社L(以下「L」という。)が行う養殖事業のうち、天草における養魚事業部門であり、同11年1月から事業の一環として、天区第559号において直径20メートルの生けす7個を設置して鯛の養殖を行う計画を立て、TM事業部長は、同10年夏、B指定海難関係人と商談の結果、同人が勤務する株式会社K商店と前示標識灯のうち南東及び南西端の2基の設置も含めた生けす係留施設一式の敷設工事の契約を行った。
B指定海難関係人は、同10年10月から施設の工事に着工し、同年12月に完工したが、標識灯については、契約上は株式会社緑星社製の太陽電池方式CB−100となっていたが、不注意で電池の有効期間が6箇月の同型乾電池方式の標識灯を設置した。
M事業部は、養殖施設の事業者同士の申合せにより、設置した者が当該標識灯の保守管理を行うこととなっていたことから、同施設の南東端及び南西端の標識灯の保守管理の任に当たることとなったが、太陽電池方式の標識灯であるから、電池の寿命は特別な事由がない限り半永久的であるものと思い、昼間、養魚に餌をやるときに標識灯の外観を点検確認するだけで、その点灯状況の確認を行っていなかった。
M事業部は、同11年8月ごろ管理する標識灯が電池の消耗で点灯しなくなったが、点灯の確認を行っていなかったので、このことに気付かなかった。
A受審人は、養殖施設の存在についてはよく知っており、その角には標識灯が設置されていたことから、楠森島の東岸を南下するときは南東端の標識灯を右舷に見る針路で航行していた。そして、同標識灯が消灯した後約2箇月の間に同海域を何回か南下したとき、その灯火が点灯していなかったことから、北東端の標識灯を目測で150ないし200メートル離して船首方の集落の灯火を船首目標にしていたものの、レーダーを設備していなかったのに、同施設の南東端を確実に離す安全な針路を選定しない操船方法をとっていた。
A受審人は、養殖施設の北東端の標識灯を右舷に見ながら南下し、02時09分半楠森島山頂(159メートル、以下「山頂」という。)から083度760メートルの地点に達し、北東端の標識灯から150メートルのところに接近したとき、同施設の南東端に向首していたが、速力を大幅に減じて養殖施設との距離を確認し、同施設と並航する針路にするなどその南東端を十分に離す針路とすることなく、これまでと同じように北東端の標識灯を離しているので、同施設の南東端を無難に航過できるものと思い、同一針路で続航中、原針路、原速力のまま、02時10分山頂から113度630メートルの地点において、養殖施設に衝突した。
当時、天候は晴で風力3の西南西風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
衝突の結果、一栄丸は、船首部に擦過傷を生じるとともにアウトドライブが損壊し、養殖施設が損傷したが、のち、いずれも修理された。
(原因についての考察)
本件は、A受審人の運航が適切でなかったことに因って発生したものであるが、他方、M事業部は、養殖施設の標識灯を管理する立場にありながら、これが不十分で南東端の標識灯が消灯していたのである。この標識灯の消灯が、原因となるか否かについて検討する。
M事業部選任の村上補佐人は、灯火が消えていたことはA受審人も知っており、当夜の気象、海象であれば、養殖施設を462メートルのところで視認できるのであるから、標識灯の消灯は、本件とは直接因果関係はない旨を主張する。
なるほど、A受審人は、養殖施設の存在はもちろんその南東端が最も沖合に張り出していることを十分に承知し、そのうえ、当時は南東端の標識灯が消灯していることを知っていて、これを避ける針路で南下していた。そうして見ると、同人が安全な針路を選定し、施設との距離や前路の障害物の有無を確認するなど操船者として要求されるところの注意事項を履行していたなら、たとえ標識灯の灯火が消灯していたとしても衝突は十分回避できるのであり、そして、何よりも462メートルに接近すれば、養殖施設を視認することができたのであるから、同人が操船者としての責務を果たさなかった結果によるものであって、標識灯と衝突との間に因果関係はないという主張は、衝突回避の立場からみたときには肯首できるところである。
確かに、A受審人が、当時、一栄丸にはレーダーの設備がなかったのであるから、安全な速力に減速し、見張りを十分に行って北東端の標識灯と十分な間隔をとり、同地点から沖側の施設に沿う針路とする安全な操船を行っていたなら、標識灯が消灯していたとしても、衝突は十分に回避されていたであろうことの推定は難くない。
しかしながら、A受審人は、これまで楠森島の東岸を航行するときは、南東端の標識灯を目標として航行することが慣行となっており、その意味においては、同人にとっては南東端の標識灯は航路標識と同じ意義を有するものであった。このことは、A受審人が前に示した安全な操船方法をとらなくても、同標識灯が点灯していたなら、安全で確実な針路が容易に選定でき、そして、南東端に向首した危険な針路で航行していたとしても、衝突を避ける措置を迅速かつ確実にとることができるのである。このことは、標識灯が施設の存在を表示するという効果だけではなく、操船者に「安全な針路の確実な選定」なり、「迅速かつ確実な結果回避」といった効果をも生じさせるものであり、南東端の標識灯が消灯していたことが、A受審人に対し、こうした作用を喪失させたことも事実である。
もともと、操船者が安全な操船を履行することと、標識灯が操船者の操船目標にされることとは、別個の意義を有するものであり、一栄丸の運航が適切でなかったということが、標識灯の消灯が許されるという根拠とはならないし、運航者が標識灯の有する前述の副次的効用を受益できないという理由にもならないのであり、A受審人が南東端に設置された標識灯の消灯によって、その効用を活用できずに衝突した以上、結果との因果性を否定することはできず、標識灯の消灯を原因の一つであるとするのが相当である。
(原因)
本件養殖生けす衝突は、夜間、八代海沿岸において、一栄丸が、養殖施設付近を航行する際、それを回避する針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
M事業部が、養殖生けすの標識灯の管理を十分に行わず、同標識灯が消灯していたことは、原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人が、夜間、八代海において、養殖施設付近を航行する場合、その標識灯の一部が消灯していたのであるから、同施設を十分に離す針路をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、養殖施設を無難に航過できるものと思い、その距離などを確認して十分に離す針路をとらなかった職務上の過失により、養殖施設との衝突を招き、一栄丸に破口及び養殖施設に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
M事業部が、その管理する養殖生けすに設置した標識灯の管理が不十分で、同標識灯が消灯していたことは、本件発生の原因となる。
M事業部に対しては、事故後、標識灯を太陽電池方式のものに取り替えるとともに標識灯の巡視点検を行うなどその管理を十分に行っていることに徴し、勧告しない。
B指定海難関係人が、標識灯の型式を誤って納品したことは、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。