(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年5月10日08時45分
東京湾
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボートジェーソン |
遊漁船第8田中丸 |
総トン数 |
19トン |
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全長 |
15.24メートル |
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登録長 |
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11.86メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
653キロワット |
264キロワット |
3 事実の経過
ジェーソンは、2基2軸のFRP製プレジャーボートで、A受審人が1人で乗組み、友人など13人を乗せ、潮干狩りの目的で、船首0.7メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成10年5月10日08時00分東京都江東区新砂3丁目の東京湾マリーナを発し、千葉県富津岬付近の海岸に向かった。
A受審人は、周囲を透明なプラスチック製ボードと厚手のビニールシートとで囲まれた船室上部の操舵室に上り、同室後部の操縦場所に立って操舵操船に当たり、同乗者数名を自身の右横のいすや前方のソファーに、他の同乗者を船室にそれぞれ座らせ、低速力で砂町北、砂町各運河を抜けて荒川に至り、荒川河口橋付近から速力を上げ、08時21分東京灯標から022度(真方位、以下同じ。)1.7海里の地点に達したとき、針路を富津岬付近に向く189度に定め、機関を全速力前進にかけて22.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし、手動操舵により進行した。
A受審人は、08時37分少し過ぎ川崎人工島を左舷側1,200メートルに通過したとき、右舷船首56度600メートルのところに同航する第8田中丸(以下「田中丸」という。)を初めて認め、その動静を監視するうち、互いの針路が交差し、自船が田中丸を追い越す態勢で接近していることが分かったが、そのまま続航した。
08時42分少し前A受審人は、東京湾横断道路木更津人工島西方灯標(以下「西方灯標」という。)から265度2.5海里の地点に至り、田中丸を右舷正横20メートルに認めるようになったとき、同船が減速して後方に下がったため、田中丸を追い越してその前方を通過したところ、まもなく田中丸が左転して同時42分には左舷船尾41度60メートルのところに進出し、その後針路を転ずるとともに増速して自船を追いかけ始めたことを知った。
A受審人は、先の追い越しで相手船を怒らせた結果、自船を追尾しているものと判断し、このまま素知らぬ振りをしてやり過ごすのが妥当と考え、ときどき後方の田中丸に注意して進行するうち、08時43分西方灯標から255度2.6海里の地点に至ったとき、自船の船尾と田中丸の船首との前後距離が20メートルまで接近し、横距離も15メートルになったことを認めた。
ところで、2船が互いに接近して航行する際、その間隔が両船の長さの和以下になると、両船間に吸引力等の相互作用が発生し、2分の1以下になると同作用が急激に増加して危険であるとされ、また、その力は両船の速力に比例することから、2船とも高速力で航行する場合、両船の間隔を十分に確保する必要があった。
A受審人は、2船間の相互作用について聞いたことがあり、田中丸が左舷船尾間近に接近したことで、同作用による衝突のおそれが生じたことを知ったが、相手は遊漁船であり、運航経験豊かな船長が操船しているから、危険を伴う距離までは接近してこないものと思い、警告信号を行うことも、直ちに右転するなどの衝突を避けるための措置をとることもなく続航した。
08時45分わずか前A受審人は、周囲にいた同乗者の「危ない。」との声で左舷側を見たところ、間近に並航する田中丸を認め、直ちに機関を中立としたが及ばず、08時45分西方灯標から241度3.0海里の地点において、ジェーソンは、原針路、原速力のままその左舷側前部に、田中丸の右舷側船尾が、前方から10度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、田中丸は、FRP製遊漁船で、B受審人が1人で乗組み、釣客7人を乗せ、遊魚の目的で、船首尾とも1.1メートルの等喫水をもって、同日08時00分東京都台東区浅草橋付近の係留地を発し、木更津港内の釣場に向かった。
B受審人は、操舵輪後方のいすに腰を掛けて操舵操船に当たり、隅田川、晴海運河を通過して東京西航路を南下し、08時29分半東京灯標から197度2.0海里の地点に達したとき、針路を釣場に向く180度に定め、機関を全速力前進より少し減じ、20.0ノットの速力で手動操舵により進行した。
定針したころB受審人は、左舷船尾59度1,600メートルのところにジェーソンを初めて認め、その動静を監視するうち、互いの針路が交差し、同船が自船を追い越す態勢で接近してくるのが分かったが、まだ遠かったためそのまま続航した。
08時42分少し前B受審人は、西方灯標から265度2.5海里の地点に至り、ジェーソンが針路速力を変えないまま左舷正横20メートルに迫ったのを認めて衝突の危険を感じ、速力を16.0ノットまで減じて同船をやり過ごしたが、追い越し船であるにもかかわらず自船の進路を避けず、船首間近を通過したその操船に対し一言注意することを思い立ち、同時42分わずか前左舵をとってジェーソンの左舷後方に回り込み、同時42分西方灯標から263度2.5海里の地点において針路を190度に転じ、機関を全速力前進にかけて23.0ノットの速力とし、右舷船首40度60メートルとなったジェーソンを追いかける態勢で進行した。
転針直後からB受審人は、ジェーソンに対し拡声器を使って呼びかけ始め、08時43分西方灯標から255度2.6海里の地点に達したとき、ジェーソンの船尾と自船の船首との前後距離が20メートルまで接近し、横距離も15メートルになったことを認めた。
B受審人は、2船間の相互作用について聞いたことがあり、自船がジェーソンの船尾間近に接近したことで、同作用による衝突のおそれが生じたことを知ったが、自身の呼びかけに対し同船が何の反応も見せなかったことから感情が高ぶり、ジェーソンとの間隔を十分に確保することなく、更に近づいて注意することとし、同時45少し前10メートルの横距離でジェーソンと並航状態となったとき、同船が急速に接近するのを認めて驚き、ジェーソンから離れようと左舵15度をとったが及ばず、原速力のまま179度を向首したとき、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ジェーソンは左舷側前部外板に、田中丸は右舷側船尾外板にそれぞれ亀裂を伴う擦過傷を生じたが、のち両船とも修理された。
(原因)
本件衝突は、東京湾において、高速航行中のジェーソンに対し、後方から接近しようとした田中丸が、ジェーソンとの間隔を十分に確保しなかったことによって発生したが、ジェーソンが、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、東京湾において、釣場に向け南下中、自船を近距離で追い越した高速航行中のジェーソンに対し、その操船を注意するため増速して同船の左舷船尾間近に接近した場合、両船間の相互作用により衝突のおそれがあったから、ジェーソンとの間隔を十分に確保すべき注意義務があった。しかるに、同人は、自身の呼びかけに対しジェーソンから何の応答もなかったことから感情が高ぶり、同船との間隔を十分に確保しなかった職務上の過失により、同船との衝突を招き、自船の右舷側船尾及びジェーソンの左舷側前部にそれぞれ損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、東京湾において、潮干狩りの砂浜に向け南下中、自船が近距離で追い越した田中丸が、増速して自船を追いかけ始め、左舷船尾間近に接近したのを認めた場合、両船間の相互作用により衝突のおそれがあったから、直ちに右転するなどの衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、相手は遊漁船であり、運航経験豊かな船長が操船しているから、危険を伴う距離までは接近してこないと思い、直ちに右転するなどの衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、そのまま進行して田中丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。