(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年10月7日18時03分
浦賀水道
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船嘉祥丸 |
貨物船ブルーピーク |
総トン数 |
499トン |
7,073トン(国際総トン数) |
全長 |
75.50メートル |
123.35メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
5,430キロワット |
3 事実の経過
嘉祥丸は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み、スラグ1,550トンを積み、船首3.28メートル船尾4.68メートルの喫水をもって、平成10年10月7日15時30分千葉県木更津港を発し、岩手県釜石港に向かった。
ところで、A受審人は、甲種甲板部航海当直部員の認定を受けているB指定海難関係人が、嘉祥丸に平成8年11月の新造引渡し時から乗り組み、賄い作業を兼任して単独の船橋当直にも就いていたことから、船橋当直体制を、07時から12時まで及び19時から24時までを自らが受け持ち、05時から07時まで及び17時から19時までを同指定海難関係人に、00時から05時まで及び12時から17時までを一等航海士にそれぞれ単独で受け持たせる3直制とし、平素から船橋当直者に対し、予定針路線にこだわらないこと、避航船の立場にあれば早めに避航すること及び不安を感じたらいつでも連絡することなどを指示していた。
発航後A受審人は、航行中の動力船の灯火を表示し、出港操船に引き続き自ら操舵に当たって操船指揮を執り、レーダーを3海里レンジとして船首方5海里の範囲を表示させるオフセンターとし、17時00分に当直交代のために昇橋したB指定海難関係人を見張りに当たらせ、同時20分剱埼灯台から048.5度(真方位、以下同じ。)6.4海里の地点で、浦賀水道航路を出航したとき、針路を191度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.2ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、自動操舵により進行した。
17時45分A受審人は、剱埼灯台から094度3.9海里の地点に達したとき、3海里レンジでオフセンターとしたレーダーにより、5海里までの前路に行会い船や漁船群を認めなかったことから、日没後の薄明時で他船の灯火が見えにくい状況のもとで、B指定海難関係人に船橋当直を委ねたが、同指定海難関係人が単独の同当直に慣れているから周囲の見張りを十分に行うものと思い、同指定海難関係人に対し、自船に向かって接近する他船があれば報告できるよう、レーダーを適切に用いるなどして周囲の見張りを十分に行うことについて指示することなく、現在の針路と左舷後方に自船を追い越す態勢で同航している船舶(以下「追越し船」という。)が存在することとを引き継いだのち、レーダーを作動させたまま降橋した。
B指定海難関係人は、A受審人が降橋したのち、単独の船橋当直に就いたが、操舵室左舷前面に立って追越し船を見守りながら、作動させてあったレーダーの監視を行わずに続航した。
17時58分半B指定海難関係人は、剱埼灯台から129度4.4海里の地点に差し掛かったとき、右舷船首27度1.5海里のところに、ブルーピーク(以下「ブ号」という。)が表示する灯火を視認することができ、その後同灯火の方位に明確な変化がなく、前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、追越し船の追い越し状況に気を取られ、周囲の見張りを十分に行わなかったので、ブ号の灯火に気づかなかったばかりか、18時00分の船位としてレーダーにより千葉県大房岬先端の方位距離をカーソルを当てて測定したものの、適切なレーダー監視を行わなかったので、同船のレーダー映像にも、そしてその接近状況にも気づかず、A受審人に報告できないまま、操舵室左舷後部の海図台に移動し、船尾方を向いて船位記入作業を行いながら、同じ針路、速力で進行した。
18時01分B指定海難関係人は、剱埼灯台から134度4.6海里の地点に達したとき、ブ号が右舷船首32度1,130メートルに接近したが、依然同船に気づかなかったのでA受審人に昇橋を求めて同船の進路を避けることができず、船位を海図に記入し終えて操舵室前面に戻ったところ、船首方に自船の前路を右方に横切る追越し船を認め、急いで左舵10度にとり、その後同船の船尾を付け回して針路を元に戻し、同じ速力で続航した。
18時03分少し前B指定海難関係人は、元の航跡より少し左偏して前方を見ながら進行しているとき、突然汽笛音が2回聞こえると同時に右舷船首間近にブ号の黒い船体とその上方に同船の紅灯を初めて認め、慌てて左舵一杯にとったが間に合わず、18時03分剱埼灯台から137.5度4.8海里の地点において、嘉祥丸は、原針路、原速力のまま、その右舷船首が、ブ号の左舷船首に後方から21度の角度で衝突した。
自室で休息していたA受審人は、衝突の衝撃を感じて直ちに昇橋したところ、嘉祥丸の左転とブ号の右転とにより両船の船橋付近が再度衝突したのを認めたのち、事後の措置に当たった。
当時、天候は曇で風力1の北北西風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、日没は17時18分であった。
また、ブ号は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、リベリア共和国の海技免状を受有する中華人民共和国国籍の船長C及び同海技免状を受有する同国籍の一等航海士Dほか同国籍の22人が乗り組み、コンテナ貨物2,796トンを積載し、船首5.00メートル船尾7.00メートルの喫水をもって、同月4日08時30分(現地時刻)中華人民共和国上海港を発し、京浜港横浜区に向かった。
同月7日16時00分D一等航海士は、甲板員1人とともに前直者から船橋当直を引き継ぎ、同時08分伊豆大島灯台から330度3.7海里の地点で、針路を055度に定め、機関を全速力前進にかけ、12.8ノットの速力で、自動操舵により進行した。
D一等航海士は、日没時に航行中の動力船の灯火を表示し、17時50分剱埼灯台から168.5度5.1海里の地点に達したとき、左舷船首19度4.7海里のところに、嘉祥丸が表示した白、白、緑3灯を初めて認め、その近くに追越し船及び第三船の各灯火も認めたことから、引き続きこれらの灯火の動静を監視しながら続航した。
17時58分半D一等航海士は、剱埼灯台から148度4.7海里の地点に差し掛かり、嘉祥丸が左舷船首17度1.5海里のところに、前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近したとき、第三船が右転して自船の進路を避けたので、嘉祥丸及び追越し船も間もなく右転して自船の進路を避けるものと思い、警告信号を行わないまま、同じ針路、速力で進行した。
18時01分D一等航海士は、剱埼灯台から141度4.7海里の地点に達し、嘉祥丸が左舷船首12度1,130メートルに接近したとき、追越し船が突然右転して自船の進路を避けたものの、嘉祥丸に避航の気配が認められないことから、同船との衝突を避けるための協力動作をとることとし、相直の甲板員に右舵20度を令して機関を半速力前進に落とすとともに汽笛による短音1回を吹鳴し、更に同時02分右舵一杯を令して機関を極微速力前進に落とし、汽笛による長音を続けて2回吹鳴しながら右回頭中、ブ号は、船首が170度に向き、8.4ノットの速力になったとき、前示のとおり衝突した。
C船長は、衝突の衝撃を感じて昇橋し、事後の措置に当たった。
衝突の結果、嘉祥丸は球状船首を圧壊するとともに、船首部に破口及び右舷船尾ブルワークに曲損を、ブ号は球状船首に破口を伴う凹損及び左舷外板に凹損をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、日没後の薄明時、浦賀水道において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中、南下する嘉祥丸が、見張り不十分で、前路を左方に横切るブ号の進路を避けなかったことによって発生したが、東行するブ号が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
嘉祥丸の運航が適切でなかったのは、船長が、甲種甲板部航海当直部員の認定を受けている船橋当直者に対し、自船に向かって接近する他船があれば報告できるよう、レーダーを適切に用いるなどして周囲の見張りを十分に行うことについて指示しなかったことと、同当直者が周囲の見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、日没後の薄明時、浦賀水道において、甲種甲板部航海当直部員の認定を受けているB指定海難関係人に船橋当直を委ねる場合、自船に向かって接近する他船があれば報告できるよう、レーダーを適切に用いるなどして周囲の見張りを十分に行うことについて指示すべき注意義務があった。ところが、同受審人は、同指定海難関係人が単独の船橋当直に慣れているから周囲の見張りを十分に行うものと思い、レーダーを適切に用いるなどして周囲の見張りを十分に行うことについて指示しなかった職務上の過失により、同指定海難関係人が周囲の見張りを十分に行わなかったので、ブ号の接近状況についての報告が得られず、同船の進路を避けることができないまま進行して同船との衝突を招き、嘉祥丸の球状船首を圧壊するとともに、船首部に破口及び右舷船尾ブルワークに曲損を、ブ号の球状船首に破口を伴う凹損及び左舷外板に凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、日没後の薄明時、浦賀水道において、単独の船橋当直に就いて南下する際、自船に向かって接近する他船があれば報告できるよう、レーダーを適切に用いるなどして周囲の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対して勧告しないが、今後、船橋当直に就くに当たっては、見張りの重要性を認識し、レーダーを適切に用いるなどして周囲の見張りを十分に行うことに努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。